第17話 試験前試験
ヒュュュュゥゥゥ……と風が吹き抜ける。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
プルプルと震える足が辛うじてピケの体を支えていた。
荒い息を吐きながら、ピケは呆然と周囲を見つめる。
あれほど熱狂的だった人々が地面に倒れ伏し、広場を覆い尽くしていた。
ピケと同じように地面に立っている者は極々僅か。
しかし、ピケもまた少し気を抜くだけで、今にも気を失ってしまいそうだ。
さっきの一瞬で起こった事は極めて単純だ。
メルルが動き出した際にエーテルが爆発した様に、勇者王カゲトラのエーテルが爆発したのだ。
あまりの凄まじい爆発の奔流を浴びた勇者志願者達は耐え切れずに、ほとんどの者が意識を失ったという訳だ。
「よく耐えた、ピケ少年」
横を見ると、メルルが平然とした顔でピケを見つめていた。
この倒れている者の中には、もちろんピケよりもレベルが高く、エーテル量も多い者もいるだろう。
いや、ほとんどがそうである筈だとピケは推測した。
しかし、レベルもエーテル量も低いピケが今もこうして意識を保っていられるのは、過去にメルルのエーテル爆発を間近で体験した事があるのと、ここ数日の地獄の修行の賜物に相違なかった。
気絶を繰り返してきた経験が、気を失うという事に対して耐性を生み出していたのだ。
思いもしなかったメルルの修行の成果に、ピケは微笑んで答えてみせた。
「ありがとう……これもメルルの拷問……じゃなくて修行の賜物だよ」
「今、拷問って言った? 言ったよね」
「言ってないよ」
「絶対言った」
「言ってない」
そんなやり取りをするピケ達を尻目に、勇者王カゲトラは軽く驚いたような声をあげる。
「ほう……ざっと数えて108人が意識を保っていたか。ふむ、今年は豊作になるやもしれんな。それではクマゴロウ、後は頼んだぞ」
カゲトラはそう言い残すと、天守閣の露台の奥へと姿を消した。
そして代わりに現れたのは、なんとクマだった。
体調2m程の大きな体のクマは、のそのそと天守閣の露台に立つと、のんびりした緊張感の無い声をあげた。
「それでは意識のある方はベルレフィリア城の城門に来てくださーい。点呼を取りまーす」
喋るクマの登場に、ピケとメルルは顔を見合わせて、目をパチクリとさせた。
ベルレフィリア城の城門前へと辿り着いたピケとメルルは、既に集まっていた人だかりへと進む。
ざっと見渡して、カゲトラのエーテル爆発から意識があったのは百余名。
ピケは思った以上に多いな、と内心で驚く。
ピケとメルルという幼い子供の登場に、生き残りの勇者志願者達は目を丸くして観察していた。
中には鋭い視線を向けている者もいる。
彼らはこれから競い合う事になるライバル達への観察を怠っていないのだと、ピケは警戒する。
その時、巨大な観音開きの城門がゆっくりと開かれ、先程のクマが門の中から現れた。
クマは勇者志願者を見ると、言葉を発する。
「みなさん、試験前試験に合格し、おめでとう御座います。これからあなた方を一次試験の会場へとご案内します。私についてきて下さい」
流暢に言葉を話す、見た目は完全にクマの、試験官と思しきクマはそれだけ言うと、ズンズンと城の中へと入っていった。
後に残された勇者志願者達も慌ててクマの後をついていく。
ピケとメルルも同行した。
(なるほど、一万人もどうやって試験するんだろうかと思ってたけど、さっきのも試験の一つだったんだ。むしろ、これからが本番って訳か)
ピケは高まる緊張に、ギュッと拳を握りしめた。
これから始まる過酷な試験に気合を入れる。
しばらく城の中を進むと、ふとクマの足が止まり、こちらへと振り向く。
どうやら目的地に着いたのだと理解したピケは辺りを見渡した。
流石に城の中というだけあって今まで見たことも無い凝った作りの内装になっていた。
白亜の壁は陶磁器のように白く輝き、床のカーペットやシャンデリア一つとっても、一体どれだけの値がつくのか、見当もつかない。
まさに宮殿と呼べるような大広間に百余名の人間が集まった。
「ようこそ、皆様。こちらが試験会場になります。申し遅れました、私は勇者の『クマゴロウ』。あなた方の試験官を務める者です。以後お見知りおきを……」
クマは見事な一礼をして頭を下げた。
礼儀正しいクマにピケは感心する。
(っていうかあのクマさん、勇者なの!? クマさんが勇者って!?)
ピケは礼儀の正しいクマ、しかもその正体は勇者だという事実に仰天した。
しかし、初めて間近に見る本物の勇者にピケはゴクリと息を飲んだ。
恐る恐る鑑定を発動させる。
名前:クマゴロウ
クラス:クマ
クラススキル:クマの美味しい料理レシピ
Lv:54
EP:12,560
(ってクマさん強っ!? クラスがクマってどういう事!? それにクラススキルが料理本のタイトルみたいになってるけど!?)
ピケは内心で突っ込む。
ふとメルルを見ると、キラキラした瞳でクマを見ていた。




