第43話 決着
(……いったい何者なのぉ……こいつ……)
これほどの体術の達人ならば、自分が知っていてもおかしくないが、今までこれほどまでの技量を持つ者とは出会った事がなかった。
敗北感に打ちひしがれるエキドナだったが、エキドナが芽生えた感情は悔しさだけではなかった。
それは相手への敬意と称賛だった。
エキドナには分かった。
これほどの領域に足を踏み込むには類い稀な才能だけではなく、絶え間ない、それこそ十年、いや何十年、何百年もの鍛錬が必要だったはずだ。
目の前の敵は自分の実力に胡座をかかずに、毎日、毎日厳しい修行を己に課した事でようやくこの境地に辿り着いたのだろう。
それがどれほど大変な道のりか、かつては弱者だったエキドナにはよく分かったからこそ、こんな状況だというのに惜しみない称賛の気持ちが湧き上がったのだ。
と、その時、まだ自分が弱いちっぽけな存在だった頃の事を思い出す。
エキドナは元々レッサーイビルとしてこの世に生を受けた。
しかし持って産まれた力は弱く、人間にも勝てない有様だった。
そのどうしようもない状況でも諦めずに、魔物にも関わらず、鍛錬に励んだからこそ、サキュバスクイーンとなり、魔王軍の幹部にまで上り詰める事が出来たのだ。
そして……エキドナにはもう一つの忘れもしない敗北があった。
それは今から百五十年も前の事、エキドナがサキュバスクイーンとなり、魔王軍幹部になった頃、魔王から
「魂の階梯を登る気はないか?」
と、提案された。
エキドナは迷わずにその提案に了承する。
魂の階梯を登るとは、この世界のどこでもない場所で、自分より強い敵とひたすら戦い続ける儀式の事だった。
そこでエキドナは戦い続け、一人の男と出会う。
その男は齢50程の人間だった。
見た目はただの男だったが、中身はまるで化け物だった。
内に秘めるエーテルは清澄で澄み切っており、その量は天に登る程凄まじい。
そして体術も自分とは比較にならない程、遥か高みにあった。
その時、エキドナは徹底的にぐうの音も出ない程、完璧に敗北した。
もちろん悔しくもあったが、その男に抱いた気持ちは素直な憧れだった。
自分もその領域に立ちたい。
そんな思いから、エキドナは強くなる為、今もずっと鍛錬に励んでいたのだ。
「って、なんでそんな事を思い出すの……」
エキドナはよろよろと立ち上がりながら、真っ直ぐメルルを見た。
メルルは憎たらしい程涼しい顔をしている。
そんな顔を見ていると、何故だかエキドナは完敗したあの人間の男が思い浮かぶのだ。
すると、メルルが徐に口を開いた。
「今から本気であんたと闘う」
その瞬間、メルルの体から濃密なエーテルが溢れ出した。
その量は莫大すぎてエキドナですら捉え切る事が出来ない程、凄まじい。
エーテルの質も濃厚で、普通のエーテルよりも何倍にも濃くしたような感じだった。
何十年、いや何百年という規模で永きに渡り、鍛え続けた結果が今具現化しているのだと、エキドナは直感で理解した。
エーテルは有りえないくらいに濃密だが、決して禍々しくはない。
むしろ研ぎ澄まされた清澄なエーテルだ。
そう、そのエーテルは忘れもしない。
「そう、あなただったの……」
エキドナは理解した。
二週間前、王都で観測した魔王を凌駕するエーテルの爆発の真相。
そして今から150年前に敗れた男と目の前の敵は同じエーテルを宿しているという事実に。
かつて敗北を思い知らされた相手こそ、今自分の前に立つ少女だという事実に、気付いた時、エキドナは知らずと涙を流していた。
「私も全力を出すわぁ!」
エキドナは自分の全エーテルを放出させる。
その量はメルルと比較すると、ほんの僅かな量ではあるが、この世界では最高峰のエーテルだ。
惜しみなく全てのエーテルをエキドナは右拳に集中させた。
(私の成長……感じてくれるかしら……)
エキドナは150年の全ての想いを拳に乗せて叫んだ。
「ハァァァァアアアッ!」
エキドナの全ての力を込めた殴打がメルルに迫る。
だが、メルルは相変わらず、表情を変化させずにポツリと呟いた。
「画竜点睛」
その光景をエキドナは、はっきりと見た。
自分の全てを乗せた渾身の殴打が、メルルのただ単なる突きに触れた瞬間、エーテルが霧散したのだ。
そのままメルルの突きはエキドナの腹に突き刺さり、エキドナは崩れるように倒れた。
「がァハァッ!」
悶絶するエキドナにメルルは言った。
「画竜点睛……それは相手の攻撃の点、つまり弱点を突き、突破した瞬間に、相手の体の点を付く攻撃だ。相手の全力の攻撃の瞬間に最大の隙が生まれる事を逆手に取った俺の奥義だ。あんたなら、いつかものに出来るだろう」
その言葉の後、メルルは振り返る。
もうエキドナを見てはいなかった。
そんなメルルを見て、エキドナは呆然とエキドナを見る。
「ま……待ちなさい。あなたは私にトドメを刺さないの……?」
魔王軍幹部にトドメを刺さないメルルにエキドナは驚愕した。
すると歩を止めたメルルが振り返る。
「俺……あんたみたいなのは嫌いじゃない。いつか、あんたは俺のライバルになるかもしれないからな。それにあんたを倒すのは俺じゃなくてピケ少年とジュッテの役目だ」
「え……ってうぇ!?」
ピケが悲痛な叫びをあげる。
そんなピケを見て、エキドナは素直に笑った。
「……完敗だわ。そう、分かった。今回は大人しく帰るとするわ。だけど、いつか必ずあなたを超えてみせるわ。その時まで首を洗って待ってなさい」
「……望むところだ」
メルルは薄く笑って応えた。
「最後にあなたの名前を聞かせてくれないかしら?」
「俺はメルル。最強を目指す者だ」
エキドナはその名前を一生忘れないように、心の奥に深く刻み込んだ。
こうして波乱の勇者選抜試験は幕を閉じたのだった。




