第28話 美女
夜が開け、る最終日の朝、目覚めるとジュッテはもういなくなっていた。
いや、ジュッテだけではない。
メルルも一緒にいなくなっており、置き手紙がピケの体に貼られていた。
『今日の修行は、俺抜きでランプを守り抜く事』
とだけ、書かれていた。
どうやら今日は地獄の修行はないらしいと一安心しながら自分のランプを見つめる。
ランプは小さな青白い炎を灯しながらゆらゆらと揺れていた。
瞬間、ピケは勇者選抜試験の試験官、クマゴロウの言葉を思い出した。
クマゴロウは確か2日目の正午に全員を魔法陣で強制転送させると言っていた。
その時にこの【ブレイブランプ】の火が灯っていれば試験合格となるらしい。
ピケは気合を入れ直す。
時計はなく、時間は分からないが、正午まで後5時間程だろうかとあたりをつけた。
ピケは拠点を移動する事を決意する。
この場所は開けており、敵から見つかりやすい場所にある。
更にはバスターウルフの肉を焼いたせいで臭いに敏感な魔物は寄って来るかも知れない。
メルルがいない今、バスターウルフと遭遇しただけでも命取りになる。
自分がおかれた状況を理解したピケは、薄暗いヴルドの森の中へと、進んでいった。
ピケは鬱蒼と生い茂った森の中を突き進む事、数時間。
特に誰とも出くわす事なく、ピケはヴルドの森を彷徨っていた。
時間は分からないが、腹の空き具合から正午はもう間近ではないかとピケは考える。
人骨のような細い枝と地面から飛び出す木の根がピケの行手を阻み、非常に歩きづらく、どこまでいっても魔樹ばかりで、薄気味悪い。
ピケは猛烈な心細さに、心が締め付けられそうだった。
(そうだ。そういえば僕はずっと一人だった)
ピケはメルルと出会う前の自分を思い出す。
カクータ達にいつも馬鹿にされ、絶対に強くなってやる、と意気込んで、よく一人で魔物討伐に行ったりした。
冒険者組合でもレベルがいつまで経っても上がらないからという理由で、除け者にされ、いつも一人ぼっちだった。
しかし、そんな自分の前にメルルは現れた。
メルルは決してレベルが低いからと、ピケを馬鹿にしたりはせず、むしろ才能があるとピケを認めてくれた。
更にはメルルはレベルにこだわるこの世界の人々の固定概念を吹き飛ばすように、凄まじい力さえ見せつけてくれた。
ピケはメルルと出会えた事に心から感謝していた。
そしてもう一度、己の夢を再確認する。
(僕は必ず勇者になって魔王を倒す。見ていてくれ、父さん、母さん。そして……メルル!)
ピケは気合を入れ直して、道無き道を進む。
ガサっ!
「……っ!?」
その時、ピケは息を止めて素早く木の影に隠れた。
物音を立てないように、体が動かないよう、ピタリと固まる。
おそるおそる気の幹の間から、前を覗いてみると……そこには。
「ガルルルァァ……」
のっし、のっしと、赤黒い目を光らせながら歩くバスターウルフがピケのすぐ近くにいたのだ。
ピケは気付かれないようにすかさず鑑定を使う。
クラス:バスターウルフ
クラススキル:ウルフの遠吠え
Lv:38
EP:1,245
(この間のバスターよりもレベルが高い……! それに体も一回りも大きい!)
ピケはドクン、ドクンと高鳴る心臓を落ち着かせようとするが、治まる気配が無い。
さらにバスターウルフは確実にピケのいる方へと、近づいて来ていた。
(まずい……見つかったら終わりだ。でもどうしてこっちに来るんだ……? 僕の居場所がバレているのか……?)
ピケは頭を高速に回転させた。
バスターウルフがゆっくりと近づいているという事は、完全には自分の居場所はバレていないに違い無いと考えた。
もしもバスターウルフに居場所がバレていれば、何振り構わず襲ってくるからだ。
しかしバスターウルフの足取りは緩やかだ。
敵を警戒しているような素振りもない。
という事は、はっきりと自分の位置はバレてはいないが、何かそこにいるかも知れないと考えて、様子見で近づいて来ている可能性が高いとピケは考えた。
(どうしてだ……!どうして僕の居場所が分かる……!?)
バスターウルフはもうそこまで迫っていた。
ピケはあまりの緊張感に、息が漏れそうになるが、その瞬間、電流が頭を流れた。
(わかった! エーテルだ! 僕から発する微量のエーテルをバスターウルフが嗅ぎ取っているんだ!)
先日の謎の美女も龍人の少女、ジュッテもメルルのエーテル爆発に惹かれてここに来た。
どうやらバスターウルフもエーテルには敏感なのかも知れないとピケ考は思い当たった。
極限の状態の中、ピケはメルルの言葉を思い出す。
そう、ちょうど昨日、メルルがジュッテに言った言葉の中にヒントはあった。
『どうして俺がそのエーテルの持ち主だって思ったの? 俺のエーテルは完全に消していた筈なんだけど』
そうだ、エーテルは相手から認識されないように完全に消す事ができるに違いないとピケは気付いた。
メルルは常にエーテルを感知させずに行動していた事に思い当たったのだ。
(メルルのように、エーテルを消すんだ……! 自分の奥底に閉じ込めるように……!)
バスターウルフの大きな鼻がピケの真横に現れた。
バスターウルフはスンスンと何かを嗅いでいる。
ドキン、ドキン、ドキン、ドキン……とピケの心臓が高鳴る。
その極限状態の中でもピケは集中して、エーテルを自分の奥底に押し込めるイメージを意識し続けると……。
「グルルルァァ……」
バスターウルフは何事もないように通り過ぎて行った。
ピケの存在にも気付かなかったようで、のっし、のっしとバスターウルフは森の奥深くへと姿を消した。
完全にバスターウルフの姿が見えなくなった後、ピケは大きく息を吐いた。
「はっぁぁぁああ! 助かったぁぁ!」
思わず緊張が抜け、へなへなと地面に尻餅をついた、その瞬間だった。
「見事なエーテル操作ね。私にも教えてくれないかしら?」
突然背後から聞こえた呟きに、ピケは驚愕して慌てて距離を取って振り返る。
するとそこには、見覚えのある、肌を露出するような革鎧を着た美女が立っていた。




