第18話 勇者の灯火
「皆様、こちらをご覧ください」
クマゴロウと名乗った一見、クマにしか見えない試験官は大きな体を横に一歩ずらした。
宮殿の大広間の最奥に一際、光輝やく何かが見える。
それは複雑な文字や図形を含んだ円形の光だった。
「あれは……魔法陣!」
誰かが呟いた。
クマゴロウはその言葉に大きく頷く。
「その通りです。あの魔法陣は転移の魔法陣。あの魔法陣を潜った瞬間に一次試験が始まります。ですが、その前に一次試験の内容につきまして、私からご説明致します」
クマゴロウは言葉を区切る。
ピケは一言も聞き逃さないとばかりに、集中してクマゴロウの言葉を待った。
その時、クマゴロウが自分の手を、腹の毛皮の中に突っ込んだ。
もそもそと弄った後、器用に何かを取り出す。
それは火のついた蝋燭だった。
立方体の透明のケースに蝋燭が入っており、自立している。
「これは勇者の灯火【ブレイブランプ】と呼ばれるアーティファクトです。この火は非常に繊細で、水につける事はもちろん、激しく揺らしたりするだけで消えてしまいます。これから一人に一つずつ、このランプをお配り致します。あなた方には、これから二日間、この火を灯したまま、火を消さずに守りきって頂きます。二日後に火が灯った状態のままであれば一次試験を合格と致します」
ゴクリと息を飲む音が聞こえてくる。
続けてクマゴロウは言った。
「このランプは特殊な造りになっていまして、一度火が消えると再点火する事は出来ません。二日後に火が消えたランプを持っている者は試験失格となります」
ここで誰かが不意に質問した。
「な、なぁ……それは分かったんだけどよ、あの魔法陣はどこに繋がってんだ……? 要するにあの魔法陣の転移先で二日間、その火を守り通せばいいんだろ?」
受験生の何かを恐れるような発言にも、クマゴロウは紳士に返事をする。
「その通りです。そして気になるあの魔法陣の転移先は……魔王領、ヴルドの森です」
「……っ!?」
受験生がクマゴロウの言葉を聞いて騒然とする。
ピケも同様に驚愕していた。
ヴルドの森……それは上級冒険者チームですら恐れる、強力な魔物が生息している森だ。
魔物とは魔王の力の加護によって、モンスターが魔に変化したものだ。
よって魔王に近づけば近づく程、魔物は強力なものになっていく。
ヴルドの森は魔王がいる場所から離れているが、歴とした魔王領だ。
人は誰も住んでいない。
そんな場所で二日間、蝋燭の火を守り通さなければならない。
その事実に思い当たった時、ピケは冷や汗がタラリと流れた。
最後にクマゴロウは付け加えるように言う。
「もちろん、受験生が他の受験生のランプの火を消しても構いません。最後に火が灯ったランプを持っている者を通過者と致します」
「……っ!?」
ピケはごくりと生唾を飲み込む。
クマゴロウの言葉……それは暗に、火が消えたとしても他の者のランプを奪えば問題はないという事だ。
穏やかな口振りとは裏腹の、冷酷な発言の内容にピケは、この勇者選抜試験がやはりただの試験ではない事に気付かされた。
当然、死者も出るだろう。
それはもしかしたら自分になるかもしれないと考えるとピケは身が竦んだ。
しかし、見計らったようにクマゴロウが言う。
「命が惜しいと思われた方は、今なら辞退しても構いません。ただし、この魔法陣を潜った場合はもう引き返せません。途中リタイアは認めておりませんので」
緊張に場が静まる。
しかし、どれだけ待っても辞退する者は現れなかった。
ピケも当然、辞退などする訳がない。
ピケの夢は勇者となり、魔王を討つ事なのだから。
「それでは皆様を一次試験の参加者と見做し、ヴルドの森へと転送致します」
勇者の灯火【ブレイブランプ】を受け取ったピケは魔法陣の前に立った。
後ろを振り返ると、メルルがじっとピケを見つめており、小声で言う。
「転送されたらピケ少年は出来るだけ動かず、身を隠していてくれ。俺が必ず見つけに行くから」
ピケはメルルの言葉に頷いた。
この試験はサバイバルではあるが、受験生同士の同盟を禁止している訳ではない。
秘密裏にメルルとの同盟を結んだピケは、気合を入れ直して前を向いた。
目の前には不気味にチカチカと魔法陣が光っている。
この先に行けば待っているのは地獄かもしれない。
「それでは次の方、魔法陣に進んで下さい」
クマゴロウの声にしっかりと頷いたピケは魔法陣へと一歩進んだ。




