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1話 悪役令嬢は悪くない




「大変です国王様!」

「何事じゃ?」

「勇者様が、勇者様がっ!」


 その日、世界に凄まじい衝撃が走った。

 何せ、人族最後の希望である勇者が、侯爵家の令嬢ただ1人に殺されたと言うのだから。




   ☆☆




 世界の半分を占める領域に様々な国を築いている人族。

 世界の半分を占める地域に複数の魔王が中心となり幾つもの国を創っている魔族。


 彼らは数百年、いや、下手したら数千年もの昔から犬猿の仲だった。


 戦争の始まりが何だったのかはもうわからない。

 どちらかが喧嘩を売ったのか、領土的な問題があったのか、うっかり大臣を殺してしまったのか。

 いや、それ以外の可能性だって大いにある。


 ただ、理由もわからぬ戦争のせいで、この世界が中世ヨーロッパの状態から発展していないというのは紛れもない事実である。


 そして、その(かん)に何千、何万、下手すれば何億と言う人魔族が死に絶えているというのもまた、紛れもない事実であった。



 そして現在、戦争の流れをつかんでいるのは間違いなく魔族側だ。



 数年前までは互いが良い勝負をしていたと思われたが、最近になり魔族側の団結力が向上。


 魔族より圧倒的に各々の力が弱いため、数により場を繋いできた人族は、魔族側の凄まじい戦激に耐えることができなく、前線を後退させた。




 しかし、全員が死人のような顔をして全てを諦めかけていた人族に、最後の希望が現れた。


 それは、ほんの4・5年前の出来事である。




 右腕に『勇者の紋章』を掲げた男が、とある村で発見されたのだ。


 ただの焼き印などではない、正真正銘本物の。


 名前は『シリウス=ラインハルト』。如何にも強そうで勇敢そうな名前である。




 勇者とは、人族からまれに生まれる強靭な肉体の持ち主のことで、小さい頃は周りの人間と何ら変わりない。

 しかし、丁度成人するころ……15歳頃になると、腕に突然、謎の紋章が現れるのだ。

 (まさ)しく、選ばれしものと言った具合である。


 そして気になる勇者の戦闘力は、成長すれば()()()数千倍。これは、魔王と同レベルの力。

 凄まじい魔法技術と、強靭な肉体に備わった体力、瞬発力により、元の素質が遥かに高い魔族をも瞬殺してしまうのだ。



 だから、人族は皆喜んだ。

 赤い戦火が広がる中、その日から1か月ほど毎日王都で宴が開かれたほどだ。




 勇者は人族の希望に添えるよう、猛特訓を重ねた。

 人族領の中で被害を出している魔物(知恵なき魔族)殲滅(せんめつ)、魔法や剣術の訓練、大陸の3割ほどしか残っていない人族領へ侵入してくる魔族との対決。


 勇者の人柄は優しく、決意は固く、全人類に信頼されていた。



 ただ1人を除いて、全人類に。





 その1人の名は、『アリシア=カペア・スペクトル』。

 勇者シリウスを殺した、当の本人である。




 勇者シリウスが18歳になった誕生祭の日。


 国王様はシリウスに、


「お主の活躍は素晴らしい物じゃ。誕生日だし何か褒美をやろう。何が望みじゃ」


 とお聞きになられた。


 それに対し、今まで謙虚にプレゼントを断ってきていたシリウスは、


「私はこの日で18になります。そろそろ、美しい妻が欲しいです」


 と答えたそうだ。


 シリウスの功績は言うまでもない。

 そのため、多少の我がままはすぐに許された。



 その翌日。


「初めまして。私はアリシアと申します。今後は末永く、宜しくお願い致します」


 勇者の願いは1日にして叶えられた。

 望み通り美しい妻、いや、言うなれば、()()()()()()()が出来たのだ。


 令嬢アリシアは、勇者が仕える国である『レグルス王国』の侯爵家の令嬢。

 生まれながらの才ともいえるその美貌は、世界で一番といわれ、人族史上最美と称されている。

 セクシーと言うよりは可愛いに近く、長い白髪(しろかみ)にルビーのような赤い瞳が似合う、14歳の少女だ。


 表面上は。


 いや、勇者と出会うまでは本当に優しい美少女だったのかもしれない。

 が、そんなことはどうだって良い。


 してはならない罪を犯してしまったことが一番肝心なのだから。




 何があったのか。

 この小説のタイトルを知っている者ならば既にお気づきだろう。



 勇者シリウスが、結婚してから1週間後に、死んだ。

 正確に言うならば、殺されたのだ。


 令嬢アリシアに。



 実際に殺されたのを見た者は()()()



 しかし、血まみれのドレスを着た令嬢アリシアが自身の屋敷から歩いて出ていくのを見たという者がかなり多かったらしい。

 そして翌日、勇者の亡骸がアリシアとシリウス2人の寝室で見つかったのだ。


 誰もが、令嬢アリシアが犯人だと確信した。



 白か黒かを分けるための裁判も行われたらしいが、証拠と言う証拠が()()()()()ため、アリシアはどうも弁論出来なかった。

 アリシア側の弁護士も、白手袋の両手を挙げてお手上げしたらしい。



 こうして令嬢アリシアは国王に激怒され、全国民、いや、全人族からの信用を失った。



 そうして、


 人族の希望である勇者を殺したことから『魔族人間(まぞくにんげん)』、

 その美貌とはかけ離れた汚心を持っていることから『汚顔美人(おかおびじん)』、

 魔族の行動、即ち悪役の行動をとったことから、最後には『()()()()


 と言う二つ名まで作られたのだ。





 現在は、レグルス王国の王都にある、レグルス王城の地下牢獄に監禁されている。


 監禁されたのは2年前のこと。

 現在彼女は16歳になり、その間太陽の光を一度も拝めていないのだとか。



「それで?()()()()さんがこんな薄暗くて(さび)臭い場所にまで来て、話したかったのはそんなこと?」

「酷いな。国家騎士なんて言い方じゃなくて、最年少16歳で国家騎士の最高幹部にまで上り詰めた男と言ってほしいんだが?」

「話聞いてた?私の過去話をして、何したいのって聞いてるの」


 ここはレグルス王城の地下。

 ジメジメとした空気が気持ち悪く、気温も外気より5℃ほど低いであろう空間だ。

 疫病対策もクソもない。


「まぁまぁ()()()()()()()。そう短気になるなって」

「やめてくれないかしらその呼び方。元令嬢だなんて」

「ほう?どうして」

「令嬢時代に良い思い出なんて1つもないからよ」


 あたかも悪の組織の重要会議のごとく、小さな声で会話する俺とアリシア。

 檻越しでかすかに見える彼女は、背を石壁に預け、手足をだらんとさせていた。

 『令嬢の時に良い思い出がない』と言っている口元は緩み、この世の全てに無関心であろう笑みを浮かべている。

 不気味だ。


「令嬢時代よりも牢獄のひと時のほうがマシなのか?」

「ふふっ。確かに、こっちのほうが誰にも何も言われなくて楽だわ」

「なら残念だったな。今日でお前はこの牢屋からおさらばだ」


 俺のその言葉に、脱力し上を向いていた(あご)が一気に下へ落とされた。

 それと同時に、肩が小刻みに、自由な間隔で動き出す。


「ふっふふっ……!ははっ!!あはははっ!!」


 アリシアは悪魔のように笑うと、今度は大きく(あご)を開き、『はぁw』とため息をついた。


「どうした?」


 内心不気味すぎてビビっているが、ここで足を引いてしまったらば最高幹部の威厳がない。

 落ち着いた声色(こわいろ)で、何故笑っているのかを聞くことしかできなかった。


「どうした?って、決まってるわ!処刑でしょ?処刑するんでしょ?この牢屋からおさらばってことは、私はようやく()()に堕ちれるのよね?そりゃ死ねるのだもの。嬉しくてつい笑っちゃうのも無理ないわよ!!」

「なるほどな。だが、仮に処刑されるなら、地獄ではなく()()行きだろ?」


 ……


「どういう意味?」


 急に高笑いを止め、真顔に鋭い眼差しで俺を睨みつけてきた。

 と言うことは、俺が言った言葉の意味を悟ったってことで良いのかな?


「勇者シリウス殺人事件の裁判の資料、読ませてもらった」

「……それで?」

「確かにアリシアが勇者を殺したという証拠は腐るほどあったよ」

「そうよ、だって私が殺したのだもの」

「勇者シリウスを弱体化させたであろう毒薬が入っていたグラスに多量感じられるアリシアの魔力気配」

「私がグラスに毒をもったのよ?当然だわ」

「その薬を売った、またはアリシアが買ったのを見たと言う証言」

「えぇ、当日の昼過ぎに市場でね」

「アリシアの魔力気配は、シリウスの胸に刺さっていたナイフからも感知できたそうじゃないか」

「……」

「それだけじゃない。血まみれドレス姿のアリシアを犯行の夜に館付近で見た者」

「……」

「犯行計画が記された紙切れ」

「……うるさい」

「シリウスは血まみれでも、部屋の装飾品は一切汚れていない」

「……うるさい!」

「おまけに、アリシアが疑われ騎士に拘束されたのは同じ建物にあるもう一つの寝室だったらしいな」

「……うるさいっ!!」




「アリシアは貴族学校で主席の成績だったんだってな」


 俺ですら、200人を超える学年で主席なんて取れなかったのに。


「お前、こんなに()()()のにこんなに沢山の証拠を残すほど()()だったのか?」

「……そうよ」

「頭いいのにバカなのか。不思議だな」

「……」


 俺はアリシアの反応を見て確信した。

 そして、ゆっくりと敬礼をする。


「アリシア様、いえ、『()()()()()()()()』。ここから逃げましょう。そして、無実を証明しましょう」



「嫌よ。例えここから出れたとして、どうせまたすぐに捕まるわ。それに、生きがいだって無いもの」


 どうやら無実だという言葉に反論はないらしい。

 しかし残念だ。この人は大切なことを忘れている。


「俺を誰だとお思いで?」

「ただの国家騎士」

「いいえ。史上最年少16歳で国家騎士の最高幹部まで上り詰めた男ですよ」

「……っ!?そうだったの!?」


 この人、忘れてるんじゃなくて聞いてなかったんだ。泣。


「でも、外に出れても生きがいがないのでは意味無いわ」

「そんなの、外に出てから見つければいいじゃないですか。それに、薄暗い牢屋で死ぬのも嫌でしょ?」

「……そうね」



 こうして誰も気づかない中、大脱走は行われた。


 国家の最重要人物が悪人に手を貸すという形で。




   ☆☆




 久々に浴びるであろう太陽の光。

 王城から直結している市場で、アリシアの身柄がばれないように着被った灰色の布物が、冒険者らしさを(かも)しだしている。

 そんな中、アリシアは手を腰に当て、大きくうねった。


「それにしても、脱獄の仕方、あれ以外になかったの?」

「はい」

「いやでも……私を麻袋に入れて担ぐって言うのは、少々許しがたいのだけれど。おかげさまで腰が痛いわ」

「それはご愁傷(しゅうしょう)さまです」

「全くよ。……それはともかく、さっきまで偉そうに話してたのに、いきなり敬語を使われるのは気が引けるわね」

「いや考えてみてください。今自分の目の前にいるのは世界一美人な令嬢様ですよ?敬語も使いたくなります」

「いやおかしいでしょ!私は昔令嬢だっただけ!今はただの罪人だし、あなたは最高幹部よ?どう考えても偉いのはあなたのほうでしょ!」

「……なるほど。では、互いに敬語は無しと言うのでどうでしょう」

「わかったわ。賛成」


 ……


「じゃぁ敬語はやめさせてもらうね。それで、まだ私、あなたの名前聞いてない」


 おっと。いきなりアリシアの言葉遣いが悪くなった。

 さっきまでの口調は元令嬢が故のプライドで騎士に歯向かっていたって所かな?


「俺の名前は『リドカール=アンタレス』だ」

「へぇー。なんか普通」

「うっせ!」

「じゃぁ長いからリドって呼ばせてもらうね」

「お好きにどうぞ」




 こうして2人での生活は始まった。

 取り合えず俺の家に行くことになり、そこでアリシアを匿うことが決定する。


 どうせ親も兄弟もいなければ未婚だ。

 家に犯罪者の1人や2人いたところで、バレて迷惑をかける人もいない。

 ま、それ以前に、国家騎士の最高幹部を疑う人なんて居る訳がないんだが。





 目的は、何とかしてアリシアの濡れ衣を剝がすこと。

 一体誰が何のために仕組んだことなのかもわからないこの状況で、そんなこと可能なのだろうか。

 いや、不可能でもやり遂げて見せる。



 そのためなら、人族でありながら魔王にだって味方してやる。 



 だってそれが、俺がアリシアにできる唯一の()()()なのだから。




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少しでも続きが気になったよ!って人は是非して欲しいです。


ご精読、有難う御座いました!!

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