ら
芥田の言葉にメリーが目を見開く。
振り返ると、他の七不思議の順番についてははっきり言っていたのに、芥田のメリーと愛桜自身については「六番目と七番目」としてまとめて言っていた。
それは芥田ではなく愛桜が知ってはならない七番目の七不思議であることをぼかすためだったのだ。
「都市伝説……いや、これも創作からだっけ。よく聞くでしょ? 『桜の木の下には死体が埋まっている』って。私はその怪異なの」
桜は美しい花だ。その美しさ故に、美しいエピソードが数々あるのと同じく、妖しいエピソードも存在した。その代表が「桜の木の下には死体が埋まっている」というものだ。
桜の美しさはその下に埋まった死体から豊潤な養分を得ているからである、というのがこの都市伝説の概要である。だから美しく咲いた後、すぐに儚く散ってしまうのだ、と桜を慈しんだり、恐れたりする。
最初はただの創作だったかもしれない。だが、この学校では桜の木の下に死体が埋まっているという噂が事まことしやかに囁かれていた。
それが何故なのかは芥田も知っている。
「帰り道によく目に入る、グラウンドの近くに植えられている狂い咲きの桜……それが愛桜さんのことなんだ」
「んー、厳密にはその下に埋められた女子高生の幽霊みたいなものだよ」
「なっ」
女子高生、とは随分具体的だ。まあ、本人なのだから、自覚が強いのは納得だが。
「私はとある人物に殺された女子高生。でもあの狂い咲き桜の中に埋められたうちの一人に過ぎない。怪異としては学校っていう概念が存在するずっと昔から、桜の木の下にはたくさんの死体が埋められてきた。私はその霊たちの中の一つであり、霊たち全員であり、桜。でも死体を埋めるなんて隠蔽する気しかないわけで、桜の木の下に死体が埋まってるなんて七不思議、この学校には伝わっていない」
「隠蔽したいのが学校側の人間っていうこと?」
「そ。まあ、学校外の人間だったら、穴掘ってるだけで警察に捕まるし」
それはそう、なのだが……
愛桜たちのことを思うと切ない気持ちになる。隠蔽されたまま、親族には行方不明とされ、遺体も帰ることすら許されず、学校の土の肥やしとなる。それは怪異にくらいならないと、彼女らが人間の範疇に収まらない聖人ということになる。
「で、そんな色んな意味で知ってはならない七不思議の七番目を知ってしまった芥田に提案なんだけど」
愛桜は目を開けた。
虚ろで真っ黒な目は光を返さない。彼女が死者であることが明瞭に表されていた。スマホのライトにも開きっぱなしの瞳孔。それでも愛桜は芥田を真っ直ぐ見ている。
「私はこの学校の七不思議の中で唯一影の守り人の結界を破れる。ここから出る代わりに、私のお願いを聞いてほしいんです」
「お願い?」
「莉栗鼠、そこ即で聞き返しちゃダメだから! タチの悪いヤツはこれで契約成立~とかほざくんだからネ!」
「メリーさんは私を何だと思ってるんですか」
愛桜の苦笑にメリーはきっ、と睨み返す。
「あんたは怪異よ。しかも人間の幽霊からできた怪異。わたしはこの世で人間というものを一番信用してないの。莉栗鼠に一番害悪を与えてきたのは人間だもの。元々は人間だったあんたの言うことなんて信じられない」
「瑪莉依、そんな頑なになることは……」
「莉栗鼠! ここまで愛桜ちゃんが莉栗鼠に犯してきた所業をもう忘れたの!?」
メリーの紫が芥田の同じ色を返す。
「面白半分で莉栗鼠のことを調べようとしたら、まんまと先輩とやらの肝計にかかり、謎の空間に閉じ込められ、出る方法を探すためとはいえ、莉栗鼠をメスの怪異がいる保健室のベッドにぶち込み」
「言い方」
「挙げ句完全なる自己都合で莉栗鼠をネタでもなんでもない出られない部屋に閉じ込めるんだヨ!?」
「だから言い方」
『出られない部屋』なんてどこで覚えてくるんだろうか、と芥田はやや呆れた。
概ねメリーの言う通り、愛桜の考えたことや行動の巻き添えを芥田は食っているわけだが、こちらも手助けをしてもらっている身。ギブアンドテイクくらいの感覚でいいんじゃないだろうか。
だがまあ、安請け合いしてはいけないのもわかる。人間から生まれた怪異というのは狡猾だ。何故なら人間がそこそこに狡猾な生き物だから。
「言い方はあれだけど、瑪莉依の言い分もわかるから、こっちからも条件提示していい?」
「いいよ」
愛桜はメリーが癇癪を起こすことまで想定内だったのだろう。あっさりと承諾する。
愛桜は頭が回る方だし、生前からそうだったのか、オカルトへの造詣が深い。故にオカルトに対する臨機応変な対応が可能だ。
それに自分が殺されたことを理解している。普通の幽霊なんかとは違う、理性的な怪異と言える。比較的だけれど。
おそらく自分が誰に殺されたかもわかっているのだろう。だがそこは触らぬ神に祟りなし、芥田は聞かないことにし、大前提を優先する。
「七不思議の七番目を知ったら死ぬ、僕のための余暇だと愛桜さんは言った。それなら、七番目を知ってしまった僕が死んでしまわないように立ち回ってもらえない?」
「ふふ、いいよ。こればっかりは、メリーさんだけじゃどうしようもないからね」
交渉成立、と芥田と愛桜は握手をした。




