ひも感情論
理論、ではなく、感情論。
顔を見たことがないし 声を聞いたこともない
ぎぃーっ だんっ ぎぃーっ だんっ
つたわっているのかまでは わからないけど
意味のある音だけで やりとりしてた
あたしは それで 満足なのかってきかれたら
これは これで 幸せなんだって こたえられたよ
だけど ある日
あしもとに ころがしたまま
ほったらかしだった ひものひとつが
あなたにつながってるって
ひょんなことから わかってしまった
あたしが くいって ひっぱったら
あなたも
くいっ くいって ひっぱりかえしてくれて
たまには あたしが ひっぱらないときは
あなたのほうから
くいって ひっぱってくれるときだってあって
そこに 意味なんか こめられていなくても
さいしょは すごくよろこんだけど
だんだん 幸せとはちがう感情まで
うまれてしまったみたいだった
それは なんだか いけないもののようなきがして
あたしは それがつたわらないように
意味のある音を やりとりするのはやめてしまった
意味なんか こめないまま
ただ ひもを くいって ひっぱっては
あなたも
くいっ くいって ひっぱりかえてしてくれるのと
ほんとうに ごくまれに あなたのほうから
くいって ひっぱってくれるのを
まつだけになってしまった
それでも
あたしから ひっぱれる このひもが
あなたから ひっぱってくれる このひもが
どうしようもなく 愛おしくて
ひっぱらないときも ひっぱってくれないときも
ときおり さすってたんだけど
あたしは そのひもに
ちいさな ほんのちいさな
ほつれをみつけてしまったのだ
せっかく手にいれた あなたとのつながりに
けちがついちゃったみたいにおもえて
なんだかよくわからないきもちのまま
ひもを ぐいぃって つよくひっぱったら
ほつれは さっきより すこしおおきくなった
涙目になって あわてて つかむ手をゆるめたけど
その日はもう 眠れなくなって
あたしにとっては 何ヶ月かっておもえたほどの
ほんとは つぎの日
あなたから くいって ひっぱってくれて
あたしは はじめて
じぶんのなかにうまれてしまった
幸せとはちがう感情の その正体にきづいた
顔を見たことがないし 声を聞いたこともない
あたしと あなたなのに
顔も知らないけど
人混みのなか さがしてみたい
顔も知られてないけど
夜のコンビニで ばったりあってみたい
声も知らないけど
名前 呼ばれてみたい
名前も知らないけど
名前 呼んでみたい
こんな ほつれのすすんだ ひもじゃなくて
シャツのすそを ひっぱってみたい
ひものほつれが おおきくなって ちぎれちゃったって
だいじょうぶだよって
あたしを ちゃんと わらいとばしてほしい
でも そんなきもちは
ぎぃーっ だんっ ぎぃーっ だんっ の
意味をこめた音だって
ほつれて ついに裂けはじめた ひもなんかを
いくら くいって ひっぱったって
あなたに つたえることなんて できっこないから
これいじょう ひもが ずたずたにならないうちに
あたしは ひもから手をはなしてしまった
あたしから くいって ひっぱることはもうないし
あなたから くいって ひっぱってくれることが
もうなかったとしても きにしないですむ
ひものことなんて もうわすれて
ぎぃーっ だんっ ぎぃーっ だんっ
つたわっているのかまでは わからないけど
意味のある音だけで やりとりしよう
それが あたしの幸せなんだって おもいだそう
ぎぃーっ ぎぃーっ ぎぃーっ だんっ ぎぃーっ
ぎぃーっ だんっ ぎぃーっ だんっ だんっ
べつに つたわらなくても いいや
つたわらなくてもいい、きもちもあります。
自分でも、きづかなかったほうが、しあわせなのかは、わかりません。