プロローグ2 デスゲーム『生と死の狭間』
一体何が起こっているのか全く分からない。
ただ一つ確実に分かる事は、このまま足を止めると、確実にあの化け物に殺されるという事だけだ。
俺は持てる全ての力を使って走った。
社会人になってから運動をほぼしていないせいで、足が引きつりそうになるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。
この意味不明な現状は夢なんかではなく、現実に起こっていると言う事だけは分かるのだ。
今はただ逃げるしかない。
俺はパニックに陥りながらも必死に現状を整理してみた。
巫女服の少女は言っていた。
俺をデスゲーム『生と死の狭間』とやらに送ると……。
その瞬間、俺は脳裏に電流が駆け巡った。
「そうか! これは異世界召喚だ! 俺はここに勇者として召喚されたんだ。それなら俺にはこの化け物を一撃で倒せるような何かチート能力が付与されているはず!」
今思い出すと、俺が常日頃愛読している小説のほとんどがこのパターンだった。
どうやら俺は選ばれし人間だったらしい。
絶体絶命の今ならば、俺のチート能力は難なく目覚めてくれるだろう。
「出ろ、ステータス!」
シーン……。
俺は懸命に叫ぶも、変化は何も起こらない。
それでも諦めず、俺は叫び続けた。
「プロパティ! サーチ! チート! 獄炎の炎! くっ、違うか……出でよ伝説の剣っ!」
シーン……。
それでも何も変化はなかった。今思えば、選ばれし者が運動不足で足がつりそうになる訳がない。
だが、その時……。
ザシュッ……と肉が割く音が聞こえた。
「がぁッ……!」
俺は地面にドサリと転がる。
遅れてやってくる凄まじい痛みに俺は意識が飛びそうになる。
恐る恐る右腕を見ると、深々と包丁が貫通していた。
どうやらあの化け物が包丁を投げつけてきたらしい。
痛い、痛い、痛い、痛い、痛い、痛い……。
あまりの痛さに意識が飛びそうになる俺の目の前に何かが立つ。
掠れ行く意識の中、目を開けると、そこには嬉しそうに不気味に笑う化け物が俺を見下ろしていた。
その時、俺はようやく理解する。
俺は本物の地獄にやってきたのだと。
ここはチート能力なんか一切無いサバイバル。
本物の弱肉強食の世界。
生き抜くには目の前の敵を倒す以外に選択は無いのだと悟った。
「ウヴァ……!」
目玉の無い闇の眼窩から血を垂れ流す化け物は嬉しそうに笑うと、もう一つの包丁を天高く振り上げた。
そのまま振り下ろされた瞬間に俺は殺されるだろう。
瞬間、今までの人生が走馬灯のように駆け巡った。
ノルマを達成出来ずに上司にビンタされる毎日。
ビンタを恐れて死んだ魚のような瞳で営業活動に励む俺……。
いつからこうなってしまったのだろうか。
夢と希望を抱いて入社した筈が、今は生きる屍のように生気を失っている。
もしかしたら今の俺は目の前の化け物よりもよっぽど死に近いのかもしれない。
というか今にも殺されそうだが。
その時、俺は決意した。
この世界で生き抜くと。
今更現実世界に帰っても俺を待っているのは上司のビンタだけ。
あそこに俺の居場所はなかった。
だからここで居場所を作る。
その為には、生き抜いて、生き抜いて強くならなければならない。
迫り来る包丁の切っ先を見た瞬間、俺の決意は決まった。
俺はあまりの痛みに意識が飛びそうになりながらも、腕に刺さっている包丁を引き抜くと、化け物が振り下ろす包丁目掛けて一閃する。
「社畜……舐めんなッ!」
ガキンッ!
「ウヴァ!?」
と金属と金属がぶつかる音が響き、化け物が一瞬たじろいだ。
その隙を俺は逃さなかった。
「俺は……生きる!」
一瞬動きを止めた化け物の首筋目掛けて、倒れたまま、俺は息を尽かさず包丁を横薙ぎに払った。
ザシュゥッ! ……ゴトリ。
「ウ……ヴァ」
化け物の首が草原に転がり、血が噴出した。
やがては動かなくなり、化け物の体は砂となって消えていく。
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……」
荒い息を吐きながらも俺は天に両手を突き上げた。
こうして俺の永い永いデスゲーム生活の幕が上がったのである。
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