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第三話 最初の疑問とぬか喜び

 最初は死んだはずの自分が何の故あってか、小さな女の赤子の『ソフィア』として転生したことに大層驚き、困惑した彼...もとい彼女だったが、その後の生活でこの世界についての知識が増えるにつれその驚きと困惑は、ますます大きなものとなっていくのであった。以下に、彼女がどのように悩みながらあふれ出る疑問と格闘しこの世界について理解を深めていき現在まで辿り着いたのかについての軌跡を辿ってみるとしよう。

 まずこの世界に対する彼女の疑問は、まだ言葉を発しかねてる最初の頃は何やら古風な...もっと言えば不自然なほど電化製品など近代の発明品を使わない、それこそ本の中でしか見られない中世~近世のいわゆる産業革命以前の欧州人のような暮らしぶりの変わった家だなと不思議に思うところから始まった。自分が『現代以降』に産まれなおすという前提に立ったこの考察は後から考えれば、視野の狭い滑稽なものに思えたが何せ()()()()()()である。経験のない彼には自分の知りうる現世の知識の中で、手探りで自分の置かれた状況を理解するしかなかった。

 始めに思いついたそれに対する推察は、この家やもしかするとこの地域一帯の住民は俗に言う『アーミッシュ』の人達なのではないかということだった。アーミッシュならば近代以前と同様の生活をしていても何ら不思議はないし電化製品等の近代発明品を見かけもしないのも納得できる。もし、アーミッシュならば主な居住地域から考えて、ここは米国のオハイオ州・ペンシルベニア州・中西部ないしカナダのオンタリオ州のうちの何処かである可能性が高いな...などと考えた所で、よく考えるとその考えだと、説明がつかないおかしな点がいくつもあるということに気が付いた。

 まず最初に、もし本当にアーミッシュならば、使用言語はペンシルベニアアレマン語を主とするアレマン諸語...すなわち『ドイツ古語系』か、外界とのコミュニケーションの為に用いる『アメリカ英語』かのどちらかである筈である。にも関わらず、ここで話されている言語はというとそのどちらでもなく、どちらかというと『フランス語』に近いものであった。ただ、フランス語に近いとはいっても通常使われている現代フランス語とは少し違い、強いて表現するならば中期フランス語と古典フランス語をベースにしつつラテン語系の影響を受けたような言語であった。前世では多種多様な言語の文献を読んだりするために、古今東西、数多くの言語に精通した彼女であったがこのような言語ないし方言は聞いたことがなかった...が少なくともアーミッシュがこのような言語を用いているという可能性は低いということは考えられた。

 次に、おかしな点として目立つのは家の造りだ。意識を取り戻してから最初に見た部屋...後に自分の寝室と分かったが...がアンティーク調の華美な趣きの造りであったことは以前見た通りであったが部屋を見て彼は自分の推論との『ズレ』に違和感を感じていた。あれから時間が経ち家の中の他の場所を見る機会を得るとさらに疑念が強くなった。観察の結果この家は、他の部屋や廊下・庭など何処を見ても芸術的で素晴らしくエレガントかつ華やかな調和のとれた装飾の屋敷であり、その大きさと華美の度合いは明らかに一般人の邸宅にしては度が過ぎたものであった。更には少なくない使用人が屋敷のあちこちに居ることなども考えると、この家はどちらかというと富裕層や昔ならば貴族といった経済的に恵まれた立場の人間の邸宅といった様子であった。

 この荘厳な邸宅が『アーミッシュ』の暮らしぶりが極めて質素であり、その大家族主義的なコミュニティの深い互助関係と家を建てる時には親戚・隣近所が集まって取り組む、といった習慣・考え方が存在するという事実と相容れないものである事は、前世でアーミッシュについて調べたことのあるソフィアの目には一目瞭然だった。

 ここまで考えてソフィアはこの家はアーミッシュではないことを半ば確信しつつ、であるならば一体ここは何処でなんでこんな生活をしているのか?と新たに疑問を抱いた。次に思いついたのは金持ちが道楽でこのような暮らしをしているというものであったが、それにしては言語まで独特なものを使っているという徹底ぶりに付け加え、屋敷で働く使用人達全員が屋敷本館に隣接する使用人宿舎にほぼ一年中住み込みで働いているという事を知ると、この可能性も低いと考えるようになった。...普通に考えて現代人が休みも貰わずにこんな電化製品もないような妙な屋敷に仕えるわけがない。福利厚生には乏しそうだし仕事内容も極めて時代錯誤の可笑しなものなのだから、少なくとも先進国ならば余程の物好きでなければ就職しようなどとは思わない筈だ...しかし、この屋敷には多くの使用人が居る。これは彼女にはなんとも理解しがたく、現状の推論では説明のつかない奇妙なことであった。

 そこで彼女がここまでの事を総合して考えた最終的推論は、ここが現代ではないという仮説だった。ソフィアはこの考えでまず間違いないと考え、「場所はどこか分からないが生活様式や言語の発達度合いから考えて、中世から近世のフランス語圏の何処かであるに違いない」と当たりを付けた。であるならば、この時代・この地域には甘味があることは間違いがなく、また、この家の豪奢さからこの家は貴族か大商人などの類であるだろうとも考えた。予想している時代、庶民では中々甘味を口にすることは難しかろうがこの暮らしぶりならそれも問題はないだろうと結論付けた。二度と食べられないと思っていた多くのアントルメ(西洋のデザート)達と再会できる公算が大きくなったことで彼女はこの時、再び生を受けてから初めて『歓喜』という感情を覚えた。

 この時彼女はまだ乳幼児の身分であったから、「暫くは我慢せねばならないがあと何年か経ちもう少し大きくなれば、甘味を食べる『幸福な機会』を与えられる可能性はかなり高いだろう」と心の中で思いつつ、であるならば問題を起こして修道院送りなどにされたりしないように『優秀な良い子供』を演じて見せようと決心するのであった。

 ...しかし、そう遠くない未来にこれは誤った認識の中で生まれた誤算...所謂ぬか喜びに過ぎなかったのだという事が判明するのだが、この時のソフィアはそれを知る由もないことだった。

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