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押し寄せる波


 例え8つの頭があろうとも、例えそれぞれの頭が違う攻撃をしてこようとも、巨体を活かしきれてない、天井まで15mくらいしかないダンジョンの階層じゃ、そこまで驚異は感じない。


「コイツのせいで後続の魔物達が遅れまくってんだ、そこだけは感謝だよ」


「とりあえず魔石を渡しとく、何かあったらすぐに使えよ」


 軽く作戦会議も終わって左右に散開するつもり、同時に二方向から挟み撃ちだな。


 と言っても、俺やペインなんか、コイツにしたら羽虫程度の物なんだろう、水球を作り出してる頭は、ずっとベトベトの壁に向かってる。


 付近で暴れていた魔物達はコイツに食われて少し離れたらしい。2階層分くらい他の溢れた魔物達は遅れてるそうだ、だけどそんなに時間は残ってない気がするな。


「魔石の在庫はどんくらいあるんだ?」


 渡した魔石はゴブリンの上位種の魔石を含む、村で集めた大型魔物の魔石。


「そんなの腐るほどあるぞ、もう少しで背中の魔法鞄がいっぱいになるからな」


「そりゃ頼もしい。んじゃ行くか」


 そう言って先にベトベトの壁の穴から飛び出したペイン。昔は移動するのはそんなに早くなかったんだけど、体重移動を使った走り方は、重鎧を着込んでても普通の冒険者なんかよりずっと速い。


「あっ! 置いていくなって」


 そんなペインを追い掛けて俺も飛び出す。

俺が目指すのは水球を作ってる頭。もちろん腐り魔法で邪魔してやる為に。


 俺もペインも打ち合わせ通りの場所まで上手く巨体を避けて到着。ペインが打ち上げた光魔法の玉を合図に左右からでかい胴体を、2人でほぼ同時に、自分達の出来る限りの最大級の攻撃を喰らわす。


「ほーれ、こっちだ! こっちを見ろ!」


 とんでもない爆音がして、ペイン側の頭の付け根が1本吹き飛んだ。直径3mはありそうな火を吹いてる頭が地面に落ちる。


 俺の方は最大級の腐り魔法を纏わせたエストックで華麗に一突き、そこを起点に水球を吐き出す頭が重さを支え切れなくて地面に向かって項垂れる。


「ライル、頼んだぞ」


 ペインはそのままヤマタノオロチを殴り続ける。

俺は残りの6つの頭を誘導して走り回る役目。


 強烈な再生力でちぎれ掛けた部分が再生していくヤマタノオロチの胴体の上を、狙って来る頭を避けながら右に左に縦横無尽に駆け回れば、1分に1度くらいだろうか、ペインの最大級の攻撃が炸裂する音が聞こえる。


 そんな事を5分くらい続けたら……


「よっしゃ、こんなもんだろ」


「これでしばらくはもつか」


 ヤマタノオロチの8つの頭が絡まったんだ。


「ぐちゃぐちゃに絡まってんな」


「それが狙いだったからな。水球を吐く頭を後ろに向けるのが面倒くさかったよ」


 とりあえずはここまで。俺達2人の火力じゃ、どう足掻いても8つの頭を同時に落とす事なんて出来ないから。同時に落とさないと何度でも再生しやがるし。

同時に全ての頭を破壊しないと死なない魔物とか、しちめんどうくさい。


「休憩でもしとくか」

「残った魔石で障壁でも作っとくよ」


 ベトベトの壁の後ろに展開されてるペインの義父さんの障壁魔法に重ねるように、魔石を配置してペインが障壁を作り出す。


「懐かしいなそれ」

「んあ? お前の目の前で使った事なんてあったっけ?」


 魔石を使って、とんでもなく硬い障壁魔法を作り出すペインが驚いてる。


「学生時代の実習の時、いつもテントがそれだったろ?」


「ああ、ルピナスが作ってたな」




 それから丸1日くらいだろうか、ヤマタノオロチの体が解けそうになったら再度絡ませに行って、絡んだら休憩を繰り返してたら、後ろから声を掛けられた。


「何よ、大急ぎで来たのに案外余裕そうじゃないの」


 少しむくれたルピナスさんだ。


「おまっ! 妊娠中なんだから入ってくんなよ」


 この間抱いてた赤子は、あの日護民官屋敷の前に捨てられた子供だったらしい。で、今のルピナスさんは2人目を妊娠中。


「私はただの道案内よ、本命はあっち」


 そう言いながらも、ペインの作った障壁を次から次へと、自分の作った障壁を重ね合わせて補強していくルピナスさん。


 さすが当代一の障壁魔法使いだ。1回の障壁魔法が厚さも範囲もとんでもない。


「あら、結構いい魔石を使ってるのね。これなんか相当な品物だわ」


「そりゃライルに貰ったやつだよ」


 俺が渡した魔石を拾い上げるルピナスさん、おもむろに自分の魔法鞄に魔石をしまったと思ったら……


「こんなの勿体ないわ、クズ魔石で十分よ。ペイン、まだまだ修行が足りないわね」


「へいへい」


 あれはゴブリンの通常種だろうか、そんな感じの形の悪い魔石を魔法鞄から取り出した。


「このクラスの障壁なら、この程度の魔石で作れないと護民官失格よ」


 そんなルピナスさんの呆れ顔とほぼ同時に……


「あれぇ〜ライル君じゃないですかぁ〜」

「おーい、ライル君。助けに来たよー」


 バショーに乗った姉さんと、その手綱を引くカルロさんが見えた。


 その後ろからトムとシャロンとミカも着いてきてる。


「ライにい、でっけーなそいつ。そんくらい大きかったら、殴りごたえあんだろうね」


「ペインさん。私、ルピナス姉さんの妹になる」


「ねえ兄ちゃん先生、コイツらいくら言っても聞いてくれないのよ、何度も引き止めたんだよ」


 そんな3人の中でシャロンはいったい何があったんだろう……シャロンがルピナスさんを見る目がキラキラ輝いてる。


 目の錯覚じゃ無いはずだ、キラキラ輝いてる。


「ああ、懐かしいね。ヤマタノオロチだ。毎回コイツのせいで攻略が先に進まなかったんだよ」


「大きい蛇ですねぇ〜。コロスコロスとしか言いませんし、お仕置きしてあげないといけませんねぇ〜」


 突然賑やかになったのは俺達だけじゃない。


「おお、きたきた。あれが本隊だな」


 魔物の方だってえぐい数押し寄せてくる。


「あれ? 応援って2人だけ?」


 手の空いてる大人達って言ったのに……


「ああ、私達2人がトム君に聞いて、こっちに来ようと人を呼びに行った時に、渓谷が溢れたのを討伐した直後だったから……みんな飲んだくれててさ……」


「皆さん「もう飲めない」なんてうわ言のように繰り返しながら、酔いつぶれてましたねぇ〜」


 マジか…………


「ライにい、あのサイズならオイラでも大丈夫」

「私だって得意よ、ちっちゃくて当てづらい小物と違うもの」


 トムとシャロンか……まあ大型魔物なら2人も大丈夫か……


「お子様は見学ですよぉ〜」


 バショーから降りてバショーを帰還させた後に、カルロさんと自分を包むように召喚魔法の魔法陣を展開した姉さん。


「あの時は倒せなかったが、今はレイラさんが居るからね」


 そんなカルロさんの言葉と同時に……


 羽の付いた聖銀の鎧に包み込まれる2人。


 姉さんはガラスの大剣、カルロさんは聖銀の篭手を付けてる……


「美味しそうな蛇ですねぇ〜焼いて食べるのがいいかしら?」


「はははっ。レイラさん、ダンジョンモンスターは死骸が残らないんですよ」


 そして2人は、まるで森に散策に出かけるように、軽い足取りで魔物達へむかって行った。




「すげえな」


 ペインはずっと凄い凄いしか言えてない。


「戦いが美しいと思ったのは初めてだわ」


 ルピナスさんは感動してる……そこまでか?


 まあ、姉さんのあの姿は、動く度にキラキラ輝く何かが周りを淡く照らすもんな……花火みたいで綺麗と言われたら綺麗なのかもしれない。


「カルロおじちゃんも凄いね、なんであんなの投げ飛ばせるの?」


 ミカはカルロさんが持ち上げて投げ飛ばす大型魔物を見て疑問に思ったようだ。


「そんなの毎日の事だから出来て当たり前だろ」


「素材を取る事を考えなきゃカルロおじちゃんも強いんだよ」


 そんな疑問に答えるちびっ子2人。


 この場に居る俺以外の人間は知らないだろうから教えとこう。


「あのな、うちの姉さんってさ……」


 うちの姉さんって……


「勇者と聖女の教え子の中でも最高傑作って言われてる直弟子だぞ、とんでもない村の大人達の中でも、確実に上位に入るぶっ飛んだ人なんだからな」


 勇者と聖女に直接指導を受けた、勇者や聖女が50代の時の直弟子、この国では伝説の英雄扱いの勇者も、聖神教では唯一神扱いの聖女も、全てを伝えきれた弟子なんてのは、姉さんしかいないらしい。


「マジか……」


 曰く剣の一振りで海を割った、剣の一薙で山を切った、気合を入れたら雲が吹き飛んだ、そんな事を言われてる勇者。


 曰く聖女の力で死人が蘇った、聖女の清らかさで毒で汚染された街が綺麗になった、ただ祈っただけで明けない夜が昼になったとか言われてる聖女。


 そんな2人が現役を引退した後に指導者になって、最高傑作と太鼓判を押したのが、俺の姉さん。レイラ・ポンセ。


 姉さんと模擬戦をしても、毎回俺が勝つのは、姉さんが手を抜いてくれてるからだと思ってる。


「姉さんが着てる鎧なんて、魔王と戦った時に聖女が着てたやつだし、カルロさんの鎧だってその時に勇者が着てたやつだぜ」


 姉さん家に保管されてる勇者と聖女の聖銀の鎧。

レプリカなんかじゃなくて、本物なんだよ。


「それに姉さん使ってる剣も勇者の剣だし、カルロさんの付けてる篭手は勇者パーティーの格闘家が付けてたやつだ」


 あの二人の所持品の殆どは、出す所に出せば国宝扱いされるような品物ばかり。

勇者や聖女の遺物の殆どを受け継いだのが、姉さんなんだ。


「あの羽って見かけだけじゃ無いんだな……」


 背中に付いてる羽は、少し魔力を込めると鳥のように羽ばたいて空を飛べる。


「一振毎に光を跳ね返して輝く大剣って……本物を見れたのは一生の宝だわ……」


 驚くペインとルピナスさん。


「あんなの村に住んでたらちょくちょく見れるよな」


「美味しそうな魔物が居たら、いつもレイラ姉ちゃんが使ってるもんね」


「あんた達って何者なのよ……」


 ちびっ子達の反応も面白い。


 あっ。ヤマタノオロチの首が全部落ちた……


「よし! アイツさえいなきゃ俺も戦えるぜ、ルピナス護りは任せた」


「はいはい。仕方ないわね」


 ルピナスさんの障壁魔法を鎧に掛けて貰うペイン。


「オイラも行くよ、ちっちゃくて当てづらい小物ばっかりでストレスマックスなんだよ」


「私も行くわ、トム1人じゃすっ転んで怪我をするのがオチよ」


 やる気まんまんのトムとシャロン。


「お前ら姉さんやカルロさんに巻き込まれるなよ。ミカ、飯の準備でもしておこうか」


 そんな3人を見ながら、俺とミカで食事の準備。

かまどでも作って、温かいスープでも作ろうかな、材料は腰の魔法鞄に入ってるし。


「あら、私も手伝った方がいい?」


「いや、大丈夫だ」「姉ちゃん先生は料理しちゃダメ!」


 ミカと意見が一致した。


 そんな俺達2人の言葉を聞いて、少しむくれるルピナスさんと、似たような事を言って、顔を付き合わせて笑う俺とミカ。


 壁の向こうから聞こえて来るのは、魔物達の悲鳴と攻撃時の炸裂音。


「ルピナスさんは妊娠中だろ。座って待ってな」


 とりあえず、ルピナスさんのフォローくらいしておこうかな。






読んで貰えて感謝です。

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