第二十三話 物差しの話と目的地到着
そうこう話しながら二人は随分な距離を歩き、周囲の建築物や街の様相も少しずつ変わってきていた。
宮殿区から出てしばらくの内は、さながら首都の中央区…現にそうなのだが…といった感じで、豪華で権威的な作りの建物が数多く見受けられた。具体的には、商館などであろう…大きな商業用施設らしきものや役所らしき立派な建物、それに教会か修道院などであろうか…宗教的な要素の強い壮麗な建物などが整然と立ち並ぶような景色が街道沿いに広がっていた。
つまり、行政・宗教・商業・金融といった分野の重要な施設が多く立ち並ぶ、正に大都市の中枢的な市街がそこに広がっていたのだ。
しかし、歩くにつれてそのような建物も数は減っていき、今はそのような豪華な造りの建造物は殆ど...いや全く見当たる事はなくなった。
今見える範囲にあるのは、大きくても小規模な商館や酒場や宿屋で、大多数の建物はパン屋や種々の食料品店に衣服屋などといった日常生活に必要な物資を売っている小規模な商店であり、ソフィアとしてはこの区域はそういった『市民生活に必要不可欠かつ生活に密接した商業店舗が立ち並ぶ商業区なのだな…』といった印象をうけた。
無論、この印象は正しいものであり、ここ旧市街の北端から新市街北区の入り口にあたる一帯は、皇都中央に位置する旧市街の行政区と市民の住宅地が多く立ち並ぶ新市街区を分ける地点として中間に存在する商業区…それも市民向けの小売業種と旅人向けの宿泊業種といった二つの業種が中心の…となっているのだ。
つまり、ここが皇都市街北部の個人相手の商業の中心地であり、同時に最も人が行き来する場所の一つでもある為、先ほどから人や物の往来が激しく、また大通り周辺の空気は活気に満ち溢れていた。
「すごいものですね…さすが皇都、物資と人の流れの量がまさに桁違いです…」
素直に驚きながらソフィアはそう言った。
というのも、ひっきりなしに車道を行き交う馬車や荷馬車に、商店に買い物に来た近隣住民であろう人達や、皇都の外から来たであろう旅用の装束を身にまとって大きな荷物を背中に担いでいる人達など大勢の人々が行き交う歩道...といった感じで大通りはどこもかしこも『人と物と活気』で満ち溢れており、この世界に来て以来これほど多くの人だかりを見たことのなかったソフィアはその迫力に少々面食らってしまったのだった。
「ふふ...確かにここ、マルシャンディーズ通り沿いの商店街は皇都でも3本の指に入る繁華街だけど、皇都の東に位置する港街はここよりも更に人出や荷の数が多いし、その南側に広がる金融街は荷の数こそそこまで多くはないけれど、公的書類や商業上の契約書類、それに手形や証券書などその他多くの書類運ぶ郵便馬車がひっきりなしに大通りを行き来してるし、両替商やお金の貸借をする商人や貴族の使い人なんかが一日中通りを忙しなく駆け巡っていて人の往来は皇都内でも一位二位を争うほどらしいわよ?
あの街は他の街とはまた違った賑やかさがあるってみんな良く言うわね...私は金融街の方にはあまり行ったことはないからよく分からないのだけれどね。
それに皇都西部の大学街に通じる大通りなんかもここに引けを取らない活気があるし、週の終わりに皇都南部の郊外で開かれるバザールでは他の場所ではない位、たくさんの食料品や雑貨類なんかが出回って、皇都市民やお忍びの貴族で郊外の『大街道』はごった返しになっちゃうのよ!すっごく楽しいから一度ソフィアも行ってみるといいわ!」
「はぁ...あ、はい。またお忍びで行けそうなら行ってみようと思います。それにしても...やはり皇都ってすごく大きな都市なんですねぇ...」
ここが皇都の商業の中心地だと思っていたソフィアとしては今の話は脱帽ものだった。ここも繁華街ではあるがここよりも活気に満ちた街が皇都には少なくとも2つ以上存在し、同じくらい栄えた場所も他にあったり更には常設ではないとはいえそれらの商業区よりも更に賑わいを見せる市が開かれるというのだから驚くほかない。
人口もソフィアが当初予想していたより多かったし、都市の規模もアリスが言っていた通りであれば前世におけるパリやフランクフルトといった大都市の近代発展前の姿に近い面積を誇るほど、相当な大きさであることは言うまでもなかった。
...中世から近世程度の技術力なら都市や産業の規模も前世における当時の西洋世界と変わらない比較的小さな城壁都市のようなものが多いのだろう...などと知らず知らずのうちに決めつけていたソフィアであったが、なにもそうであるとは限らないのだという事を完全に彼女は失念していた。
なぜなら、かの城壁に囲まれた小さな都市が多く生まれた原因は、そもそも騎馬民族や遊牧民族などの所謂...蛮族の襲来に備えたものであったわけで、この世界のこの地域でもそのようなリスクが存在するとは何も限らないではないか。
更に、城壁が存在したとしても地域や国全体の人口規模が違えば当然そこに存在する都市の規模も異なってくるのは当然と言える。...ソフィアはこの世界に来てからずっと思っていたがこの地域は一年を通して比較的温暖な気候が長く続くようであるから、土壌や水、それにそもそもの植生などが整っているのであればかなりの食糧生産が可能なのであろうな...と考えていた。ここまでの人口規模を支えるには当然ながらそれ相応の食糧供給が出来なければいけない。
しかし、この都市は現に間違いなく動き続けているし、市民が飢えている様子も全く見受けられない。という事は間違いなくそれだけの食糧が生産されこの街に供給されているのだ。
そしてそれは恐らく、この都市に入る前に見たあの広大な穀倉地帯によって可能となっているのだろうことも予想がついていた。
このように、以前の世界と同じ尺度で見ようとすると驚いてしまう事も、環境の違いを理解しさえすればそれほどおかしなことではないのだという事がよく分かる。
つまり、大きい・小さい、多い・少ない、といったものは全て定量的な物ではなくあくまで基準となる物差しと比較して感じる主観や感想に過ぎないのだ。
故に環境そのものが違うのであればその物差しで物事を考え続けるのは必ずしも賢明ではないのだという事をこの時ソフィアは改めて認識したのであった。
...それからもアリスに手を引かれ、他愛もない話を繰り返しながら北に向かって歩き続けたソフィアだったが途中で横道に入り、住宅の立ち並ぶ小さな通りに入って暫くするとアリスが立ち止まったので斜め前に居る彼女の方を向いた。
するとアリスは右手に見える一軒の庭付きの大きな家...の敷地内に隣接された小屋...ないしは大きめの蔵のような建造物を指さしながら言った。
「あそこが目的地...私の友達が居る、彼女の小屋よ」




