第1話 人形・メルル
「はっ」
俺は深海に沈むような深い眠りから覚め、目を開いた。
だが何かがおかしい。
体が全く動かせない。指先一つ動かせない。
俺の目の前に映っていたのは、でっぷりと太った煌びやかな衣装を着た中年のオヤジだった。
ちょび髭が全然似合っていない。
まるで貴族といったような古めかしい服を着ている。
「『鑑定』 ……ふむぅ。やはり只の人形ではないかね。まさか偽物を摑まされたというのか? くそっ、あの商人め……何がゴッズアーティファクトだ。今度あったらぶちのめしてやる」
貴族っぽい男は苛々しながらそう呟くと、鏡を持ってきて俺に向けてきた。
「ふむぅ……でも確かにこう見ると本物の人間の少女にしか見えんなぁ。それも極上の……」
中年のオヤジは身もよだつような気色悪い笑みを浮かべて俺を見ていた。
極上……? 俺はオヤジの言葉に疑問符を浮かべ、俺を映す鏡をまじまじと見ると……なんとそこに映っていたのは俺の姿ではなく人間の女の子だった。
煌びやかな金髪は腰まで伸び、どこまでも青い瞳は澄みきっている。
目・鼻・口は完璧にまで整っており、もはや人間離れしていた。
背丈はそれほど高くはない。
見た目からして10歳程だろうか。
控えめに見ても美しい。まるで妖精や天使といった出で立ちだ。
俺はデスゲームで彼らのような存在とも戦った事はあるが、この少女も彼らに引けを取らないほど、美しい。
ただ一つ……思う事は……。
(なんか……目が死んでないか?)
瞳はマリンブルーのように青く、澄みきってはいるが、生気がなく、はっきりいって死んだ魚のような目をしていた。
そのせいで、死体のように見える。
なまじ見た目が良いせいで、ピクリとも動かない少女からは不気味さが際立っている。
(ってちょっと待って! これって俺かい!)
俺は記憶を隅々まで引っ張り出す。
そうだ、俺は……確かデスゲームで一万回生き延びて異界の門とかいうのに入ったんだった。
今、俺がジジイじゃなく、女の子の姿になったという事は今度こそ本物の転生が起こったという事か?
まさか異界の門って他の生命体に生まれ変わる装置だったんじゃ!
……それにしても改めてあのデスゲームを一万回も生き延びたってやばいな……。
200年かかったぞ。
最後の方なんか、脳みそまでジジイ化してたから過去の事なんて全部忘れてたけど、今なら社畜人生からジジイの頃まで鮮明に思い出せるな。
……これはもしや少女に転生したせいで脳が若くなった影響なのか! ヒャッホーウ!
これは嬉しい誤算だ!
ジジイの頃はデスゲームしか生き方知らなかったけど、もうあんな世界はごめんだね!
俺はこの世界で美少女として生きていくぜ!
と持ち前の気楽さで現状を把握し、特技、環境適応によってあっさりと転生を受け入れた俺だったが、どうにも思うように体を動かす事が出来ず、声も出せない。
まさかこの美少女、病気なんじゃ……美人薄命に散るとも言うしな、と意味不明のことわざを作ったところで、再び中年のオヤジが俺を見ていた。
「ふむぅ……なんか不気味なのだ。そう、死体を見ているというか、なんというか。夜勝手に動いてそうな感じが怖い……。こりゃたつもんもたたんわな」
って、おおーいっ! こいつやる気満々だったんじゃないか!
勘弁してくれ!
でも良かった、今のオヤジにはその気は無いようだ。
しかし、やっぱりどう頑張っても体が動かせない。一番の問題は体が動かせない事だ。
くそっ、 どうしちまったんだ俺の体!
「くそ! こんな人形なんか買うんじゃなかった。二軍コレクションから外すか」
ちょっと待って、今こいつ人形って言わなかったか……? そうか、分かったぞ!
今、俺が転生したと思ってる少女は人形なんだ! 人間そっくりの!
きっと作ったやつはど変態の頭のおかしい奴だ。
それに二軍コレクションから外すだって……?
俺って二軍だったんかい!
俺は動かない眼球を必死に動かし、周りを観察する。
俺の周りには宝石やら剣やら、そこいら中に敷き詰められていた。
差し詰め貴族の宝物殿といったところだ。
どうやら俺はモノとしてこの貴族のコレクションの一部になっていたようだ。
ようやく現状を把握出来た俺だったが、中年のオヤジは無情にも俺に言い放つのだった。
「よし、ゴミ捨て場に捨てに行こう」
……ちょっと待って! それだけはどうかやめて下さい! なんでもしますので!