プロローグ1 デスゲーム『生と死の狭間』
俺こと明石 徳次郎は気が付けば、美少女に睨みつけられていた。
暮石が山のように積み上げられた瓦礫の上で、巫女服を着た美少女がまるで親の仇だと言わんばかりに鋭い目つきで俺を見下ろしていたのだ。
「これからあなたにはデスゲーム『生と死の狭間』に参加して頂きます」
「はぁ……」
27歳、社会人5年目、長時間労働にて磨り減った俺の思考力は目の前の光景を夢だと決定付けた。
ブラック企業に勤め、眠る事だけが唯一の楽しみになっていた俺は、たまにはこんな変な夢を見るのも悪くはないかな……と思い始めた時、いつの間にか巫女服の美少女が俺の目の前に立っており、右手を大きく振りかぶる。
……そして。
……パンっ!
「え?」
パンッ! パンッ! パンッ!
無表情のまま、巫女服を着た美少女は見事なスナップを利かせて俺の頬を往復ビンタした。
遅れてやってくる凄まじい痛みにこれは夢ではなく現実だと理解した俺は、思わず地面に手をつき、社会人になって身に付けた処世術を披露する。
「も、申し訳ありません! 先月の穴を埋めるべく、今月は更に売上を作りますので、どうかご慈悲を……!」
「……私はあなたの上司ではありませんが、これで夢ではないと理解出来た事でしょう。これからあなたをデスゲーム『生と死の狭間』にお送り致します」
相変わらず無表情で淡々と言い切る巫女服を着た美少女に、俺は「ほへ?」と無様に顔を上げた。
これが夢でも、上司からのお仕置きでもないとすると、俺は一体何故こんなところに……?
だが、巫女服を着た少女は、俺のふと湧いた疑問に答える事なく、手のひらを俺の目に被せる。
人間離れしたひんやりと冷たい手が俺に触れた瞬間、巫女服の少女の声が聞こえてきた。
「せいぜい頑張りなさい。ややもするとあなたは史上初の『達成者』となるやも知れません……」
少女の僅かな笑みを含んだ声音が最後に聞こえてきた時、俺は急速な眠気に意識を完全に手放した。
俺は地獄すら生ぬるい、本物の無限地獄に連れていかれる事になるとは、この時はまだ知らなかった。
「はっ!」
目を開ける。
すると目の前に広がっていたのは、さき程の薄暗い墓石が積み重なった不気味な光景ではなく、大草原の中に点在する寂れた建物の残骸が、夕陽の光を浴びて一身に光り輝く、幻想的な風景だった。
周りを見渡しても巫女服の少女の姿はどこにもない。
周りに広がるのは、背の低い草原が夕陽の光を浴びて、金色に輝く美しい光景だ。
あまりにめまぐるしく変わる現状の変化についていけず、混乱の極みにいた俺はなんとかこの意味不明な状況を理解しようと歩き出した、その時だった。
「ヴヴ……ヴヴ……」
くぐもった呻き声のようなものを上げながら、白いワンピースを着た少女が草原の上で蹲っていた。
髪はボサボサでしっとりと濡れている。
顔は俯いているせいで全く見えない。
俺は何か猛烈に嫌な予感に支配されながらも、腹の調子が悪いのだろうかと懸命に良い方向へと考え直し、恐る恐る声をかける事にした。
「あの……誰もいませんし、ここでトイレをしても大丈夫だと思いますよ……?」
自分でも意味不明な事を口走ったような気がするが、取り繕った笑顔でなんとか声を掛けた瞬間、少女がゆっくりと顔を上げた。
少女に両目は無く、真っ黒な眼窩から真っ赤な血を垂れ流していた。
歯も一本も無く、少女に似つかわしく、肌は老婆のようにシワシワだった。
……控えめに見てもそれは化け物だった。
「ウヴァァ……」
野太い男のような声音で化け物が呻いた瞬間、俺は走り出す。
ただただ脇目も振らずに全力で逃げた。
「なんだあれは、なんだあれは、なんだあれは、なんだあれは!」
俺は現実逃避するように呟きながら、祈るようにゆっくりと振り返った。
すると化け物が大口を開いてヨダレを垂れ流しながら、ご丁寧に包丁を両手に持ってブンブンと振り回しながら追って来ている。
「ウヴァァアアア!」
「ギャァァァア!」
俺は涙を零しながらただただ走った。
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