第36話 盾
カゲトラの拳がピケ目掛けて振り下ろされる。
しかし、カゲトラの攻撃が来ると予想していたピケは、素早く体を捻って立ち上がる事で、なんとかカゲトラの殴打を躱す事に成功する。
瞬時に、足に全てのエーテルを集め、尻餅をつくカクータを担いで、一目散にその場を離れた。
ドガンッ! と凄まじい音を響かせながら地面に突き刺さったカゲトラの拳は容易く地面を砕き、地割れのように地面が罅割れていく。
その様子を呆然と見ていたカクータが喚く。
「な、なんやあのバケモンは!? こ、殺される! ピケ! もっと速く走ってくれぇ!」
ピケは背中の上で喚くカクータを無視しながら、持てる全ての力を使ってカゲトラから離れる。
ピケは走りながら、後ろを振り向いてカゲトラの様子を伺うと……。
カゲトラは逃げ出したピケとカクータをじっと見つめた後に、ダッ! と踵を返してどこかへと走り去っていった。
どうやら二人ならいつでも始末出来ると踏んで、カゲトラはまず門を開けまくるメルルを探しに向かったのだろうとピケは推測した。
カクータも走り去るカゲトラの背中を見て、虚をつかれたような間抜けな顔を晒している。
「な、なんやぁ……? 行ってもうたで……?」
「おそらくメルルを探しに行ったんだよ。カクータ、これはチャンスだ」
ピケはドサリとカクータを地面に下ろす。
「ぷぎゃっ!?」
いきなり地面に降ろされたカクータは無様に尻餅をついた。
ピケは真剣な表情でカクータに言う。
「僕らは一足先に生門に向かおう」
「え……? いや、行く言うてもまだ門は開いとらんで……?」
おずおずと呟くカクータにピケは自信満々に言い放った。
「大丈夫。最後の門はきっとメルルが開けてくれる。僕らはメルルを信じて一足先に生門へと向かおう」
「あ、ああ。確かにあのお嬢さんなら、あんな怪物相手でも、なんとかしてくれそうやな……」
ピケはこのフィールドのどこかにいるのであろう、メルルへと思いを馳せ、空を見上げる。
空には天まで伸びる光の柱、生門が見える。
幸いにも、今いる位置から生門まではそこまでの距離はなかった。
ここから走れば、数十秒で生門まで辿り着く事が出来るだろう。
ピケとカクータが閉じた生門に向けて走り出そうとした、まさにその時だった。
パーン!
と再び、珍妙な音が場に響く。
もしやと思い、ピケは恐る恐る満月を見上げると……。
満月に刻まれていた数字が3から4になっていた。
すると天まで伸びる巨大な門、生門がゆっくりと開き出す。
生門からは眩い光が徐々に顔を出し始めていた。
あまりの開門の早さに呆然とする二人だったが、ピケは確信した。
「メルルだ! メルルが最後の門を開けてくれたんだ! 生門が開いたよ!」
ピケは早すぎる開門に、呆気にとられたが、最高のタイミングで最後の門を開けてくれた事に、メルルへ感謝の念を送った。
「そんなことはもうどうでもええ! こっから生門までは100mくらいしかない! ピケ、走るぞ!」
「うん!」
ピケはカクータの叫びに応え、走り出した。もう出口は直ぐそこだ。例えカゲトラに見つかっても、ギリギリ出ることが出来そうな距離だと考えていると……。
「ガァァァァァアアッ!! 一人足りとも門から出させるものかッ!」
「……っ!?」
後ろを振り返るまでもなかった。
ピケとカクータの直ぐ後ろにカゲトラが迫っていたのだ。
「メルルを追いかけるのを諦めて戻ってきたんだ……!」
「くそ! 気付かんかった! ピケ、もっと走れぇぇえ!」
二人は後ろを振り返らずにただただ走った。
もう出口は見えている。
前方10m先には眩い光が広がっていた。
ゴールはもう目と鼻の先だ。
あれこそが生への門、生門だと一瞬で分かった。
あそこを出ればゴール。
ピケとカクータは死に物狂いで足を回す……が。
「ガァァッ!」
カゲトラの気合の叫びに思わず、ピケは後ろを振り向いた。
するとカゲトラはこの上なく嬉しそうに笑みを浮かべながら、二人の直ぐ側まで迫っていた。
カゲトラはエーテルを乗せた拳を大きく振り被り、ピケとカクータの両方を捉えるように殴打を放っている。
(ダメだ……間に合わない! どっちかがやられる……!)
だが、それでも諦めずに前を向き、必死に足を動かせるピケだったが……。
「へっ、どうやらここまでのようやな、ピケ。お前は良い冒険者になるんやぞ」
ポンッ! とピケの肩が不意に叩かれた。
「……え?……」
ピケは今起こった出来事がやけにゆっくりに見えた。
カクータの言葉すらピケの耳には残らない。
ザッ!
なんとカクータはゴール目前というところで、いきなり踵を翻し、カゲトラへと突っ込んで行ったのだ。
ピケは呆然と振り返ってカクータを見る。
「ぶべらッ!?」
ピケの盾となるようにカゲトラの前へと立ちはだかったカクータは、カゲトラの渾身の殴打をその身に受け、まるでボロ雑巾のように後方へ吹き飛んで行った。
大きく吹き飛んだカクータは大の字で倒れ、完全に意識を失っていた。
「カ、カクータァアッ!」
勢いが止まらず、ピケは生門の中へと体が吸い込まれる。
生門の中へと入ったピケは全身が眩い光に包まれた。
ゴール地点に到達したピケは消え行きそうな意識の中、地面に横たわるカクータを呆然と見た。
「僕を……身を挺して守ってくれたのか……! カクータ、ごめん! 本当に……ごめん!」
ピケは今までのカクータとの確執を思い出す。
カクータは事あるごとにピケへと嫌がらせをしてきた。
当然ピケもカクータの事を快く思ってはいなかった。
遂にはレベルがいつまでたっても上がらないお荷物だという理由で、ピケはパーティまでも追い出されたのだ。
ピケがカクータを恨んでしまうのも無理はないかもしれない。
しかし、現に今……カクータは己の身を犠牲にする事で、ピケを救って見せた。
その意味が分からないピケではない……。
つまり、カクータは自分ではなく、ピケこそが勇者に相応しいのだと認めたのだ。
ピケは完全に意識が途切れそうになる中、最後にカクータへと叫んだ。
「僕は……必ず勇者になって、魔王を倒してくる! カクータ! 見ていてくれ!」
その瞬間、ピケの意識は微睡み(まどろみ)の中に消えた。




