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第24話 成長

 

 

 龍、それはこの世界で最も強いとされる種族だ。

 強靭な筋肉と硬い鱗で覆われた巨大な体躯は見る者を圧倒する。

 

 寿命も長く、太古の昔から存在している個体もいる。

 しかし、龍の数は少なく、普通の人間では一度もその姿を目撃する事なく、生涯を終えるのがほとんどだ。

 

 そんな絶対的強者である龍だが、たまに人間への変化を可能にする個体がいた。

 その個体を龍人と呼び、人々は伝説上の存在としてきた。


(そんな龍人と僕が戦うなんて……)


 ピケはごくりと息を飲んで目の前に立つ、白髪の少女を見た。

 

 蛇のように縦に割れた黄金の瞳を持つ龍人、ジュッテは地面に突き刺さった、大人の身長ほどもある大剣をやすやすと持ち上げると、ブォン、ブォンと音を立てて、まるで棒切れのように振り回していた。


「すごいパワーだ……」


 ピケは身震いした。

 ピケ自身も犬族【ワンダフル】の獣人だ。

 人間よりも野生に近い存在である。

 だからこそ、目の前に立つ少女が、同じ生物としてどれほど高みの存在なのか、ひしひしと伝わってくるのだ。


「いつでもかかってらっしゃい。細切れにしてやるわ!」


 挑発めいたジュッテの言葉に、ピケは猛然と飛びかかった。

 ワンダフルよりも上位種、バスターウルフを食べた事でエーテルを完全に回復していたピケは出し惜しみをせずに、全エーテルを足へと集めた。

 

 まだエーテル操作をマスターした訳ではないが、ピケはその類い稀な才能によって、大雑把な操作程度は出来るようになっていた。

 さらに元々ワンダフルとして備わっていた瞬発力を活かし、一直線にジュッテへと迫る。


「速いっ!」


 そのスピードを見て、余裕の態度を貫いていたジュッテの表情が一変する。

 瞬時にバスターソードを構え、眼前に迫り来るピケに合わせようと一閃するが……。


 ザンッ! とピケはバスターソードが目前に迫る直前に、右足を地面に勢いよく踏み込んだ。

 エーテルが乗った右足は地面を容易く突き破り、つっかえ棒の如く速度を完全に殺す。


 スカッ! とジュッテの繰り出したバスターソードは空振りに終わった。


「ここだ!」


 その隙を逃さず、ピケは再度足にエーテルを流し込み、素早く地面を蹴ってジュッテの懐へと再加速する。

 そのままジュッテの懐に潜り込んだピケはジュッテの頬、目掛けて殴打を放った。

 

 実はピケは先程のメルルの撚糸によって体が乗っ取られた際に、メルルが一体どんな動きをしているのかをつぶさに観察していた。

 

 メルルはエーテルが尽きかけているピケの体を操作してもなお、あのバスターウルフに勝利してみせた。

 

 それは今までレベルが低いと常に馬鹿にされていたピケにとっては偉業以外の何者でもない。

 しかし、逆に言えば、エーテルが少ない、レベルが低いからという理由で、強者に敵わないと断ずるのは、ただ単なる言い訳に過ぎないとピケは感じたのだ。

 

 実際にそんな状況でもメルルは勝利してみせた。

 ならばレベルやエーテル以外でも戦闘に作用する何かがあるはずだとピケは考える。

 

 それこそ、メルルがピケの体を乗っ取る事で、実演してみせた返極というものだった。

 返極は実際に体験する事で、ピケには分かった。

 

 これはスキルでも魔法でもなく、ただ単なる体術であると。

 故郷でも獣人空手といった体術が存在するが、メルルが見せたそれはまるで別物だ。

 

 まさに体術の究極系といっても良い。

 相手の力を利用して返すその技術はまさに神業。

 いったいどれほどの修練を積めばその領域に辿り着けるのか、ピケには検討もつかない。

 

 それほどメルルの動きは洗練され、動きに無駄が一切なかった。

 そしてピケは朧げながら感じる事が出来た。

 

 メルルはただ攻撃をそのままバスターウルフに返しただけではないという事を。

 メルルはバスターウルフが攻撃した後の隙をついて、的確に敵の急所を突いていたのだ。

 

 体を操られているにも関わらず、自分の目で捉えきれない動きを、自分が繰り出した事に、ピケは感動を通り越して畏怖を覚えた。

 

 それと同時に……今体験した事を忘れずに、実践でもう一度体験したいという欲望がピケを支配した。

 そんな思いがあったからこそ、ピケは格上のジュッテ相手に勝負を挑んだのだ。


 ピケはバスターソードを躱し、懐に潜り込む事に成功した。

 全てのエーテルを足に集中したお陰で、ジュッテの虚をつく事が出来たのだ。

 流石にピケも馬鹿正直にジュッテに戦いを挑んで、勝てるとは思っていなかった。


 だが、メルルが教えてくれた動きを真似る事が出来れば勝てるかもしれないと考えていたのだ。

 ジュッテは自慢のバスターソードを躱された事に驚愕の表情を浮かべ、一瞬硬直した。

 

 ピケの動きに反応出来ていない。

 ピケはその瞬間を見逃さず、無防備なジュッテの顔面に下から拳を突き上げた……が、しかし。


 ぺちん、と乾いた音が鳴った。

 ジュッテの頬に拳が届いた瞬間、まるで巨大な岩を殴ったような感触が拳に伝わったのだ。


「へ?」


 ジュッテはピケの渾身の殴打を受けたが、一ミリも動く事なく、その縦に割れた黄金の瞳でピケを睨みつけながら見下ろした。


「この……ッ! クソ犬風情がッ!」


 ガンッ! 

 ジュッテの拳が、無防備なピケの頬へと突き刺さる。


「ヘブぁッ!」


 ピケは首が折れ曲りそうになる程、顔があらぬ方向に曲がる。

 そしてそのまま、後方へと大きく吹き飛んで行った。

 

 意識が吹き飛びそうになるが、瞬間、何か柔らかいものに包まれるような感触がして、おずおずと目を開けると、メルルが覗き込むようにしてピケを見下ろしていた。

 

 吹き飛ぶピケをメルルがキャッチしてくれたのだ。

 そんなピケを見て、メルルは嬉しそうに微笑んでいた。


「惜しかったな。足に集めたエーテルを拳に移動出来ていれば、勝負はまだ分からなかったかもな。けど、あの子相手に一撃入れただけでも御の字だ。お疲れ様、後は俺が引き受けた」


 メルルはそう言うと、ピケを優しく地面に置いた。


「俺の恩人によくもやってくれたな、今度は俺が相手だ」


 ピケは一瞬も目を離さないとばかりにジュッテと対峙するメルルを見つめた。


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