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「え?」

 芥田からの提案に目を丸くする二人に芥田は目を丸くしていた。

 閉じ込められたから脱出しよう、というのは至極自然な思考回路のはずだ。何を不思議がることがあるだろう?

 混乱した芥田は二人に問う。

「ふ、二人はここから出ようと思わないの?」

「全然」

「全く」

 即答されてしまう。

「なんで!?」

「だって、別に、先輩の研究資料にされるだけでしょ? 私も結局怪異なわけだし、大人しく観察されてた方が先輩のためになるし」

 愛桜の言葉に芥田は頭痛がした。こいつは駄目だ、と。そもそも普通の思考回路をしていないオカルト狂いである。その上に敬愛する先輩の存在があるわけだから、愛桜の思考回路がそうなってしまうのは当然の帰結であった。

 だが、芥田はもう一人、メリーを見る。

 メリーは顔の前で指をちょんちょんと合わせながら、尖らせた口で愛らしく語る。

「だってぇ、ここにいれば、莉栗鼠が人間に関わらなくて済むんデショ? それなら、莉栗鼠が人の悪意に晒されずに済むしぃ……ぶっちゃけわたしも怪異だからサ、全然支障ないのヨ」

「僕は人間なんだけどね!?」

 どうやら、人間と怪異では思考回路が違うらしい。人間か怪異かで多数決をしたら二対一で芥田が負ける。民主主義とは少数意見を潰すための暴力だ、と芥田は理解した。

 人の悪意に晒されて、嫌な思いをしなかったわけではない。珍しい容姿を綺麗だという人もいれば、外国人への差別を行う人もいる。外国人みたいな顔で日本語をペラペラ話すのが気持ち悪いという人もいる。得をしたことより、損をしたことの方が多いだろう、と芥田も自覚している。

 だからといって、隔離された空間の中でぬくぬくと過ごすのは違うのだ。

「みんなにどう思われようと、僕は君らと違ってちゃんと人間だよ。ちゃんと生きてる。不条理や理不尽に晒されながらでも生きてる。生きることを諦めてない」

 閉じ籠るのは簡単だ。誰にも心を許さないことはあまりにも楽で簡単だ。できることなら多難な道より楽な道を歩みたい、と芥田だって人並みには思う。

 だが、今、怪異の少女たちと閉じ込められてわかったことがある。

 都市伝説と吹かれたり、七不思議と恐れられたりして、自分の周りの人間が精神を病んだり、死んだりすることが続いて、もしかしたら本当に自分は怪異で、呪われているのかもしれない、と芥田は思っていた。それは半分正解だ。芥田はメリーという怪異を抱えている。

 だが、抱えているだけで、メリーが怪奇現象を起こすことに芥田は関与していない。メリーと違って、芥田は傷ついた人を知って心を痛めるし、それが自分をいじめたり、からかってきた存在でも同じだ。怪異たちとは違う。

 自分は人間だからこそ、人間に寄り添えるのだ。だから、怪異とは完全にはわかり合えない。

「そっかぁ。ご立派だねえ、芥田」

 愛桜がとことこと芥田に歩み寄る。メリーが警戒して割って入ったが、愛桜はそれをものともせず、芥田の頭をぽん、と撫でた。

「別にこれは嫌味じゃないよ。芥田はちゃんと人間なんだなぁって感心しただけ。私は自分が怪異だって自覚して、自分が普通の人間でないことを自覚したからさ、なーんか寂しいのよねー。胸のこの辺がすーすーするの」

 愛桜が胸に手を当てたことで、制服のリボンがゆらりと揺れる。メリーがこてん、と首を傾げた。

「もしかしてあなたも幽霊なの?」

「そうかも。でもさ、先輩を尊敬してるのは本当だし、オカルト狂いなのも本当。だからね、芥田にやる気があって、私はとーっても嬉しいの」

 途端、愛桜の顔に浮かんだのはオカルトを語るときに浮かべる歪んだ狂気的な笑み。怪異であるメリーでさえ、ずさ、と一歩退くほどの異様なオーラを愛桜は漂わせていた。

 メリーは感心する。先程まで自分のことを人間だと思っていたとは信じられないくらい、怪異としての愛桜はよく馴染んでいた。人間であることを捨てるのはかなり難しい。よく語られる地縛霊や浮遊霊たちは自分の死、人間でなくなったという事実を受け入れるのに、何十年もかけることだってあるのに、愛桜は芥田たちと語らう少しの間で受け入れた。

「な、何? 莉栗鼠を変なコトに巻き込むつもりなら殺すわヨ?」

「あはは、メリーさんったら、さっきの今で忘れちゃったの? 私、もう死んでるんだよ?」

 朗らかに笑って言うことではない。

「死ぬのが怖くないっていうの?」

「怖くないよ。私、ずっと幽霊とか見てみたかったんだ。霊感がなくってさあ。それで、思いついたのが、『自分も幽霊になること』だった。懐かしいわあ。同じものになれば見えるようになるって思ってたの。子どもみたいでしょ?」

 愛桜の言い回しに違和感を覚える。まるで怪異になる前の人間時代を語っているかのようだ。

 人間「だった」自分を思い出したから人間「でなくなった」自分を受け入れられるのだろうか。メリーにはわからない感覚だった。メリーはそもそも人間として生まれることすらできなかったから。

「さて、確かにここから出す提案は確実に芥田を巻き込むよ。でも話だけでも聞いてほしいな。話を聞いて、それでも気に食わなかったのなら、煮るなり焼くなり好きにしてよ」

 愛桜の目には妖しげで挑戦的な光が宿っている。メリーはその光にびりびりと危険を感じた。

 愛桜という怪異は危険だ。危険だが、提案と言った。それは彼女のためになり、芥田のためにもなり得るものだから、そう言ったのかもしれない。

 だとするなら、芥田のために存在するメリーは芥田の意志を尊重する。

 少し不安の混じった紫色の眼差しが芥田を覗く。芥田はメリーの懸念をよそに、あっさりと頷いた。

「提案って何?」

 芥田の催促に、愛桜はそっと一呼吸挟んで、にいっと口角を吊り上げたまま話し出した。

「さっき言った通り、先輩がオカルト狂いとして私の憧れであることは嘘じゃないし、今も変わってない。だから私は先輩の研究のためにこの空間に残ってもいいわけだけど……先輩がしているのって、研究よね? 研究って、マンネリしてちゃ駄目ですよね? 先輩の研究結果を叩き出すのが私たちなら、私たちが先輩の予想を凌駕しないと!」

 愛桜は爪先でとんとん、と地面を示す。

「ここは先輩の作った空間。先輩の予想を凌駕するのは簡単なことじゃないけれど、目標は越えてなんぼ。先輩の思考領域を超越した行動をすれば、先輩の作った空間の中だけじゃ完結できなくなる。つまり、この空間から出られるって考えなんだけど、どう?」

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