第4話 鑑定
「すみません、シズさん! 治療をお願いしたいのですが!」
ピケは冒険者組合の治療室にいたプリースト・シズの下へ少女を抱えて駆け込んだ。
冒険者組合には治療室が併設されており、毎回傷だらけになって帰ってくるピケはここの治療室のお世話になっていたのだ。
そこでピケを毎回治療してくれていたのが、治療師のシズという青髪を束ねた妙齢の女性で、たまたま治療室にいた彼女の下へピケは駆込んだ。
「あら、久しぶりね、ピケくん。ってその女の子は……?」
治療室のベッドに優しく少女を置いたピケはシズに振り返り、一息に説明した。
「息をしてないんだ! それに体も冷たい! でも今ならまだ間に合うかもしれない!」
息を切らしながら必死な顔つきで言い切ったピケを見て、白衣を着たシズは椅子からスクッと立ち上がり、ベッドに横たわる少女をまじまじと見た。
「落ち着きなさい、ピケくん。冒険者たる者、いついかなる時も冷静に。そう教わったでしょ?」
「は、はいっ!」
ピケはどこまでも冷静な態度のシズを見て、やはり頼りになる、ここへ来て正解だったと思った。
そう、シズはどれほど危篤寸前の患者が来たとしても、その冷静さで多くの命を救ってきた、この町1番のプリーストなのだ。
シズは薄く透明の手袋を装着すると、こほん、と小さく咳払いをして、少女の体に触れた。
「……確かに脈はないわね。体も冷たい。……それにこの死んだ魚のような目は……もう手遅れかもしれないわ」
「そ、そんな……」
遅かったのか、とピケは絶望に目の前が真っ暗になる。
シズでさえ、治せないというのであれば、もう誰にも救う事が出来ない。
ピケは自分では何もする事が出来ない無力感に打ちひしがれていた。
「ピケくん、『何があっても冷静に』。それが私のモットーなの。まだ何か手が残されているかもしれない。こんな時こそ、冷静に落ち着いてありとあらゆる方法を考えるのよ」
「さ……流石はシズさん……!」
ピケはこの状況でも全く取り乱す事なく、落ち着いていられるシズに心の底から敬意を抱いた。
まだシズはこの少女の治療を諦めてはいないようだ。
それに比べて自分はどうだったろうか。
ピケはこの少女を見つけた瞬間、みっともなく尻餅までついてしまった。
精神面においてもシズと比べるまでもなく未熟なんだな、と己の無様な行動を悔いる。
ピケはシズを見習おうと誓った。
「取り敢えず『鑑定』を使って詳しく見てみましょう。『鑑定』」
シズは依然として眉一つ動かさずに、呟く。
ピケはじっとその様子を見ていた。
『鑑定』とは生まれた時から誰もが持っている、この世界では標準装備の心のメガネのようなものだ。
鑑定を使う事によって、その人物の名前、クラス、クラススキル、レベル、エーテルポイントまで包み隠さず知る事が出来る。
この世界ではそこらへんの猫ですら使う事が出来る。
そのせいもあってか、この世界の人々はレベルやクラスのステータスに異様に厳しい。
それもそうだろう、外見と同じように内面、能力までもが見通せるのだ。
この世界ではステータスさえも身だしなみの一つ。
ステータス重視になってしまうのも無理もないかもしれない。
しかし、鑑定を使用したシズの様子が何やらおかしい事に、ピケは気付いた。
「こ……ここここここ」
「こ?」
シズはある一点を見つめながら硬直していた。
そして次の瞬間、カッとシズの目が一気に見開かれる。
「これはぁぁっ! ゴッズアーティファクトじゃないのヨォォおおおお!」
「えぇっ!」
シズはピケの小さな肩を掴むと、前後にガクンガクンと揺らした。
プリーストにも関わらず、凄まじい力で揺らしてくるシズにピケは呆然と見つめる事しか出来ない。
「ゴッズアーティファクト……! それは神々が作りし工芸品! 今まで誰も見つける事が出来なかったというのに……! 名前はメルル人形……そう、この少女は人間ではなく人形だったのね。なら……この人形には凄まじい何かが宿っているに違いないわぁ! ピケ! これをどこで見つけて来たのっ!」
あまりに必死な顔で問い詰めるシズの顔には、もはや冷静さなど欠片もなかった。
むしろあまりの取り乱しようにピケは戦慄した。
だが、シズの言葉に聞き捨てならない言葉が混じっていた事にピケは気付く。
「ゴミ置き場に捨ててあったのを拾ってきたんだけど……って、シズさん、今人形って言った?」
「ごみ捨て場ですって!? なるほど……普通の人間の鑑定では……ピケくん、鑑定を使ってこの少女を見てみなさい!」
シズはピケの質問には答えず、有無を言わさないといった顔つきでピケにぐいっと顔を近づけた。
あまりの迫力にピケは思わず鑑定を使って少女を見る。
当然、ピケにも鑑定の力は備わっていた。
「鑑定!」
するとピケが見たものは……。
『メルル人形』
の文字しか浮かび上がって来なかった。
これは物や非生物を鑑定した時に表示される鑑定結果だ。
想定外の結果にも、ピケが感じたものは安堵だった。
これでこの少女が人間ではなく、人形である事が確定した。
少女は元々生きてはいなかったのだ。
人間の死体じゃなくて本当に良かったとピケは胸をなで下ろす。
「メルル人形……そうか。この子は人間じゃなくて人形だったのか……」
「やはり……そういうことなのね」
すると顎に手を当てて、何かを考えていたシズは何かに思い当たったようにポツリと呟いた。
「どうやらこの人形は鑑定する人間のレベルによって見え方が違うようね」
「どういう事ですか?」
ピケはシズの言葉の意味が分からず、問い返す。
人によって鑑定結果が違うなんてそんなの聞いた事がないとピケは思った。
するとシズは紙を取り出して何かを書く。
そしてメモ用紙をピケに見せた。
「これが私が見た鑑定結果よ」
おずおずとピケは紙を受け取る。
そこに示されていたのは……。