第38話 獅子
両者は向かい合う。片方は身長2mを超える筋骨隆々の大男。
色素が抜けたような白銀の髪は獅子のように逆立っている。
そんな大男の目の前に立つのは、まだ齢10程の小さな少女だった。
まさに大人と子供の体格差がある両者だったが、大男の視線には油断のかけらも見当たらない。
まるで対等の、いやそれ以上の敵と相対しているかの如く、大男は溢れんばかりのエーテルを発していた。
対して少女は大男を迎え撃つように静かに構えを取った。
左手を地面と垂直になるように立て、右手は脇に添える。
足を半開きにして、重心を低く落とす。
一見するとなんて事のない構えのように見えるが、カゲトラには違って見えていた。
まるでメルルの存在感が大きくなったような強大なナニカに感じていたのだ。
「メルルよ。何故だかお主からは恐ろしい程の闘気を感じる。いや……その小さな身体の中に力を隠しているな。その力……解放してみせよ」
カゲトラの威厳ある言葉にも、メルルは薄く笑いながら答えてみせた。
「見せてほしいなら、引き摺り出してみな」
メルルの挑発にカゲトラの唇がニィッ、と吊り上がった。
「承知したッ!」
裂帛の叫びと共に動き出したのは、カゲトラだった。
カゲトラは拳に、ピケの時とは比較にならない程のエーテルを乗せて渾身の殴打をメルルへと繰り出す。
しかし、メルルは動かない。
メルルの頭にカゲトラの殴打が炸裂する瞬間、メルルは流れるような動きで、カゲトラの拳を下から突き上げるように手の甲で押し上げた。
そのままガラ空きになったカゲトラの顎を突き上げるように拳を振り上げる。
しかしカゲトラもメルルの動きを予想していたのか、器用に首を引っ込ませ、メルルのアッパーを躱そうとする。
ガンッ!
カゲトラは驚愕した。
完全にメルルのアッパーを避けた筈なのに、カゲトラの顎に無視出来ないダメージが襲ってきたのだ。
そして一瞬怯んだカゲトラを見逃すメルルではなかった。
カゲトラが着ている真っ白いローブの首付近を掴むと、その小さな身体からではあり得ない程の力で捻り上げられ、巴投げの要領で地面に叩きつけられた。
無論、カゲトラも大人しくやられまい、とエーテルを乗せた拳をメルルの顔面へと繰り出すが、まるで宙に舞う木の葉のように全ての攻撃を避けられ、気が付けば頭から地面に投げ落とされた。
ドンッ!
カゲトラの体重を利用したメルルの投げ技が見事に決まる。
メルルは距離を取って、油断なく構えを取りながら、地面に顔を減り込ませたカゲトラを見る。
だが、カゲトラはなんでもないように顔を地面から引き抜く。
その顔にはこの上なく嬉しそうな笑みがあった。
まるで野獣のように犬歯を剥き出しにして笑っている。
「こりゃ驚いたわい。この儂が手も足も出せずに投げられるとは。……一体いつ振りの事か。どうやら純粋な体術勝負じゃあ、勝ち目がないのぅ」
まともにメルルの技を食らったにも関わらず、まるでダメージを感じていないのか、カゲトラは豪快に笑った。
その不死身のようなタフさにメルルも唇を吊り上げた。
「まだまだこんなもんじゃないんだろ?」
「然りッ!」
瞬間、カゲトラの姿が一変した。
カゲトラの筋肉が膨れ上がり、まさに獅子のような姿に近づく。
手を地面に置き、四足獣のように唸りをあげる。
体長も倍の4m程まで膨れ上がり、凄まじい形相で、獅子となったカゲトラはメルルを睨みつけていた。
白銀の毛は綺麗に逆立っている。
以前とは比較にならない程のエーテルがカゲトラから吹き出していた。
「それがあんたの正体か」
「そうだ、もうお主を勇者候補生とは思わん。敵と認識した」
「なるほど、確かにこれは今のままじゃ、キツイな」
メルルがそう呟いた瞬間。
ドォォォォォオオオオオオオオオオン!!!!!
まるで大爆発を引き起こすような凄まじい何かがメルルの体の中から外へ膨れがっていった。
その瞬間、カゲトラの顔が驚愕に引き攣る。
それがメルルが持つ有りえない規模のエーテルであるという事が分かったのだろう。
その量は莫大すぎてカゲトラですら捉え切る事が出来ない程凄まじい。
エーテルの質も濃厚で、普通のエーテルよりも何倍にも濃くしたような感じだった。
カゲトラが一瞬、イメージに浮かんだのは武の化身。
何十年、いや何百年という規模で永きに渡り、鍛え続けた結果が今具現化しているのだと直感で理解した。
エーテルは有りえないくらいに濃密だが、決して禍々しくはない。
むしろ研ぎ澄まされた清澄なエーテルだ。
まるで聖なる泉に包まれているかのような安心感さえカゲトラは感じる。
メルルから発したエーテルは即座にフィールド中全てに広がり、この閉じた空間がメルルのエーテルで満たされる。
明らかに魔王すらも超える馬鹿馬鹿しい程のエーテルにカゲトラは、何故か気が付けば、涙を流した。
そして鬼のような形相を引っ込め、頭を地面に下げた。
「これほどの力……なんという事だ……今までの数々の無礼な言動、お許し下さい。そうか、あなたがそのエーテルの持ち主だったという訳ですか。あの日のエーテル爆発の真相、今ようやく理解しました。この勇者王カゲトラ、今から武の神に挑むつもりで挑ませて頂きます」
急に畏まったカゲトラを見てメルルは目を点にした。
「いや……そんな急に畏まらなくていいんだけど……」
「滅相も御座いません。儂とて勇者とはいえ、武芸者の端くれ。あなたの力がどれ程の高みにあるのかぼんやりと理解出来ます。そんな人物と手合わせ出来るとは、武芸者として誉れの極み。心してかかります故、どうかご指導頂きたい」
「あ……ああ、そう。分かったからさっさと来てくれ」
「では……いざ参る!」
カゲトラが地を蹴った。
獅子と武の化身が交錯する。




