第40話 不意
ピケはカゲトラの前に立った。
未だにフワフワとした気持ちのまま、ピケは呆然と前に立つカゲトラの姿を見る。
(……信じられない。この僕が本当に勇者になれるなんて……)
ピケは夢心地で、その場に立っていた。
冒険者パーティを追い出され、ついこの間まで一人ぼっちだったなんて到底思えない躍進ぶりだ。
「あ、あれ……? ワイは……なんでこんなところにおるんや……?」
目覚めたカクータが不思議そうな顔をしながら、ぼんやりと立っている。
それもそうだろう。
カクータはピケを守る為に、盾となり、今までずっと気絶していたのだ。
ピケは隣に立つカクータに言った。
「メルルがカクータをここまで連れてきてくれたんだ。カクータも試験合格だよ。そして……本当にありがとう」
ピケは万感の想いを込めてカクータに言った。
カクータは未だに現状を理解していないのか、不思議そうな顔をしている。
しかし、メルルと目が合うと、ひっ、と情けない声をあげていた。
そんなカクータを尻目に、メルルが口を開く。
「俺からも礼を言っておく。ピケ少年を助けてくれてありがとう。あんたって……思っていたよりいい奴なんだな」
「は……はぁ……」
メルルの言葉に、目をパチクリさせたカクータだったが、ようやく意識が戻ってきたのか、呆然と言葉を吐いた。
「ワイ……今まで夢見とったんやけど、お嬢ちゃん……あのカゲトラをボコボコにしとったんや。あのカゲトラが子供扱いやで、おもろいやろ。ほんでワイを担いでここまで戻ってきたんや。なんで夢が現実になってんの? これはまだ夢の続きか?」
未だに夢か現実か区別がついていないカクータにメルルはポツリと呟いた。
「なんだ、意識があったのか。それは夢じゃなくて現実だ。あんたは試験に合格したんだよ」
「ふぇ……な……なんやって!? あれが夢やないやとぉ!? お嬢さん……いや、メルル様……昔のワイはなんというバケモンに喧嘩売ってしもたんや……」
カクータの悲壮感漂わせる台詞に、ピケは戦慄した。
カゲトラとメルルの戦いがどういう展開だったのか、非常に興味をそそられる。
しかし、このカクータの怯え振りからすると、よっぽどの事があったのだろうと、邪推した。
「で、でもまぁ、あれが夢やなかったとすると、ワイは生門を抜けた事にならへんか……? え……? て事はワイも試験合格か!? ま、まじかいな! ワイも勇者になれるやん! スゲー! これでようやくモテまくれるやん!? ワイの人生勝ちぐ」
「静まれ」
カゲトラの迫力のある一言に、ようやく現状を理解出来たのか、カクータは顔を真っ青にして、押し黙った。
カクータの顔からはとんでもない量の冷や汗が流れ出ている。
カゲトラはそんなカクータの顔を見て言った。
「君達5人はめでたく勇者となる。勇者の仕事は一つだけ……それは魔王を倒す事だ!」
カゲトラは堂々と言い切った。
カゲトラの力ある言葉に、誰もが押し黙る。
ボロボロの体とは思えないような威厳ある言葉に、メルルさえもが目を見張った。
「それでは名前を呼ばれた者は一人ずつ前に出るのだ。まずはカクータ」
「ひゃ……ひゃいっ!」
カクータは緊張しきったような顔で、カゲトラの前に立った。
筋骨隆々の大男を間近で見て、カクータの顔は真っ青だ。
「おめでとう」
カゲトラからカクータへ何かが手渡された。
それこそ勇者と名乗る許可を与えるもの、通称『勇者の証』だ。
「こ、これが……夢にまで見た」
カクータが両手でカードを掲げる。
カクータは感動に打ち震え、涙まで流していた。
ピケには、その気持ちは痛いほど分かった。
「続いてピケ」
名前を呼ばれたピケは恐る恐るカゲトラの前に立つ。
前に立つと改めて分かる予想以上のカゲトラの大きさに、ピケは圧倒された。
「おめでとう」
ピケはカゲトラから差し出された勇者の証をおずおずと受け取った。
ずっしりと重たい金属のカードに「勇者ピケ」と書かれていた。
「やった……!」
ピケは万感の想いに打ち震える。
夢にまでみた勇者。
両親はいつも言っていた。
「自分達が死んだ時は、ピケが勇者となり、魔王を倒してくれ」
と。
ピケはこの瞬間に、夢を叶える第一歩を踏み出す事に成功したのだ。
ピケは思わずメルルの顔を見た。
メルルはただただピケを慈しむように微笑んでいた。
ピケはどこにいるかも分からない神に感謝した。
メルルと出会った事で、全ての歯車が動き出した。
そしてメルルがいたからこそ、勇者になる事が出来た。
ピケは心の底から感謝の念を抱いた。
「次、エキドナ」
カゲトラが低い声で名前を呼ぶ。
相変わらずエキドナは薄気味悪い笑みを浮かべながらカゲトラの前に立った。
ピケも逸る心を落ち着かせ、式を見守る。
「おめでとう」
カゲトラがカードをエキドナに差し出す。
……しかし。
グシャ。
鈍い音が場に響いた。
ピケは目の前の出来事を見て、目を見開く。
「ガッ……ァアッ……」
なんとエキドナの手が、深々とカゲトラの胸を貫通していたのだ。
手の先にはしっかりと勇者の証が握られている。
胸を貫かれたカゲトラは血を吐いた。
ブシッ! と血を滴らせながらエキドナは手を引き抜く。
カゲトラは目を見開いて力無くドサリと地面に倒れた。
「ふぅーん。勇者の頂点って言っても大した事ないのねぇ。ちょっと不意を突いただけだけで死んじゃうなんて、人間てば、なんてか弱い生物なのぉ」
振り返ったエキドナの顔には不気味な笑みが張り付いていた。




