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 廊下は静かで、時報のゆうやけこやけがよく聞こえてくる。時報や防災無線は各所のスピーカーから鳴るため、エコーがかかり、メロディが重なり合って、不協和音を醸し出す。まともな神経でいたら、頭痛を起こすところだ。

 それが延々と流れ続ける空間。ゆうやけこやけを何巡りしたか、もはやわからない。長くいたような気がするし、ここまであっという間だった気もする。おそらくゆうやけこやけと変わらない夕焼けのせいで、時間感覚が狂っている。正常な神経ではやっていられない。

 それでも芥田は普通に歩いていた。

「芥田、こういう異常空間平気なんだね」

「ん? まあ、異常空間が平気というか、異常が平常だから」

 愛桜の疑問に芥田が訥々と答える。

「僕は昔から幽霊が見えたんだ。瑪莉依のことがあって、気づいた。瑪莉依はそこにいるのに、誰もいないってみんなが言うから、おかしいと思って。それで、双子の妹が死産だったって話を聞いて、自分が見ている瑪莉依は幽霊なんだって気づいた」

 メリーのようなものが側にいれば、日常が非日常みたいなものなのだろう。芥田は他にも色んなものが見えると語った。

 つまりは霊感少年というわけだ。こういう異常な空間に慣れているというより、異常そのものに慣れているのだ。

「たぶん、瑪莉依が見えなくなったら、滅茶苦茶混乱する。でも、見えない方が普通っていうなら、僕は異常なままでいいかな」

「兄妹愛?」

「違うよ」

 芥田はメリーのようにメリーを守りたいとは思っていないし、メリーの行いは時折迷惑にすら感じている。芥田瑪莉依という生まれなかった人間に対して、ちゃんとこの世のものではないという認識を持てている。

 それでも、メリーが側にいないと困惑する、というのは、芥田とメリーが双子だからだ。

「一卵性だろうが二卵性だろうが、双子である時点で魂か何か繋がっているんだと思う。二人で一人っていうか、瑪莉依がいなくなることは僕が魂の半分を損なうことだから」

「ふーむ、なるほどね。ドッペルゲンガーっていうよりは、共依存なのかな」

 参考になるねえ、と愛桜は恐ろしい速度でスマホをフリック操作する。どうやらメモ帳に今の話とそこからの考察をメモしているらしい。文字打ちスピードはさすが女子高生というか。才能の無駄遣い甚だしい。

 が、芥田は愛桜を見て思う。こんな才能があったところで、この人は怪異なのだから、現実に利用する方法なんてないのだろう。何の怪異かは知らないけれど。

「愛桜さんは自分が何の怪異かとか思い出したの?」

「当たりはつけてるけど、まだ確実じゃないですねー。たぶんこの学校の七不思議ですかね」

「七不思議」

 芥田の目が平坦になる。どこの学校にもあるもんだな、と呟いた。

 幽霊やこの世のものではないものが見えるということは、芥田はこれまでの学校生活で学校の七不思議の当人たちにも遭遇した可能性が少なからずあるだろう。メリーがいるため、怪異は下手に芥田に手出しはできないだろうが。

 愛桜は水を得た魚のように目を煌めかせ、この学校の七不思議を諳じる。

「一つは先程見た保健室の恋人です。

 二つ目は事務員の首吊り職員。事務室に夕方、誰もいないところを通りかかると……」

 愛桜はほら、と今正に通りすぎようとしていた事務室を指差す。

 窓から射すオレンジ色の陽光を背に、ぷらんぷらんと、宙に吊られた人影が揺れている。

「仕事のしすぎで人生に疲れた事務員が職場で自殺したっていう噂から七不思議になってます!」

「なんで得意げなの? 軽くブラック企業じゃん」

「現代じゃ公務員が一番のブラック企業だと言われてますよねー。でもたぶんこれ、昭和とかの時代の話ですよ。女は家を守り、男は外で汗水垂らして働くことが史上とされた時代。女性の社会参加運動のせいでスポットが当てられないけれど、昔から仕事がつらい男性もいたってことでしょう。働くことが史上っていう洗脳みたいな社会的意識のせいで、死にしか逃げられなかった。ブラック企業って現代でこそ使われるようになった言葉だけど、仕事のできない人は要領が悪いで済ませられたのは昔からだし、仕事が史上だからと思い込みすぎたせいで、肉体と連なる精神の限界に昔の人は気づきづらかったって話でしょう、これは」

「なんだか生々しいな」

「このように時代を渡ることによって解釈が変わるのが怪異の面白いところですね!」

 ああ、そういえばオカルト狂いだった、ということを思い出して、芥田は愛桜の高説に耳を傾けるのをやめた。社会の仕組みの勉強になるが、それは所詮過去の仕組みだ。昭和なんて、自分が生まれてもいない時代に思いを馳せても仕方ない。芥田が生きているのは令和と呼ばれる「今」だ。

「三つ目は七不思議のド定番、トイレの花子さん。花子さんは有名すぎてもはや語ることがないんだけど、最近は和式トイレから洋式トイレに変わってきているから、それによる花子さんという怪異への人々の意識の影響が面白いところなんですよ。花子さんが出るとされる三階のトイレは洋式でも、花子さんが出たときだけ和式になるとか、花子さんがおかっぱ赤スカートにサスペンダーのスタイルから、現代風のファッションになっているとか、諸説あって、古参の怪異だと侮ることなかれって感じです」

「うん、四つ目は?」

 語らせると長くなりそうだったので、芥田は先の怪異について促した。メリーすら引くほどのテンションだったので、英断だったと思う。

「四つ目は図書委員の女の子です。悪いものっていうよりは、図書室で悩んでいる子の前に現れて、その子の悩みを解決できる本を提示して、その子がありがとうって言おうとしたときには姿を消している神出鬼没ちゃん。おさげ眼鏡な容姿と、図書室にしか現れないことから図書委員って呼ばれてます」

「その呼び名、実際の図書委員には迷惑じゃない?」

「うちの図書委員は真面目に仕事しないことで有名なので!」

「仕事しろ」

 図書委員はわりと人気の委員会だと思っていたのだが、そうとも限らないようだ。この学校はわりと部活が盛んだし、部活動の時間を委員会活動で削られるのが不服な生徒が多いのかもしれない。本も貸出システムより、閲覧室内で読む方が一般的なようだ。文芸部の部室が図書室なので、文芸部員は図書室内で資料読みをするのを活動としているのだそう。

 オカルトに関わることなら、他の部活動や、委員会のことまで把握している情報収集能力、そしてそれを解釈する能力。さすが筋金入りのオカルト狂いは一味も二味も違うな、と芥田は呆れを通り越して感嘆した。というか、一介の生徒にしては内情に詳しすぎないだろうか。

 愛桜のオカルトへの傾倒っぷりにこれ以上踏みいると、メリーがいても身の危険を感じるな、と芥田は踏み留まった。

 それでもあと三つについて、愛桜は簡素ではあるものの説明する。

「芥田のメリーと私の怪異が六番目と七番目。まあ、七不思議の七番目って知ると死ぬっていうのが定番なんだけどね」

 序列を敢えて名言しなかったのは、芥田のためだろうか。いや、それよりも引っかかるのは。

「五番目は?」

 そう問う芥田に愛桜は待ってました、とばかりに階段の踊り場でくるりと身を翻し、振り向いた。栗色の髪が夕日に透けて淡く見える。ひらひらとハーフツインテールの部分が揺れた。

 なんだか、今にも消えそうに儚く見えた愛桜だったが、それを吹き飛ばす張りのある声で、愛桜は高らかに述べる。

「五番目の怪異は私たちがこれから向かう視聴覚室のもの。百聞は一見に如かず、行ってみよう!」

 愛桜のテンションに釣られて、芥田の後ろで、メリーがえいえいおー、としていた。

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