トラウマ
誰にでも苦手な物くらいあると思う。
たまたま村の北側の斜面を散策してた時に見付けたカピカピしてる地面。
そこを通った魔物が、俺が唯一苦手とする魔物。
「2週間以上前だね。前回雨が降ったのが18日前だったから、それよりは最近って感じかな」
毎日の天気や気候を細かく日記に残してたカルロさんが居てくれて助かった。
「川の向こうまで追ってみますか?」
「それはやめとこう、川の向こうは北の伯爵領だから何かあって向こうに迷惑を掛けても悪いから」
そんなカルロさんの言葉に胸を撫で下ろしてる俺がいる。
「腐肉食いが死骸も無いのに、なんでこんな場所を通って行ったんだろうね……」
ゾンビナメクジ・腐肉食い。俺がまだ小さい頃、1度だけ襲われた事があるんだ……
大人達が見付けてくれた時には頭を強く打って気絶してたらしい。
因みに、腐肉食いはその名の通り腐肉しか食わない。今考えてみたら、死肉や腐肉しか食わないんだから、焦らずにその場から離れたら良かったなんて後悔してる。
まっ6歳の時だから、そんな判断力なんてなかっただろうけど。
「ゾンビ化した大ナメクジの考える事なんで分からないですよ」
「それもそうだね……」
腐肉食いと呼ばれるナメクジゾンビってのは、王国中何処にでも居る、サイズは大小様々だけど、南部、西部、王都圏だと、最大級の奴がウロウロしてたりするんだ。
「でも、このサイズの腐肉食いが通ったのに気付かないなんて有り得るんでしょうか?」
ちなみに、今回見付けた通った跡は最大サイズ級。
カピカピになってる地面を見たら、渓谷からまっすぐ北に向かって伸びてるのが分かる。
「皆の監視を抜けられたのには驚くけど、生き物に実害なんて無いんだから、そんなに考える事でも無さそうだけどね」
カルロさんの言う通りだけど……
腐肉食いが生き物に触れても、ただヌメヌメした少し臭い体液が付着するだけ、水で洗えば綺麗に落ちるし、木や草に付いたところで、雨が降れば元通り。
むしろ雨が降った後、腐肉食いの体液と雨が混ざって、草木には良い肥料になるらしく、数日経てば青々と成長したりする。
「カルロさぁ〜ん、ライルくぅ〜ん。お昼ですよぉ〜」
姉さんの召喚した魔銀の鳩、使い魔タイプの召喚獣に呼ばれた。呼ぶ声は、姉さんの声をそのまま録音しただけだから、銀色の鳩から聞こえて来ると違和感が凄い。
俺の小さい頃は昼飯なんて概念すら無かったんだけど、いつの間にか、時間が取れるなら昼食を食べるなんて習慣ができてた。
んで、今日の昼飯は常日頃から楽しみにしてた、沼に放ったエビが材料。
「カルロさんのおかげで、村でもパンが食べられるのは嬉しいですね」
「どうしても私が馴染めなかった唯一の食べ物だったからね麦飯が……」
村に小麦粉を流通させてくれたカルロさんに感謝。
俺の育ててるエビと合わせたら、揚げ物にできるし、揚げたエビカツをパンに挟んで食べる事だって出来る。
「でも、利益くらい取った方が良くないですか?」
村で集めた魔物素材を卸に行く時に、ついでだからと購入して来るらしいんだけど、輸送料とか考えたら多少は利益を取っても良いと思うんだ。
「私はまだ渓谷に入らせて貰えない程度の役立たずだからね、そこくらいは村の役に立ちたいんだよ」
そんな事を言うカルロさんだけど「怪我でもされて出納係を休まれたら、村人皆が困る」とか言われて、渓谷に入らせて貰えないのを知らないんだろうか?
そんな事考えながら、沼の近くに召喚された立派なキッチンへと向かう。
魔物の肉を沢山食べて成長しまくったブラックライガー達、貰った時は30cmくらいだったエビが、大きい物だと50cmくらい、たぶん沼で産まれたんだろうやつでも25cmくらいに成長してた。
そんな大きさに育ったもんだから、そろそろ食べても良いかな? と思い、50匹大きな奴を潜って取ってきたんだ。
「おにいふぁん、どうしへこんなおいふぃいを野ふぉだまってたのふぉ」
口いっぱいに塩焼きされたエビを頬張る我が妹、何を言いたいのかはわかるけど、分からないフリをしておく方が吉。
「飲み込んでからな、とりあえず俺も1匹……」
串に刺さった焼けたエビの殻を剥く、熱々で火傷しそうだけど、そこは我慢。美味しく食べたいからな。
「うめぇ……」
1口食べて美味さに感動。村の近くで取れる岩塩をまぶしただけの焼いたエビだけど、岩塩との相性がバッチリだったのか、サウスポートで食べた時より美味く感じる。
「やっぱりブラックライガーは魔物肉で育てるに限るね、天然物となんら変わらないくらいに味が濃いし、これは良いお金になりそうだ」
ん? なんか気になる事をカルロさんが言った気がする。
2本目のエビ串に手を伸ばしながら、気になった事を聞いてみる。
「天然のブラックライガーって魔物を食べるんですか?」
俺の聞いた事に、キョトンとしてるカルロさん。
「ブラックライガーってのは沼の掃除屋って東部で呼ばれる、水辺に近付いた魔物を食べちゃうエビの総称だよ」
なんと……知らなかった。と言うかサウスポートの人達にも教えて貰ったことは無い。
「東部だったら一般的な食べ物なんですか?」
「そんな事ないよ、私の知ってるブラックライガーは1mくらいに成長するエビだからね」
1mだと……それは食べ応えがありそうだ。
村中から時間に余裕のある人がエビを食べに来た。
足りなくなったから潜ってエビを取ろうと準備中。
ひと月ぶりくらいに切る全身タイツや黒い靴、そんなに時間は経ってないのに、なんかこの時点で懐かしい。
「なんかおじいちゃん達みたい」
俺の黒タイツ姿を見て、そんな事を言ってくる妹だけど……
「南部に行ったら港に沢山いるぞ、今流行りの漁師服なんだからな」
今着てるのは、旅立つ前にクルトさんに貰った最新の黒タイツ。カルラが付与した装甲強化を2重に重ねがけしてる、最高峰の防御力を持つ黒タイツ。
なんでこんなのを着てるのかって聞かれたら、エビにたかられて食われないように。
ひとしきり村人の襲来も収まった頃、父さんと母さんもエビを食べにやって来た。
「70年ぶりに食べるが、懐かしい気持ちになってしまうな」
「あの頃もこんな感じで焼いて食べてましたね」
2人で1つの焼きエビを剥いて分けて食べてる父さんと母さん、森を出て、何処かに行くなんて滅多にない2人だから、食べた事があるのがびっくりだった。
「2人共若い時は国中を旅してたんだよね?」
ナイス、アイリーン。俺の聞きたい事をそのまま聞いてくれるなんて珍しい。
「行ってない場所なんか無い程に色々と旅して回ったぞ」
アイリーンの質問に答える父さんと。
「当時のパーティーメンバーが、無言で突然湖に入って巨大なエビを捕まえて来ましたね」
エビを見ながらアイリーンに答える母さん。
そんな、懐かしそうな目をする2人、あんまり若い時の話はしてくれないんだよな。
少しだけ懐かしい話で盛り上がった昼食、最初から最後までずっと焼きエビを食べてるアイリーンなんだけど、何処に入るのかって程に食いまくってた。
「ふぅ……やっと食欲が落ち着いた」
服の上からでも分かるほどに腹が出てる。
そんな妹を見ながら呆れてたら……
「お兄ちゃん達は今日何してたの?」
「北の方で腐肉食いの通った跡を調べてた」
午前中にやってた事を報告。
「腐肉食いかぁ。アイツ苦手なんだよね、矢も効かない、魔法も効かない、斬撃も打撃も何一つ効かないとか、どうしろってのよね」
「別に実害は無いんだから、ほっとけば良いんじゃないか?」
生きてる限り害は殆ど無いもんな……でも……
「ああ、そうだ。一つだけアイに謝っておきたい事があるんだ」
俺が小さい頃に、自信を全部無くした出来事。
「何それ? なんかされたっけ?」
「小さい頃に腐肉食いに襲われた事があっただろ? あの時は、お前を置いて逃げ出そうとしてすまん」
ずっと胸に引っかかってた出来事。怪我した頭の治療でバタついて、謝る機会も無く都会に出てしまったから、いつか機会があったら謝っておきたかったんだ。
でも、頭を下げた俺に向かって妹が言ったことにびっくり……
「何それ? 私って腐肉食いに近付いた事なんて1度もないよ、臭いじゃんアイツって、風下にすら行きたくないんだけど」
「俺が6歳の時にさ、2人で森で遊んでる時に腐肉食いに襲われただろ? 覚えてないのか?」
所々抜けてるけど俺は覚えてる。
『アイちゃん、怖くなんかないよ。ちゃんと僕がここにいるから』
逃げ出そうと1歩踏み出したんだ……
でも、後ろからライ君って聞こえた。だから踏みとどまって背中にアイリーンを隠して腐肉食いの前に立ち塞がったはず。
その後のことは頭を強く打った影響で、断片的にしか覚えてないんだ。
でも、あの時、アイリーンを置いて1歩でも逃げ出そうとした事、今でもトラウマだ。
二度とあんな事が無いようにって、日々考えて生きてる。
「はあ? お兄ちゃんが6歳ってアイは3歳だよ、森に入らして貰えると思ってんの?」
あれ? そう言えばそうだよな……
「たしかお兄ちゃんが頭を打って数日目を覚まさなかっ時の事だよね?」
「多分それ」
治癒魔法で怪我は治ったらしいんだけど、5日くらい目を覚まさなかったらしい。
「あの時は村に帰って来てびっくりだったよ、お兄ちゃんが動かなくなってたんだし。私ってあの時おばあちゃん家に遊びに行ってたよ」
え? どう言う事だ?
「頭を強く打ってたって後で聞いたけど、寝てる間に夢でも見てたんじゃないの?」
そうなのか? でも覚えてる部分は鮮明に思い出せるんだよな……
「まあ良いや、ごめんなさいって思うんなら、私に泳ぎ方を教えてよ。自分で潜って取ってきたいから」
小さい頃からずっと悩んでた事が、呆気なく解決して拍子抜けしてしまった。
だから……
「ああ、別にそれくらなら良いぞ」
なんて、後にめちゃくちゃ後悔するような事を軽く了承してしまった。
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