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第八話 食後のお茶と家格の話

 一通り料理を食べ終わると、メイド達がやってきて食器類がすべて下げられた。それと同時に食後のお茶がそれぞれの前に並べられた。今度のお茶は武威岩ぶいがん茶だった。この武威岩茶は香木のような豊かな芳香と心地よい渋み、それに仄かな甘みを感じさせる烏龍茶の一種であり、実に風味の良い爽やかな味の為、飲むことで口の中のリフレッシュにもなる事から食後に好んで飲まれることが多い。

 前世の世界の歴史では英国が大航海時代に茶の文化をオランダ...ひいては中国から輸入し始めた初期の頃に、この茶葉を輸入したとされており、そこから緑茶ではなく紅茶を飲む文化が英国を中心に根付いていったというのを聞いたことがあった。

 このことを思い出したソフィアは、ふとある事が気になりレオに尋ねた。

 「ねぇお父様?この茶葉は一体どちらでお求めになられたのですか?とっても素敵なお茶ですけれど、いつも飲んでいるハーブティーや緑茶などとは少々色合いも風味も異なっているようなので...」

 「ん?あぁ、これは皇都に立ち寄り皇城に報告のため赴いた際、皇王妃殿下が此度の功績をお褒めくださったのだが、その時に労いの品に、と下さってな...最近、妃殿下のご生家から陛下とのご結婚周年記念の御祝儀として殿下の下に東方世界の品が多く届けられたそうなのだが、これはその内の一つだと言っておられた。私は茶の事は詳しくないが、東方の品に詳しい知り合いに聞いたところ大層な逸品だそうで、東方文化を好んでいる貴族や王族の中では昨今の政情も相まって中々手に入らない事から、貴重な品として重宝がられているそうだ。せっかくなので、お前たちと飲もうと思って木箱を開封せずに頂いた時のまま持って帰ってきたのだ。」

 「まぁ!皇王妃殿下自らの御下賜ごかし品だなんて!なぜ飲む前に言ってくださらないのですか!」

 「はぁ...そんなことをすれば、皇王妃殿下を『異様に』お慕いしているお前が『勿体なくて飲めない』等というかもしれないと思ったからだ...」

 「(やはり東方世界の品か、しかしオルタンスが異様にお慕いしているという『皇王妃殿下』とはオルタンスにとって、いったいどんな人物なのだろう?)」

 と心の中で疑問に思っていたソフィアだが、次の瞬間わざわざ尋ねるまでもなく、オルタンスが勝手に話し出してくれた。

 「異様に、などとはあんまりな仰り様です!それに皇王妃殿下をお慕いするのは当然ではないですか!あの方は私の義理のお姉様にあたるのですから!」

 めずらしく強い語調でそう言い切るオルタンス。しかし、突然の事で頭が追い付かないソフィアは理解するまでに一瞬の間を要するのであった。

 「...ええ---っ!!(はて、義理のお姉さま...義理の姉!?皇王妃が!?)」

 「ソフィア!淑女はテーブルではそんな風にはしたなく大声をあげたりしませんよ!」

 「いや、お前もさっき結構大きな声を出していたぞオルタンス?」

 「そ、そんなことは...少しはあったかもしれませんが...それでも、マナーとして良くありません!ソフィア、座りなさい」

 さらっと明かされた驚愕の事実を理解した瞬間、とてつもない驚きに身を飛び上がらせて大声を上げるソフィア。それを見たオルタンスは自分だって然程変わらない大声をあげていたのにも関わらず『はしたない』と注意をしてきた...が、幸いレオが気持ちを代弁してくれたのでツッコミを入れたい気持ちは解消されたが、それでもめげないオルタンスに促されたので取り敢えず座った。この間もソフィアはまだ信じられない事実を知って驚いたままで、顔にはありありとその内面の様子が映し出されていたのであった。

 「なんだオルタンス、まだソフィアにこの家の事について何も教えてなかったのか?」

 「いいえ?そんなことありませんわ。ちゃんと家の庭園に植えられている花の事や、入ってはいけない部屋の事、それに淑女の嗜みや礼儀作法については教えていますわ。」

 「では聞くが...私のお役目や爵位、それにこの家の皇国内での立場や親族、そしてお前自身の出自や親族といった事についてはきちんと教えてあるのか?」

 「そのように難しいことは、まだ子供には早いと思って...」

 「やっぱり何も教えていないのではないか!まさか私のお役目についても何も教えていないとは...道理で先日、久しぶりに帰ってきた時にソフィアが私に対して『興味深いものを見るような目』を向けてきたはずだ...まったく!」

 「そ、そんなつもりは...(いやあったけど!気にしてたのか...)」 

 ソフィアは、オルタンスはどこか抜けていると普段から思っていたが、まさかそんなにも大事な事を教えてくれていなかったとは思っていなかった。父の爵位や仕事についても初めこそ気になっていたものの特段何も言わないから「大したものではないだろう」...と勝手に思い込んでいた。

 しかし、皇王妃の義妹を妻に持つ者がただの貴族なわけがない。今さっき『新情報』を手に入れたソフィアには、そのことがよく分かっていた。故に先ほどからそれらの事が気になって仕方がないのであった。

 「はぁ...それでは今更ではあるが、私の口からお前とこの家に関する事について簡単にだが教えよう。」 

 「はい、お願いします」

 幸いなこに、こちらから尋ねずともレオが教えてくれると切り出してくれた。気が利く父親でよかった...と思うソフィアであった。

 「まず、この家についてだが...家名位は流石に母様から知らされているだろうな?」

 「はい、エフェレシア家と聞いております。父様の爵位などまでは聞いておりませんが...」

 「はぁ...それではまず爵位についてだが、我がエフェレシア家は五代前の当主の時代から代々侯爵家としてエフェレシア地方を統治している。」

 「侯爵...!」

 侯爵と言えば貴族の中でも最上級の分類に入る爵位だ。先ほどからそういった位を少し予想はしていたソフィアだが、その上でもなお驚くしかない程にこの爵位の持つインパクトは大きい。

 「そう、そして私の現在のお役目...役職は『枢密顧問官』であり、先日まではこれに付け加えて、『皇国軍南方方面軍司令官』の地位にも就いていた。枢密顧問官というのは、皇王陛下から国政等に関して諮問される機関である枢密院を構成する七人の貴族に与えられた官職名の事で、現在私はその中でも枢密院議長としての役割を担っている。」

 「な、なるほど...(枢密院議長だと!?国政の中枢のトップじゃないか!まさかこれ程とは...)」

 段々と分かってくるこの家の『家格』に思わずソフィアの体が身じろいだ。『なんという家に産まれてしまったんだ』と。

 「そして先ほど言ったもう一つの役職については、読んで字の如くの意味だが...その役目は先日、敵方との和約が結ばれ終戦したことによって軍団が解散されたため任を解かれて終えた。」

 近代軍隊だけを知る者は、戦争が終わると軍団が解任されるというこの仕組みに違和感を覚えるだろうが『常備軍』のない時代にはこれが常識である。常設の軍隊などというものができたのはつい最近の事だ。いや、厳密には古代ローマにおいても常備軍は存在したのだが...少し話が逸れるためここでは割愛する。

 話を戻すと、絶対王政の時代になる前の封建制の色が強い時代においては常備軍は存在せず、君主から領土を与えられた封建領主がそれぞれ有事の際には軍隊を形成したりして君主の下に馳せ参じ、王の指揮系統下に(少なくとも基本的な建前上は)全ての諸侯の軍隊が置かれる、というのが基本的な軍隊組織の構図だった。

 恐らくこの国は、まだ封建制度の色が強い国家であり、常備軍も存在しないか有るとしてもごく小規模な物に違いない。だから有力な貴族を招集して戦争をしていたのだろう。

 「ここ数年間お父様がお家にいらっしゃらなかったのはそのお役目の為ですか?」

 「あぁ、お前には寂しい思いをさせてしまったが...恐らく暫くは大規模な戦争も起こらないだろうから、これからは一緒に暮らせるだろう。」

 不器用ながらも微笑みを浮かべてそう言ってくるレオに、最初抱いた印象とは随分違う家庭的な一面をソフィアは垣間見た気がした。

 「それで...さっき言ってたお母様のお義姉様が、皇王妃殿下だというのは...?」

 「む、あぁそうだった。オルタンス...お母様は前皇王の第三皇女で、現皇王はお母様にとっては兄君にあたり、私にとっても義理の兄上...ということになる。」

 「ほぇー...」

 我ながら間抜けな声を出してしまった...と思うソフィアだったがそれも無理はない。なにせ今の話が意味することは、この家は現皇室の親戚にあたるということだ。この国の継承権についての規定は分からないが、もし臣籍降嫁をした女系の継承が認められているのなら母オルタンスは継承権を持つ皇族であるわけだ。それに、もしそうでなかったとしても現皇王の義理の弟であるレオは恐らく現在皇国内では最高格の臣下といえよう。

 例え相手が『公爵』であったとしても、その家が現在の皇室と近縁の間柄ではない場合には臣下としての『格』は『侯爵』ではあるがレオに軍配が上がる可能性は大いにある。なぜなら、確かに爵位は上下関係を規定する重要な指標だが、封建制の国家において侯爵や公爵といった称号は、単に『その土地を統べている一族の当主』という事を現しているに過ぎない場合が多いのだ。だから伯爵位までの者同士ならともかく、侯爵位以上の者同士ともなれば、『格』の違いを決めるのはその『血』がどれだけ『現皇(王)室』と近いかという事に係ってくるだろう事は、前世の歴史における王族や貴族の婚姻関係と政治の関係史をよく覚えているソフィアにはよく理解できた。それこそまるで、()()()()()()()()

 「という事でこれを踏まえてお前自身についても言及しておくと、お前はエフェレシア侯爵家長女であり、現ウラノス皇国皇王陛下の実の姪であるという事になる。」

...前言撤回しよう。ソフィアは自分の事のように、ではなく、『()()()()()()()』身分に関する重要なこの情報の意味を深く理解したのだった。

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