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静観の飛車

作者: 鎌瀬 狗

身内企画で描いた作品になります。

どうぞ、よろしくお願いします。

8/15

大きな窓から彼女を美しく仕立てようと勇んでやってきたビデオライトのような夕陽は、横になった彼女を燦々と照らしている。


「髪の毛、変じゃない?」

「変なわけないよ、可愛い」

「そう?ありがと」


微笑む君は名前の通り、?起き抜け1番に見るアサヒのように眩しかった。じんわり、と手に汗が生え出て持っているスマホも微かに揺れ動いてしまったりで不安なことは多々あるけれど、今はまだ、大丈夫。


「もう撮ってもいいかな?」

「……うん、お願い」


『涙なんか見せてやるものか、』


きっと、僕も彼女もお互いにそう思っている。


味覚がどうしようもない苦味を伝えてくるけれど、これは2人で決めたこと。今更、そんなアラームをかけたって僕の手は止まらない。目の前に鎮座するベッド用テーブルに置かれたお守り代わりの飛車の駒が心配そうにこちらを向いているのがほんのり怖い。


自然に出た深呼吸。深呼吸。深呼吸。深呼吸。

深呼吸が二重に聞こえた気がした。


「じゃあ、始めるよ」


僕はスマホを彼女の方に向けて録画開始の赤い丸ボタンになんとか触れる。


「おはよう、こんにちは、こんばんは?これを見ているタイミングとかイメージが湧かないんだけど見てくれて、ありがとう。今の私はこんな感じです。……正直、ちょっと変な感じ」


彼女の不安そうな顔をしながらも思ったよりもハッキリとした語り始めに驚きつつ息を呑む。


「なんで私がこんな思いをしなきゃいけないんだろうって、自分も、周りも全部恨んでしまうこともありました。きっと、シンヤくんにもかなり強く当たっちゃって、見限られてもおかしくないようなことを何度も何度も何度も何度も何度も言っちゃったよね」


「そんなこともあったね。あの時は見てて正直キツかった」


「本当にごめんね。けど、その中でシンヤくんが言ってくれたことが嬉しくて、それでそんなことはやめようって思えたんだよ」


「いつもそのことを言ってたよね。どんなことを言ったのか録画にも残してよ」


「“僕が僕たらしめるのはキミが僕の一部だからだよ。だから、キミの痛みも辛さも僕の一部なんだ。一緒に乗り越えて行こう"……って。それがすごく、嗚呼、すごく、嬉しかった」


「こうして生きる決心をしてくれたことが、僕にとってはなによりも嬉しいよ」


「そう言ってくれてありがとう。だからこうして無事に退院まで漕ぎ着けることができたんだもん。本当に感謝してるよ」


「乗り越えてくれてよかった」


「あははっ、ありがとう。今日はこれくらいで。これ以上は、うまく喋れない気がするから」


「わかったよ、じゃあ他の話は明日にしようか」



8/16

相変わらずの快晴。今日の夕陽も横になった彼女をしっかりと照らしてくれている。


「なんだか今日は調子がいいかも」

「それなら、きっと映りも良いだろうね」


流石に2日目となると僕の手元も心持ちも、ある程度の余裕がある。汗を拭う時間も必要ないようだ。


「じゃあ、早速録画してもいいかな?」


『涙なんか見せてやるものか、』


僕も彼女も、決意は変わらない。


口腔内がどうしようもなく塩分入り飲料水を欲しているけれど、これは2人でやり遂げると決めたこと。撮れるのならすぐにでも取り掛からなければいけない。彼女のためにも。目の前に鎮座するベッド用テーブルに置かれたお守り用の大きな飛車の駒がいつも通り、心配そうにこちらを向いているのが少しだけ心強い。


「よし、始めるよ」


僕はスマホを彼女の方に向けて録画開始の赤い丸ボタンに触れる。


「おはよう、こんにちは、こんばんは?やっぱりなんだかよく分からないや、ごめんね。今日は、えっと、ちょっと元気です」


「今日はなんの話をしようか」


「……少し、長い話でもする?」


「じゃあ高校の話でもしよう」


「高校生の頃……か。色々なことがあったよね」


「いやあ、その時のアサヒはだいぶピリついてた」


「恥ずかしい」


「……『100人斬りのアサヒ』」


「ボソッと言わないで!ほんっと恥ずかしいんだから」


「はははっ!ごめんごめん、続けて続けて」


「あの頃は、色々な人に逆恨みされたり、ヤンチャな人に好かれたりで周りにうんざりしてたかな」


「喧嘩が強かったからねぇ、そりゃ好かれるよ」


「それに、シンヤくんとも幼稚園、小学校とでずっと一緒だったのにだんだんと話す機会がなくなっちゃってたし」


「それはアレだよ。所謂、思春期ってやつだから」


「今になればそういうことって分かるけど、当時は本当にどうして話してくれなくなったのか分からなくてモヤモヤしてた」


「それについては謝っとくよ、ごめん!」


「いや本当になんで謝ってるの」


「こうした方がいい気がして」


「……なにそれ。それで、モヤモヤしてたんだけど。いつだったかな、確かその時も今日くらいの夏の夕暮れ時でさ。私が河川敷と歩道を挟む斜面で寝転んでた時に会いに来てくれたんだよね。久々だったから、なに話していいか分かんなくてさ。すんごい、ぎこちなかった。笑っちゃうくらいに」


「そういう時、なにから話したらいいか分からなくなるんだよね、ほんと」


「それでさ、いざ話そうって時にこれを持って明後日の試合見に来てくれないかって」


彼女は目の前に居る飛車の駒を愛おしそうに撫でながら話し続けた。


「運動部なら分かるけど将棋部だよ。私、そういう頭使うのとかよく分かんないし、そもそも将棋部の大会って見に行けるの?って感じだったし。……でもさ、やっぱ嬉しいもんでさ。それ大事に握りしめて応援したんだよ。勝てますようにって」


「あー、よく覚えてるよ。両手合わせて念仏のように応援してたの」


「変なところを覚えてるんじゃない」


「面白かったから、つい。でもそのおかげで勝てたんだから」


「将棋のことはよく分かんなかったけど、気迫溢れるいい勝負だったと思う。個人準優勝、凄かったよ」


「嗚呼。将棋の駒、大切にしてくれてありがとう。さて、続きは……明日撮ろうか」


「そう、しよっか」


8/17

今日の窓は、酷く冷たい雷雨を映し出している。いつもは彼女を美しく仕立てようと勇んでいる夕陽も激しく唸る雷雲から逃げ隠れるようにその身を見せることはない。空がピカッと光り、雷が龍の姿を模るようにけたたましく吠える。雨粒がゴンゴンとぶつかる様は僕には知りえないなにかを伝えようとしているようだった。


「今日はやめとく?」

「いいや、撮るよ」

「律儀だね」

「それが、約束だからさ」


じわぁっ、と手に汗がまた生え出る。

今日の震えはきっとこの雷雨のせいに違いない。

そうに違いない。そうなんだと思う。


『涙なんか見せてやるものか、』


僕も彼女も、遂にここまで来たのだからと力が入る。


身体がピリリとしているような気がするが、そんな余計なことにかまけている場合ではない。これは2人でやり抜くと決めたこと。目の前に鎮座するベッド用テーブルに置かれたお守り用の大きな飛車の駒だけがいつも通り心配そうにこちらを見ている。


「よし、始めるよ」


僕はスマホを彼女の方に向けて録画開始の赤い丸ボタンに触れていつも通りカメラを回す。


「おはよう、こんにちは、こんばんは。今日はあいにくの天気だけど、そっちはどうかな?良い天気の日に見てくれたら嬉しいな」


「こんな日になにを話そうか」


「今日は……もう話したいこと全部話そうかと思って」


「わかった、全部撮るよ」


「将棋部の大会が終わってからは昔みたいに一緒に帰るようになって、ヒグレくんも入れて3人で近所の惣菜屋さんで買い食いなんかもしたっけ。

私、あの時間が1番好きだったんだ。なんだか、無性にこれが青春なんだって感じさせてくれるから」


「僕も、あの時間は居心地が良かったよ」


「でも、その後で私、病気で入院しちゃってさ。いつか治りますからね、なんて医者には言われたけどそんなことないって、全然そんな軽いものじゃないって分かってたからむしゃくしゃして。

それで、最初に撮った時みたいなこと散々やらかしちゃったよね。でも、言わなかったけど、感謝めっちゃしてたんだよ。それになにも言わなくても毎日来てくれて、愛されてるってこういうことを言うんだろうなぁって勝手に思ってた」


「果物の詰め合わせとか、花束とか、2人でバイトして持って行ったのも懐かしいね」


「それに何度も心が救われたよ。でもさ、病気の方はどんどん悪化していって、心臓移植しないといけなくなったのにドナーが全然見つからないってなって……私、もうすぐ死ぬんだろうなぁってその時に悟ったんだ。……だから、録画に残しておきたくて、私たちにとってかけがえのない友達のヒグレくんに頼んだんだよ。ね、ヒグレくん」


「嗚呼。そうだよ。そして、この録画にはお前も映るはずだったんだぞ、シンヤ……!」


僕は初めて僕の感情らしいものをこの録画に吐露してしまう。


……結論から言えば、シンヤはこの世を去った。


都会とは言えない街の1番大きな病院。

この場所はそれ故に車の出入りが多く、歩行者はさほど居ない。だからこそ、その近辺の車道では車が少ない時間帯というのは割と速度を出した運転をする人間が多かった。ちょうどその時間にアサヒのお見舞いにバイクで向かっているところに信号が変わったタイミングで信号付近に着いたトラックがそのまま直進して衝突。


アイツはいとも簡単にこの世から去った。

アサヒにとって、1番必要なものを残して。


「私の手術ができたのはシンヤくんのお陰。

でも私は、1番アナタと一緒にそれをお祝いしたかった。アナタと一緒にこれからを過ごしたかった。シンヤくんの言ってくれたことちゃんと覚えてるのに、ちゃんと覚えてたのに、本当に一部になることなんてなかった……。そんなことは望んでなかったのに、私はそれで生きてる。こうして生きてる。1番生きていて欲しかった生命を貰って、こうして生きてるの……!轢いたトラックの運転手は殺したいくらい許せない。許せないけど、アナタは私がちゃんと生きて人生を全うするのを望んでいる。分かってる、分かってるから。


……だから、私、ちゃんと生きるよ。

シンヤくんと一緒に、ちゃんと生きるからね」


アサヒはお守りの飛車の駒を握り、祈りのポーズをとり懇願するように思いの丈を語ってくれた。きっと、大粒の涙をこれでもかという程流して咽び泣きたいであろう。けれど、決して彼女は涙を見せることはない。


『涙なんか見せてやるものか、シンヤにはいつまでも笑顔で、死んだことを後悔させてやる程、人生を謳歌しているところを見せつけてやるんだ。』


これは僕とアサヒ、2人で決めた感謝の決意。

そして、それをいつまでも録画で見られるようにするという僕とシンヤの約束を果たすため。


僕らはここから、いつまでも人生を謳歌しよう。

お守りの飛車の駒が、何故だか微笑んで佇んでいるように見えるのはシンヤの想いが付喪神にでもなったのかもしれない。そんな夢想を描きながら。


ミンミンと外の蝉が喧しく鳴く。

いつの間にか雷雨は何処かへと消え去り、大きな窓からは彼女を美しく仕立てようと勇んでやってきた虹はより一層強かになった彼女をしっかりと祝福しているようだった。

お読みいただきありがとうございました。

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