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 そう、芥田にとっても、空良にとっても、目の前。

 芥田のドッペルゲンガーは死神の鎌を持って、芥田を庇うように立っていた。

 メリーは鎌を一閃させ、カーテンを切り裂く。ここは現実とは違う空間なので、器物損壊などを考える必要はない。

「莉栗鼠の恋人になるのにわたしを通さないなんていい度胸じゃない」

 安定的すぎるブラコン発言に、芥田は何も言わなかった。もうこれがメリーのデフォルトである。

「恋人になるのに誰かの許可が必要?」

 カーテンの向こうから現れた少女。清楚な雰囲気に似合わず、顔に横一文字の傷が入り、血が垂れていた。メリーの一撃によるものだろう。

 儚げな雰囲気の少女の言葉をメリーは一刀両断する。

「少なくとも当人同士での合意は必要デショ」

 ごもっともである。

「それからお付き合いして、親睦を深めて、親や兄弟、家族に紹介して、互いの人柄を知ってもらうことで仲を深める。外堀から埋めていけってコトよ!」

 途中まで正しげなことを言っているのに、外堀から埋めていけ発言で台無しになっている。ある意味正しいので芥田は何も言えない。

「というかそもそも、誰かの身代わりに莉栗鼠を愛そうって魂胆がわたしはいけ好かないの。莉栗鼠に限った話じゃないわ。誰かの身代わりとして生きるのを恋っていうんなら、その恋は死んでるワヨ!」

 おお、メリーがまともなことを言っている、と芥田は思わず感心する。

 さて、空良の相手はメリーに任せるとして、愛桜はどうしているだろう。外で研究の成果を見ているか、この空間にも巻き込まれたか。今のところ姿も形もない。

「だって!!」

 そんな中、空良の慟哭が響く。

「どんなに探しても、明石谷くんはどこにもいないんだもの!!」

 明石谷というのは、保健室の恋人に出てくるもう一人の病弱少年だろうか。交通事故で死んだという。

 病弱なことは関係なく死んだ、と愛桜は言っていた。猫か子どもを庇ったか。信号無視の車に轢かれたか。何にせよ、明石谷と親しかった空良には悲しい出来事だろう。

 どこを探してもいない。それは保健室の恋人という怪異になってから、幽霊になったから明石谷に会えるはず、という盲信で明石谷を探していたのだろう。

 メリーが挑発的に返す。

「そりゃそうデショ! そのアカシアくんとやらは普通に人間として死んだの。あんたみたいに怪異にならなかったってコトデショ!」

「なんで、なんでよ! なんで明石谷くんが私と一緒じゃないの!!」

「知らないワヨ!」

 メリーが鎌を振るいやすいように芥田は下がった。それを察してメリーが大きく鎌を振るい、空良の首を断とうとする。

 が、メリーの鎌には空良の髪が伸びてきて絡まり、その勢いを削ぎ、動きを止めさせていた。艶やかな黒髪が鎌の刃と競り合ってぶちぶちと切れていく。

 空良は泣き叫んで、髪を使い、メリーに襲いかかる。

「だったら、怪異の子を愛したっていいじゃない! だってその子、怪異でしょう? あなただってその子に基づく怪異なのに、どうして私を否定するの!?」

「それはわたしが莉栗鼠のドッペルゲンガーだからだよ。双子は二人で一人なの!」

 髪はドッペルゲンガーという言葉を聞いてから、勢いと鋭さを増す。メリーは芥田に当たらないように立ち振る舞うために、一歩も動かず、いくつか裂傷を受けていた。

 メリーが顔をしかめる。愛桜の言っていたことがわかった。死ななくても傷を負えば、痛いものは痛い。

 それが心の傷だったなら、どうしようもなくて、こうして泣き叫んで周囲に当たり散らすしかないだろう。それが怪異という存在である。

 好きだった相手と引き離されたという悲しみはメリーにも想像できた。メリーは今更芥田から離れるなんて考えられない。芥田から引き離そうとする者がいれば、今空良がやっているように暴れ回るだろう。

 だが、誰かが暴れることで、芥田が傷つくのだけは絶対に許さない。

 ちっと一つの毛束を切り裂き、内心で舌打ちする。愛桜はどこまで予想の内なのだろうか。というか今、何をしているのだろうか。

 芥田はメリーの空間の中にいる。なら愛桜は? まさか自分一人だけ逃げ仰せたんじゃないでしょうね、とメリーはまた一つ毛束を切り裂く。

 切り裂かれた毛束はドリルのように先端の形を変え、メリーに襲いかかってくる。ヤバい、とメリーは思った。のべつまくなしに切っていたら、数が夥しいことになった。芥田を守るために、避けることはできない。が、それだとメリーが鎌一つでは捌ききれない。

 死なないが、体にたくさん穴が開くことは想像できた。痛いんだろうな。そう目を閉じたとき。

「芥田は怪異じゃないですよ、お嬢さん」

 少し気障ったらしい言い回しをする少女の声がした。毛束ドリルが襲ってこないので、メリーが目を開けると、そこには、清楚な容貌の少女の生首を持つ、地雷系ギャルみたいな顔色の悪い少女が立っていた。

 隈の深い目で哀れみも愉悦も何もない無の表情で栗毛の少女、愛桜は続ける。

「芥田は怪異じゃなくて、人間です。怪異が人間と結ばれていいわけないでしょう? あなたがすべきは明石谷の身代わりを探すことじゃなくて、明石谷が怪異にならずに済んだことを喜ぶことなんじゃないですか?」

 しとしとと地面に染み込む雨みたいに愛桜は告げる。

「明石谷の死因は登校途中の小学生を暴走車両から守って轢かれたことだった。そこに怨恨なんてなかった。明石谷は、自分の病弱を呪わず、人を守ったっていう誇りを残して死んだんです。保健室のベッドに横たわるだけの無意味な人生で終わるんじゃなくて、最後に誰かの命を救うヒーローになって死んだ。明石谷のつらさを知っていたあなたは、それを喜ぶべきです。彼の死は彼の門出だった」

 愛桜の言葉の一つ一つは普通の人間なら紡ぎ出せないような不謹慎さが含まれているのに、説得力があった。

「でも! どんなに偉業を成し遂げたって、死んじゃったんだよ!? 意味ないじゃん!!」

「それをヴィンセント・ヴァン・ゴッホやルートヴィッヒ・ヴァン・ベートーヴェンの前でも同じこと言えんのか?」

「そんな偉人と比べないでよ!」

「同じ人間だ。少なくとも、明石谷に救われた小学生にとって、明石谷は偉人だよ」

 愛桜はそう告げると、ポケットからカッターナイフを出し、キチキチと刃を出して振るった。

 ぼて、ぼて、と二つの耳が落ちる。

 愛桜は耳のなくなった生首を投げた。

「利かん坊め」

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