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鼻先がくっつきそうなほどに近づいた愛桜の顔面に、芥田は躊躇いなく、自らの手をがっと差し込み、顔を掴んで愛桜を投げる。鬼の所業である。
が、愛桜は壁や地面にぶつかることはなかった。ぽすん、と柔らかい何かに受け止められる。
「せいかーい」
そう言って、愛桜の頭を撫でたのは芥田と全く同じ顔をした少女。先程会ったメリーさんだ。
「わたしは瑪莉依。莉栗鼠の妹」
「瑪瑙の瑪にくさかんむりに利益の利、人偏に衣で瑪莉依ね」
「発音は普通なのに字が凄まじいな……」
まあ、ハーフと外国人が考えた名前である。そんなものだろう。
「で、どうして教える気になったんですか?」
「だって、君、全然怖がらないじゃん。怪異って何のために存在するかわかる?」
「うーん、戒め?」
「恐怖による戒めと恐怖を元に人の記憶に残り続けることダヨ」
緊張感なく、メリーが愛桜の頬っぺをもにもにと揉む。はー、やわっこい、なんて言って堪能している。
メリーは続けた。
「簡単に言うと、怪異って、人が怖いコワーイって思う感情が食事なの。食べ物くれない人間に意味はナイの」
「くれくれ女子だ……」
「莉栗鼠のコト怖がらない子なんて初めて見たワ! まあ、わたしがいなくなることの方が莉栗鼠にとってはいいのかもしれないケド」
愛桜はメリーの言葉に芥田を見る。芥田はふい、とそっぽを向いていた。
「瑪莉依は僕のたった一人の妹だよ。いない方がいいなんて、そんなわけない」
「うわぁシスコン」
「わたしだって莉栗鼠から離れる気ないもん!! 相思相愛ヨ」
「うわぁ」
相思相愛といっても片方は故人なわけだし、近親……にはならないからいいのだが、芥田に害を成す認定が低そうなメリーが芥田にずっと憑いているのはかなり問題があるような気がする。
まあ、人に害があるという理由で幽霊を引き剥がすようなお節介をするほど、愛桜は人間が好きではない。人間が好きではないから、人間が怖がるオカルトを好むのだ。
「あと、これから君に色々教えるのは、僕も自分の所属する部活にはなくなってほしくないからだよ」
「ん?」
芥田は今何と言った? 「自分も所属する部活」?
愛桜はぎょっとする。
「芥田、オカ研だったの!?」
「知らなかったんだ。まあ、幽霊部員のことなんて覚えてないもんだよね」
そう、芥田はいつも放課後になるなり帰宅をする帰宅部だ。部活動に所属していたとして、一度も顔を出したことがないのだから、部員に名前を覚えられていなくても無理はない。
というか、一度見たら忘れられない容姿をしている芥田が部活動に顔を出すはずもなかった。これまでそれで散々いじられてきたのだ。いくらメリーがいるからといって、芥田の精神がすり減らないわけではない。
いや、それよりも、と愛桜はドン引きし、顔を青ざめさせる。
「よく怪異持ちでオカ研に入ろうと思ったね!?」
「うるせー」
そう、オカルト研究部なんて、愛桜のようなオカルト狂いか幽霊部員しかいないのだ。芥田のような怪異持ちが入ったら最後、ネタにされないわけがない。
それ覚悟で入ったとしても、尋常な精神ではない。メリーより芥田本人がイカれているのかもしれない、と愛桜は思った。
「むしろ他の部活のが行きにくいんだよ。運動部はもってのほかだし、文化部だって興味はないし。知ってるか? 美術の時間になるとデッサンのモデルにされるんだぞ?」
「うわぁ」
「過たば全員メリーの世界に引きずり込みかねないのに幽霊部員以外何ができるっていうんだ」
「いや、普通に部活来いよ」
愛桜はむうっと口を尖らせる。
「お前ら幽霊部員の多量さのせいでオカ研潰れそうになってんだぞ。芥田莉栗鼠がオカ研にいるってだけで、どんだけオカ研の活動貢献になると思ってんだ。私みたいに怪異を分析、研究して、怪異が起こる条件とかを導き出せば、メリーの被害者とか減らせるでしょう。というかオカ研ってオカルトを研究するところだからね」
「いや、ネタにしていじられたら耐えられないって」
「じゃあなんでオカ研にしたァ!」
怒鳴り散らす愛桜の頬をメリーがみょーんと引っ張る。
「このやりとりエンドレスループに突入しそうだからやめなヨ~」
「いあい、いあい」
メリーが楽しそうに愛桜の頬をこねくり回す。
「研究したって無駄ダヨ? わたしの世界はわたしが操作してるし、莉栗鼠はどのタイミングで発動するかわかんないもん。それに、わたしは人間と対話する気ないの、わかるデショ?」
紫の瞳に覗き込まれて、愛桜はぐ、と息を飲む。
そう、メリーに対話の意思はない。芥田のために人間の精神を自分という怪異で一方的に壊す。芥田の意思が介在しないところでメリーが勝手に行動することによって、芥田が加害者になることはない。
芥田をからかったりいじめたりして、その罰が当たるのは自業自得だし、芥田のいないところで勝手に発狂しているだけなのだ。なんとも頭のいい話である。全て芥田のためだけなのだ。
兄を貶めた時点でメリーにとってそいつは敵でしかなく、敵と見なしたら、かける情けなどない、というわけだ。
あれ、と愛桜は口にした。
「じゃあなんで、私とはこうやって話してるの?」
すると、メリーは愛桜と目を合わせ、その紫を見開いて告げる。
「言ったデショ? わたしは人間と対話する気なんかないって」




