その後と結婚
タウンハウスの模様替えを全て完了するのに2ケ月かかった。請求は隣国に回された。ミラの父であった人は離婚が成立後に隣国に連れて行かれ、幽閉されたらしい。その母は既に国王に嘘をついた罪でこの世から去っていた。早い処置は国同士の問題となるところだったため致し方ないだろう。抜け殻のようになったのは母の死か子供が望めない体だと知ったことか、どちらにしても先は長くないだろう。
チャーリーはあっさりと死んだ。自信のあった腕はただの学生内のことであり戦闘狂のような連中とは比べ物にならず、『雑用』と『平民』に耐えられなかったらしい。
リオンはどんどんお腹が大きくなり、学園を退学した。お腹の大きさと比例して精神的に不安定になっているようでうわ言を言いながら宙を見つめて暮らしているらしい。公爵の孫を産むはずが、娼婦の孫だと聞かされれば仕方ない話かもしれない。
チャーリーの母はクリスティーヌが生きていたため、結婚は認められておらず平民のままだった。だから貴族の家で気ままに生活をして、男まで連れ込んだ妾として罪に問われた。死罪かと思われたが、ミラの嘆願により厳しい修道院での暮らしに決まった。
ミラの母クリスティーヌは、ミラの屋敷に入り浸っていると噂された画家で、初恋の元家庭教師と結婚式の準備をしている。許されない恋をしていた2人にはミラが産まれたことが奇跡だったが、今回のことで婚姻を許されて遅くなったが公に幸せになれるようである。ちなみにミラの顔や手にあった筈の痣や傷は全て精巧に描かれた画である。このためにも一緒に暮らしていたことはメイドたちから証言が出されている。
婚約破棄のアンジェリーナも隣国の有能な外交官と婚約して、再来年には結婚出来るようだ。
「で、君はどうするの?」
第2王子は、目の前のミラに問いかけた。以前とは違い、貞淑で慎ましいドレスで身を包み、薄い化粧で元の良さを全開にした美人となっている。
王城の庭園でのお茶など、あの事件の前に行って以来だ。
「私はおじい様から継いで女公爵になります。目をつけている親戚の子がおりまして、その子を養子に迎えて育て成人したら隠居するつもりです。領地の孤児院の院長になりますわ。」
楽しげにスラスラと答える内容は事前に繰り返し各所に伝えてあるのか淀みがない。
「つまり、結婚はしないと?」
第2王子が眉を寄せようとミラは微笑む。
「えぇ。婚約破棄を5回もした女では、希望者もおりませんわ。」
それは嘘だ。国内外から殺到中であるが、釣書は見えない所に放り込まれている。
「君が捨てた男たちは皆、問題があったと思ったが?」
カップを持つミラの手を見ながら王子は問いかけた。
「いいえ。最初の子爵令息は絵がとてもお上手で。けれど、外の世界に行きたがっておいででした。」
だから嫡男から外れるように元婚約者と示し合わせて、わざと婚約破棄に話の流れをつけた。
「2人目の方はとても頭が良かったです。」
ただし、冷酷で人を人とは思わなかった。
「3人目の方はとてもお優しくて」
女性関係が派手だった。
「4人目はお金持ち」
人身売買で稼いでいた。
「5人目は子供たちに優しくて。」
食い物にしていた。
「私の知る限り、1人目を除いて婚約者からは愛想を尽かされていたみたいだが。」
呆れた第2王子は遠慮無しにミラの手を握った。
「自分の名を汚して、他の令嬢を救って、君はどうしたいんだ?」
今まであった2人の間にあった作り物の穏やかな空気は一気に壊れ、これでもかと張り詰めている。
「私と君の未来はどこにいったんだ?事件が終わったらまた婚約して、結婚出来ると思ったから大人しく王家との連絡係に甘んじていたのに。なぜ拒むのか、教えてくれないと城から出さない。私の部屋に連れて行って、既成事実を作る。」
そう断言する王子にミラはビクリと震え、弱々しく抵抗を始めた。
「殿下と同じ未来はありません。5回も婚約破棄をしたので相応しくありません。お願いですから、家に返してください。」
遠くで様子を見守る騎士たちが駆けつけるべきか迷っているのが分かる。
「ミラ、私と結婚したくないからくだらない男と婚約したのか?私が嫌いだとはっきり言え。」
「嫌いなんて、嫌いなんて。」
涙声になるミラが嫌っているとは思っていない。王子は椅子から立ち上がり、片手はそのままに頭を撫でる。途端にミラが子供のように泣きじゃくり、腰に抱き着いてくる。侍女が近寄って来るのが分かるが一定の距離で立ち止まってくれた。大変ありがたい。
「理由を教えてくれたら待つよ。」
「……待たれても変わらない。」
幼い口調で昔を思い返すが、柔らかい感触に王子は息を整える。このまま寝室ではいけない、ミラが傷つく。限りなく優しい口調で問いかけ直す。
「問題を教えてくれるか?一緒に解決しよう。」
「……きずがあるのです。」
拗ねた子供が言うような声音に、つい在りし日のお兄ちゃん心が蘇る。
「どこに?いつ出来たんだ?」
「むねに。このきずだけほんものです。10さいのとき。」
思ってもみなかった言葉にうっかり胸元を凝視する。ふくれっ面をしたミラが睨むので目を逸らす。
「襲撃はなかっただろ?」
「こちらに戻った時です。父に薬を飲まされて、朦朧とした時に、あの女がやって来て。」
未だに父と呼ぶ言葉にじゃあ画家はどう呼んでいるのか分からないが、あの女とはチャーリーの母のことだろう。
「ナイフではありません。ペン先で、グサッとやられました。高笑いされたのを憶えています。お医者様も一生消えないだろうと。」
「あの女、今からでも殺そう。」
貴族の娘に傷を付けるとは万死に値する。影に指示をするために離れようとすれば、腰に回った手に力が強まる。
「いけません。罰は私が与えます。私の油断が招いたのです。」
それでも無理に離れようとすれば、腰の肉を摘まれ王子は悶絶した。もちろん騎士が動くので、手で止める。
「おっまえ、それは反則だろうが。」
「私の気持ちを無視するからです。」
目を真っ赤にしながらも泣き止んだミラが、冷めたお茶を飲んで喉を潤した。
「念の為聞くが、刺されなかったらどうするつもりだった。」
抓られた腰を撫でながら、座り直して正面から問いかける。
「もちろん調査が終了次第、断罪していただいて元に戻るつもりでした。殿下にも婿入りしていただいて、幸せな家庭と領地の繁栄を目指していました。けれど殿下が傷を嫌がって、お父様のように他に女を作ったら。私は多分殿下も愛人も殺します。領地の民のためにもしたくありません。」
それだけ聞けたら十分だと、王子はニヤリと笑った。
「ミラ、君は私よりも策を練るのが上手いし、突飛な行動で私は敵わない。負けを認める。」
「ありがとうございます。」
やっと諦めてくれたかと、ミラは嬉しさ2割悲しさ8割の中身を淑女の面で隠した。
「けれど君にも上がいる。だから私は手を貸して頂けるようにお願いした。ハーバー公爵と宰相と兄上に。」
元宰相とその弟子たる現宰相、それに優秀な王太子。
「豪華すぎます。1人でも私には勝てます。」
率直な感想を言いながら、ミラは頭を巡らせた。
「君が突飛だから。あんな愚か者の真似事をして、長年待たされた。だから完璧な布陣を考えていただいた。」
「完璧とは?」
後ろをチラリと見れば侍女がいる。早く帰らねばならない。ミラは優雅に立ち上がろうとした。
「まずここは囲まれている。周りの使用人も騎士も婚約祝いがしたくて堪らない奴しかいない。厳選した。」
王子は逃がすまいと手を握り、そのまま指を絡められる。
「続いて婚約の報告を陛下と王妃と公爵が広間で待っている。忙しい方ばかりだ。」
チラリと2階を見れば、窓から眉を下げた陛下と笑顔の公爵が見える。
「そして今日君の家は改修工事の大詰めで立ち入り禁止だそうだ。クリスティーヌ様たちは宿に泊まる。君はこのまま城で。服も化粧品も全て侍女が持っているはずだ。」
「!!随分完璧な策ですね。準備万端じゃないですか。」
姿勢が崩れ、肩が落ちるミラを王子は優しく笑った。
「私にとって傷は懸案事項じゃない。嫉妬深い夫のせいで、胸の見えるドレスが着れないと文句を言えばいい。」
「でも殿下は見ます。」
小さな声で反論するミラに顔を寄せ、そっと耳元に囁く。
「いっそ燃える。」
その言葉に頬も耳まで赤くなったのを見て、王子は頷いた。
「これで駄目なら、私も婚約破棄を6回しよう。頬に傷でもつけよう。それで君に見合うなら。」
「もういいです。婿に来てくださいませ。」
ミラの叫んだ声と共に使用人たちから歓声が上がり、花びらが舞い上がった。
「完敗でございます。」
チャーリーの母、通称『あの女』は3年も経つと修道院暮らしに慣れ飽きていた。男がいると力を発揮する。しかし女だけならルールに従う。あまり性格の悪くない者しか暮らしていないのが良かったのかもしれない。
移動するように言われたのは大人しくしていたからだと疑っていない。ハーバー公爵領だと言われても何も思わない。だってずっと王都暮らしだ。
新しく暮らし始めた修道院は孤児院が併設されている。さすがに善人ばかり、彼女の過去を誰も知らないくらい世俗から離れている。子育て経験があることで、乳児を担当することになった。朝から晩どころか、翌朝まで絶えず泣き続ける赤子の世話を続ける。疲れても休ませてもらえない。弱音を吐いても誰も本気にしない。
世話をすることが神への奉仕
未来ある子供の世話は苦役ではない
どの修道女に話しても同じ答えが返ってくる。子が育てば次の子供がやってくる。ひたすらに乳児と向き合い続けなけれならない。
ハーバー公爵領は王子を婿に迎えて、ますます繁栄している。福祉事業にも積極的に取り組み、孤児院を増設した。周囲の領地からは慈善活動の手本とされている。
「本当にこんな罰でいいのか?」
婿になった元王子は『あの女』が最近ぎっくり腰になった事や、精神的に不安定らしいと書かれた報告書を読みながら妻となったミラに問いかけた。今は休憩中。執務室でソファに並んで座ってのお茶会は夫婦の幸せの時だ。
「念の為、1人監視をつけています。子供に何かあればお仕置されるはずですわ。」
「そうじゃなくて、赤子の世話をし続けるって罰か?」
相変わらず妻には敵わないが、夫になれたから元王子は全く気にしない。
「あら、ずっと泣き続ける赤ちゃんの相手をし続けるのって結構な苦行だと思うんです。しかも少し成長したらまた逆戻り。あの女が育てた子供は成長していずれ我が領の働き手になってくれます。助かりますわ。」
最近やっと立ち上がり始めた娘の事を考えているのか、少し遠い目をするミラを夫は隙をついて抱きしめる。
「もう1人作ろうか。産まれた時の喜びは決して苦行じゃない。」
ハーバー領は平和である。
おしまいです。
ありがとうございました。
評価いただけると、次回作が早まります。と書きましたが、ご指摘が入りましたので、どちらにしてもなるべく早く書けるように頑張ります。