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「そんな、まるで私が人間じゃないみたいな言い方はよしてくださいよ」

 愛桜はメリーの発言に苦笑混じりで答える。メリーはその大きな目で愛桜をじっと見つめるだけだ。

 愛桜は続ける。

「私はれっきとした学生ですよ。制服だってちゃんと着てますし、生徒手帳だって持ってます。オカルト研究部に所属して、日夜オカルトについて先輩と語らい、考察し」

「その先輩の名前は?」

「え?」

「あなたの名前は?」

「愛桜ですけど」

「苗字は? フルネームは?」

「え? ……え?」

 聞かれて、愛桜は咄嗟に出て来なかった。

 自分は愛桜だというのはわかる。だが、苗字? 苗字なんて、自分にあっただろうか。

 人間なら、あって然るべきなのである。メリーだって、生きていれば芥田瑪莉依というフルネームになったわけで。芥田だって、怪異と呼ばれているが、大前提として芥田莉栗鼠という一人の人間なわけで。

「人がね、名前を名乗るようになったのは、人が喋るから。あいつやそいつというだけじゃ、誰のことか識別できないから名前を名乗るようになったんだよ。

 人間が怪異に名前をつけるのも同じ。怪異に元々名前がついているんじゃない。人間が怪異の起こした現象に準えて、怪異に名前をつけてる。メリーさんも『わたし、メリーさん』って名乗るからメリーさんって名前になった。ひとりかくれんぼも一人でするかくれんぼだからひとりかくれんぼになった。口裂け女も口が裂けてるから口裂け女になった。名前には意味があり、名前があるからこそぼんやりとした存在であるはずの怪異は人間の脳内に具体的に存在する。

 じゃあ、あなたの具体性って何?」

 少し片言っぽかったのに、メリーはすらすらと話して、畳み掛けてくるので、愛桜はぐるぐると考えた。

 具体性。それが人にとっても怪異にとっても名前が示すものである。愛桜はどうしたって「愛桜」という名前しか思い出せない。苗字は何だっただろうか。自分の名前を忘れるか?

 自信がなくなってきたところではっとする。そうだ、生徒手帳、と愛桜はブレザーのポケットを漁った。別に真面目ちゃんというわけではないが、出せと言われたときにすぐ出せないと、ああだこうだ口五月蝿く言われるのだ。だから、わかりやすい場所に仕舞っていた。

 手のひらサイズの生徒手帳。その裏面には決まって生徒の顔写真と学年、名前、住所などが書いてある。もちろんフルで。

 が。

「あれ……あれっ?」

 目の下に隈のできた顔色の悪い少女の写真。それは紛れもなく愛桜だ。だが、ありとあらゆる項目が、黒いペンで塗り潰されている。高校の名前すらわからない。愛桜という名前の痕跡すらない。

「嘘、え、なんで?」

「ホラ、ヤッパリ。愛桜という名前はオカザリ。あなたは人間じゃないんダヨ」

 愛桜は現実が受け入れられなくて、ぺたん、と地面に座り込む。

「人間じゃないとしたら、私は何なの?」

「それは簡単ダヨ」

 メリーがにこっと笑う。

「わたしたちとおんなじ、怪異ダヨ」

「怪異……」

 メリーがぽんぽん、と親しげに愛桜の背を叩く。

「怪異同士、仲良くしようヨ~! しかもあなた的に自分が怪異であるというのは悪いことばかりでもないはずヨ? だって、あなたはオカルト狂いなのデショ? 自分自身が怪異でした~! なんてどんな気持ち?」

 自分自身が怪異……と愛桜はぼんやりと考え、がばっと立ち上がる。

「自分自身が怪異とかヤバ! めっちゃ興奮する!」

「それでこそ愛桜チャンじゃない。その調子、その調子」

「でもその場合、メリーさんより、芥田に近い存在なんじゃ」

「急に巻き込むな」

「お堅いコト言わないの~。莉栗鼠、外じゃ友達いないジャン~」

「それ九割方お前のせいだからな、瑪莉依」

「だってみんな莉栗鼠のコト舐めてるんだもん。ムカつかない?」

「ムカつくとかそういうことを原動力にしてるわけじゃないから」

 芥田のその一言に、愛桜は既視感を覚えた。


「悔しいとかムカつくとかを行動原理にしているわけじゃないからな」


「樫美夜先輩! 樫美夜先輩は!?」

「あ、気づいたんだ」

 メリーのあっさりとした反応に拍子抜けする。

 芥田がふう、と息を吐き出した。

「やっと本題に入れそうだな」

「本題?」

「そう。その先輩とやらから聞いて知っているだろうけど、メリーによるお仕置きに僕の意思は干渉しない。つまり、僕がメリーが動くためのこの世界の中にいるのはおかしいことなんだ」

 そう、ゆうやけこやけの流れるこの空間はあくまでメリーが顕現するためのもの。メリーの行動に芥田は干渉しない。芥田が干渉しないことを目的にメリーは行動しているのだから。

「なんで、いるの?」

「そう、そこなんだよ。それで、君に思い出してほしいのは、どうやってこの空間が開かれたか」

「……あ」

 この空間、メリーさんが愛桜の元に来るように差し向けたのは樫美夜だ。それは少しおかしい話である。

 確かに愛桜は芥田について調べていた。だが、この空間が開くときに見ていた芥田とメリーさんの話をパワーポイントにまとめたものを作ったのは樫美夜だ。つまり、あれらを全て調べて、芥田の個人情報を晒し上げた本人は樫美夜である。

 その論理だと、メリーは愛桜の前にではなく、樫美夜の前に現れるはずである。そこを樫美夜が何かしら手を加えて、愛桜にメリーを差し向けた。

 その手を加えられたことによって、芥田まで巻き込まれたのだとしたら、辻褄が合う。

「そっか、私たち、この空間に閉じ込められたんだ」

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