第9話 始動
「あ……体が動いた……」
部屋へと帰ってきたピケは呆然と呟いた後、手を上下に振ってみたり、体を捻ってみた。
実はさっきの戦闘の間、身体が急に動かなくなった後も、ピケにはずっと意識があったのだ。
カクータにいいように剣でやられていた時はまだ、確かにピケは自分の意思でカクータと戦っていた。
しかし、カクータの猛攻に押され、トドメの一撃を受ける瞬間に、誰かに体を乗っ取られたように、全く体が動かなくなってしまったのだ。
さらには、口まで勝手に動き、訳の分からない事まで喋ってしまう始末。
それはまるで、強大な何かに操られていたような奇妙な感覚だった。
だが……。
「凄かった……」
ピケは万感の想いを乗せて呟いた。
凄い、ただただその一言に尽きる。
未だに覚えている。
ピケの少ないエーテルを部分的に集約させ、カクータを完膚なきまでにボコボコにしてみせたあの技量。
あれほどまでに自分では勝てないと思っていたカクータ相手に指先一つで勝ってしまったのだ。
ピケは朧げながら、あの一戦で繰り出した攻撃がもはや神業の域に達する超絶技巧によるものだとうっすらと理解出来ていた。
レベルやステータスをあざ笑うかのような圧倒的技量はこれまでレベル3だのと馬鹿にされ続けてきたピケの凝り固まった固定概念を完璧に破壊したのだ。
事実、レベル3がレベル17相手に圧勝したのはもはや疑いようのない事だ。
と、同時に……。
「僕も同じように出来れば……!」
格上のカクータ相手に圧勝したあの技量を自分のものに出来れば、レベルの低い自分でも勇者選抜試験はおろか、両親ですら敵わなかった魔王ですら届くかもしれない。
ピケはそれほどあの信じ難い一戦に、光明を見出していたのだ。
ピケはじっとベッドにちょこんと座っているメルルを見る。
メルルは相変わらず死んだ魚のような瞳で虚空を見上げていた。
「あれは君がやったの……?」
ピケは自分の口から語った内容を思い出す。
確かに言っていた。
ピケの体を操った者は、メルルに宿っている者だと。
シズにメルルを鑑定してもらった際に、メルルはExクラススキルを持っていた。
普通のクラススキルでさえ、かなり強力な能力が多いというのに、メルルのクラススキルはEx、つまりはエクストラクラススキル、並を遥かに超越したものだ。
どんな効果があっても不思議ではない。
そしてもう一つ。
確かメルルの持つスキルは『撚糸』というものだった。
さらに、クラスは操り人形師【パペットマスター】。
もしも『撚糸』の能力が人間を丸ごと操れるというものだったら……。
「やっぱり君がカクータをやっつけてくれたんだね」
もはや確信を持ってピケはメルルを見た。
ピケは心からメルルに感謝した。
メルルはあの時、確かに怒っていた。
ピケを侮辱した事に、この人形は心の底から腹を立ててくれたのだ。
嬉しくない訳がなかった。
「ありがとう、メルル」
ピケはメルルの手を握り、花が咲くように、メルルへと微笑んだ。
相変わらず、メルルはピクリとも動かないが、心なしか瞳がうるうるしているような気がした。
しかし……。
「あっ……!」
ピケはメルルの手を掴んだまま、立ち上がろうとして、メルルをベッドから転倒させてしまう。
身動きの取れないメルルはゴン、と床に頭を打って、ゴロゴロと転がる。
「ごめんよ、メルル! 痛くなかった?」
ピケが優しくメルルを抱きかかえた。
メルルの端正な顔がすぐ側だ。
思わず顔が紅くなってしまったピケだったが、その時何かに気付く。
「ん? なんだこれ?」
ピケは抱き起こそうと、メルルの首筋に手を触れた瞬間に違和感を感じた。
何か突起物のようなものがメルルの首筋についているような気がしたのだ。
不思議に思ったピケはメルルの背中をじっと見る。
陶磁器のような繊細で艶かしい真っ白な肌にドキドキする心を必死に押し殺して、ピケはメルルの背中のワンピースを少しずらしてみる。
「え……? なにこれ? スイッチ?」
ピケは目を丸くして、それを見た。
そこには赤い出っ張りがあり、ご丁寧にONとOFFと記されてあったのだ。
出っ張り部分はONの方に傾いており、スイッチを押すことが出来そうだ。
「まさか……」
ピケは何かに思いあたる。
もしかしたらこのスイッチを押せばメルルが動き出すのではないか……とふと思ったのだ。
今まで全く動かなかったのは、このスイッチが原因に違いないと推測した。
ピケは逸る気持ちを抑えながら、恐る恐るスイッチを押した!
その瞬間……!
ドォォォォォオオオオオオオオオオン!!!!!
まるで大爆発を引き起こすような凄まじい何かがメルルの体の中から外へ膨れがっていくのをピケは感じた。
レベルの低いピケでも分かった。
それがメルルが持つ有りえない規模のエーテルであるという事が。
その量は莫大すぎてピケでは捉え切る事が出来ない程凄まじい。
エーテルの質も濃厚で、普通のエーテルよりも何倍にも濃くしたような感じだった。
ピケが一瞬、イメージに浮かんだのは武の化身。
何十年、いや何百年という規模で永きに渡り、鍛え続けた結果が今具現化しているのだと直感で理解した。
それを理解出来たのも、メルルを以ってしても凄まじいと形容できるピケに秘められた才能があってこそだ。
もしかするとピケの才能と共鳴したのかもしれない。
エーテルは有りえないくらいに濃密だが、決して禍々しくはない。
むしろ研ぎ澄まされた清澄なエーテルだった。
まるで聖なる泉に包まれているかのような安心感さえ感じる。
メルルから発したエーテルは即座に部屋中に広がり、そのまま建物全体に広がった。
いや、建物どころではない。
やがて一瞬にして町中に広がり、天へと登っていく。
エーテルを感知出来ない一般人でも、何かが起こったのだと理解していた。
町中の人々が騒然とし、馬が嘶く。
この出来事は永劫語り継がれる事になる。
この街から遠く離れた場所にいる強者達は、この時のメルルの発したエーテル爆発を感知していた。
そして動き出す。
この瞬間にして全てが始まったのだ。
デスゲームを一万回生き抜き、『達成者』となった男が今、異世界で産声をあげた。
「ぁっ……」
そしてピケはあまりにも凄まじすぎるメルルのエーテルを間近に浴びすぎた所為で、心臓が停止した。




