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メリーは顔を真っ赤にする。
「そんなの意識したことないよ!!」
それはそう、と愛桜は真顔で思った。
怪異が人を襲うのは本能である。メリーにとって芥田に害を成されたらというのは本能に紐付けた条件だ。空間の展開は条件反射でやっている。
反射的にやったことをどうやっているかなんて、簡単に説明できるものではない。説明できるとしたら、それは自己分析に長けたものだ。
メリーは兄である芥田に害が及ばないことを念頭に置いているため、自分自身の優先順位は低い。メリーは死んでいるので殺されても死なないという無敵要素があるが、怪異である分、一度敵と見なしたものは死んでも呪う、くらいの心構えだろう。
生まれることなく死んだのだ。自己分析云々の難しいことはできなくても仕方ない。
「ということは試すしかないですね」
「どうしてそうなるのよ馬鹿アマ!!」
「馬鹿アマはどっちですか。わからないなら試す。原始的かもしれませんが、それが一番手っ取り早い方法です。それともなんですか?」
愛桜がする、とメリーの頬に手を滑らせ、メリーの顔を引き寄せる。その挑発的で魅惑的な仕草にメリーは思わずどきっとする。いやどきってなんだ。
愛桜は感情の乗っていない黒洞の目で、メリーを見た。
「あなたは芥田を守りきれないとでも?」
メリーは目を見開く。
ぱしん、と愛桜の手を払いのけた。
「そんなワケないデショ!! ばっかじゃないの!?」
芥田がびく、と反応する。
「いいわよ、やってやろうじゃない。保健室の恋人だか白い恋人だか知らないけどね、莉栗鼠に近づく不当な輩は全員わたしがぶちのめしてやるんだから!!」
鼻息荒く、メリーが宣告する。愛桜はその意気です、と煽った。
芥田はなんだかいいように利用されてしまっているなあ、と思いつつ、廊下側のベッドに座った。
「ここにいるだけでいいの?」
「よければ横たわってもらって。最悪芥田は寝ちゃっても問題ないですので」
「ゆっる」
「メリーさんがオート防御するから」
「人の妹をゲームのシステムみたいに言うなよ」
「じゃあ、ごゆっくり~」
愛桜がしゃーっとカーテンを締める。
「って、おい、お前はどうす」
「誰かいるの?」
愛桜ではない少女の声が聞こえてきて、芥田はびくりと体を固める。
隣のベッドの少女が語りかけてくるという「保健室の恋人」の怪異。けれど、よく考えてみると、話しかけてくるだけならそんなに怖くないのでは、と芥田は思った。
「ええと、君は?」
「……私は、空良。あなたは?」
「えっと、芥田って言います」
「蜘蛛の糸の主人公みたい」
少女、空良がくすりと笑う。声だけなら、涼やかで愛らしい子だ。
これが怪異? と首を捻りながら、芥田は会話を続ける。
「芥川龍之介の? カンダタだっけ。初めて言われた」
「発音だけですけど」
「芥川と混ざってるんじゃないですか?」
「そうかも」
カーテン越しの会話は思っていたよりずっと弾んだ。少し心が重たくなる。自分もこの容姿さえなければ、こんな風に普通に人と話せるんだろうか、とふと思った。無い物ねだりだ。
それより、メリーの反応がないな、と思った。まあ、今のところ実害がないので、反応なんてなくていいのだけれど。
「今、他の人のこと考えてた?」
「え?」
「やだなあ。私たち、恋人になるんだから、他の女の子のことなんて、考えてほしくないよ」
「恋人!? なんか色々過程がすっ飛んでないかな!?」
そういえば、愛桜は詳しく話さなかっただけで、害がないなんて一言も言っていなかった。もっと話を聞いておくんだった。
保健室の恋人は怪異。人に害を成さないわけがない。そして怪異とは突拍子もないものだ。その怪異の妄念や執念が形になっている。
空良というのは保健室の恋人の物語に出てくる病弱な少女だ。隣にいた男が亡くなって、後を追うように息を引き取ったという。それが偶然なのか、彼女の精神衰弱が引き起こしたものかは定かではない。ただ、この怪異の名前が「保健室の恋人」ということは、二人の仲はそういうところにまで発展していたということだ。
少なくとも、空良側は少年に想いを寄せている。その妄念が怪異となった。
愛桜は当然、この状況になることを予測して、芥田とメリーを説き伏せたのだろう。あれも怪異だと改めて認識した。
「すっ飛んでたっていいじゃない。わざわざ変な噂があるのに、ここまで来てくれたんでしょう? 芥田くん」
そこで耳をつんざくように保健室に設置された電話が鳴った。
「……邪魔が入ったわね」
でも電話は無視するつもりのようだ。無視程度で収まる怪異なはずがないのは、芥田がよく知っている。
保健室の電話が止むと、今度は芥田のスマホが鳴った。芥田はスワイプして、スピーカーをオンにする。
「わたし、メリーさん。今、あなたの目の前にいるの」




