狙われた
狙われてますよ
昨日の夜は皆が僕の為に勉強会を開いてくれた。
身分制度を全く理解してないのは僕だけで、講師は代わる代わる皆が勤めてくれた。
「つまりハンセンは、この国の中で5番目に偉い人なの?」
一番偉いのは王様で、その次が王妃様、3番目が大賢者で、その次が王太子様で、次が年齢で言うとハンセンなんだって。
「一応だけど王女殿下が成人すれば継承権を持っている王女殿下の方が立場が上になる。だけど今は継承権を持ってないって言ってもハンセン殿下の方が立場は上なんだ」
成人は16歳、その年齢になったら6番目に偉い人になるらしい。
王族ってのが、どれだけ凄い存在なのか、分かりやすかったのはユングの説明で……
「ライル、お前が沢山の魔物から誰かを守ろうとして、お前1人で何人同時に守る事が出来ると思う?」
その質問には答えたくなかったけど……
「たぶん1人も守れない……」
「国王様や王太子様、ハンセン殿下やリッセリア殿下は、王都圏に住む全ての住人を、完全に狂化した沢山の魔物達から同時に守る事ができるんだぞ」
そう言われて凄いと思った。だって王都圏って、凄く広い土地に、本当に沢山の人が住んでるのに。
でも、できるんだぞって言ったユングの顔は、なんか悲しそうだった。
次の日になって、僕が冒険者登録する為に冒険者ギルドへ行かないといけない日になった。
とは言っても冒険者ギルドまでは学園の正門を出て、大通りを真っ直ぐ西に進むだけらしい。
天秤に剣と杖の紋章が目印で、軽鎧を着込んだ人が沢山入って行く建物だって教えて貰った。
学園の敷地から出たのは久々で、ここに来る時にちゃんと見れなかった街並みを見ながら歩いてたら、沢山の人とぶつかって文句を言われた。
「あった。この紋章だ」
とても目立つ大きな紋章の付いた建物はとても大きくて、両開きの大きな扉が開け放たれてる。
凄く綺麗な軽鎧や派手なローブを着てる人達が次々に出たり入ったり……
「入ってすぐのカウンターで受付の場所を聞く……だったな」
背中の魔法鞄から申請書を取り出して建物の中に入ってみる、カウンターは入ってすぐの右側にあった。
「冒険者登録をしたいのですが、何処に行けば登録出来ますか?」
カウンターの中でニコニコしてるお姉さんに聞いてみた。
「その制服は魔法学園の生徒ね。それなら、そこに見える階段を上がって、真正面のカウンターで受付を済ませて、カウンター右側の部屋で簡易講習を受けてね」
そう言われて、沢山の人の中をぶつからないように2階を目指す。
それにしても村の冒険者ギルドとは違って、この建物の中はガヤガヤうるさい。
階段に向かう途中で、とても大きな女の人にぶつかってしまった。
「ごめんなさい」
謝って頭を下げようとしたら。
「あぁ? 気にしなさんな、下に注意してなかったアタイも悪いんだからね」
そう言って、僕の頭をわしゃわしゃしてくれた。
階段を上がって受付を済ませて簡易講習と言うのを受けてみた。当たり前の事しか言われなくて拍子抜けしたけど、最後に。
「仮登録と言っても君もこれで冒険者だ、自分の背丈を把握して長く勤めてくれよ」
そう言われて、こんな簡単に冒険者になれたのがビックリ。
王都は広いから迷子にならないようにと思って真っ直ぐ学園に帰ろうとしたら、ピカピカの銀色の鎧を着込んだ人と、大きな弓を背負った細身のおじさんに声を掛けられた。
「なあ、お前は学生さんだろ? 王都の冒険者の流儀をちゃんと知ってるか?」
全く知らない。だから首を横に降ったら。
「俺達もなりたての頃に先輩冒険者から指導を受けて覚えたんだ。その時に言われててな「お前達もいずれ出会う若いヤツに教えてやってくれ」ってな。お前さんどうだ、時間があるなら俺達と少し話さないか?」
村の冒険者達の流儀は知ってる。でも王都に来てから村で暮らしてた時に覚えた事は、殆ど使う事もない。
そのせいで、これは色々覚えられるチャンスだと思った。
「よろしくお願いします。メモをとっても良いですか?」
「もちろんだとも、1回で覚えられるもんじゃ無いからな」
そう言われて2人に着いて、冒険者ギルド内にある酒場に連れて行かれた。
2人から教えて貰ったのは、先輩冒険者との付き合い方やパーティーの組み方、仕事を受ける時のコツとか色々で、最後に言われた事が。
「毎月金貨3枚持って来な、俺達2人でお前を一人前の冒険者にしてやる」
「毎週俺達の指導を受ければ、あっという間に銅級に上がれるしな。金貨3枚なら安いもんだ」
金貨3枚は銀貨30枚で、銀貨30枚は銅貨300枚……
「無理です、お金なんてそんなに持ってないです」
今の所持金は銀貨4枚と銅貨2枚、金貨3枚なんてどうやっても無理だと思った。
「それなら、ちょっと俺達の泊まってる宿に行って、体で払って貰うしかあぁぁぁぁぁ」
「そんなこったろうと思ったよ」
体でって言った目の前に座ってた鎧を着てる人の頭を掴んで椅子から立たせた大きな女の人……さっきぶつかって僕の頭をわしゃわしゃした人だった。
「なあ新人君。あんたぁ、お尻が狙われてたよ」
そう言いながら驚いた顔をしてるもう1人の冒険者も顔を掴んで持ち上げてしまった。
「ビスマの姉御ぉぉぉ、なんで邪魔してんだよォ、俺達はなんも悪い事なんてしてねえだろ!」
「はいはい。アタシャねえ、許せないんだよ。イケメンが変な方向に導かれちまうのがね」
3人のやり取りで酒場は大盛り上がり。
「姐御ぉ、最高!」「殺っちまえ姐御」
罵倒って言うのかな、ヤジって言うのかな、そんなのが凄い、耳を塞いでしまいたいくらいだ。
「なあ、お前達。コイツを俺達にくれよ」
細い革の紐を右手に持って、ニコニコしながら近付いて来た細身の男の人。綺麗に整えてある髭が、どことなくダズと似てる……
「ハハハ……クルトさん……あんたに言われちゃ断れねえ……」
「やるよ、アンタにやるよ。だから頼む……」
よく母さんが話してくれた勇者の話に出て来る『ほうほうの体で逃げ出す人』ってのを初めて見た瞬間だった。
「まったく、逃げ出すくらいなら最初からやんなきゃいいのにさね」
「そうも言うなビスマ。やっとこ鉄級に上がった程度ならあんなもんでも仕方ないだろ」
大きな女の人と背の高い髭の男の人が、さっきまで逃げ出した2人が座ってた椅子に座った。
「ええと、助けて貰ったんでしょうか?」
うーん、新しい魔法を試してみたかったな……
せっかく手に入れたのに、まだ1度も使った事がなかったし。
字が読めるようになって、魔導書に浮き出た文章が読めるようになったから、どんな魔法か誰かに読んで貰わなくても使えるようになったのにな。
「その表情は余計なお世話だったかな? しかし女の子が1人でこんな場所に来るもんじゃないぞ」
髭の人に女の子って言われたから否定しようとしたら。
「クルト、どう見ても男の子だろ、あんたあ相変わらずイケメンを見分ける眼力が足りてないねぇ」
手に大きな木のジョッキを持って、ニコニコ笑顔の大きな女の人が訂正してくれた。
「ありがとうございました」
僕が2人にお礼を言ったら。
「あんたこの声が聞こえてるかい?」
凄く小さな声で大きな女の人が僕に聞いて来るんだ。
聞こえてたから答えようとしたら。
「反応しなくていい、今から言う事が合ってたら首を横に振りな」
ええと……合ってたら首を横に振る……
「あんたエルフかい?」
今度は普通に話しかけて来た。エルフかと聞かれたら……多分あってるから……
首を横に振ったら……
「ちょいと場所を変えようかね、着いて来な」
そう言われて冒険者ギルドの建物から髭の男の人と大きな女の人と僕と、3人で外に出たんだ。
「色々話したい事はあるけど、まずは自己紹介からしようかね。私はビスマ姉さんだよ」
「俺はクルトだ」
学園の方向に向かって歩き始めた2人について行く。
「ライルです、よろしくお願いしますビスマさん、クルトさん」
何処に連れて行かれるか少し心配だったけど……
なにかあったら、この2人に新魔法を使ってみて、効いてる隙に学園まで走って逃げようと思った。
「クルトはクルトで良いけど、あたしゃビスマ姉さんだよ、必ずビスマ姉さんと呼びな」
そう言われて頭を鷲掴みされてしまった。
「はい、ビスマ姉さん」
少しずつ指に力がこもって行って、どんどん痛くなるから、言われた通り答えたら離して貰えた。
「40越えて姉さんも無いだろうに……」
「あ? なんか言ったかいクルト」
少し不機嫌そうな顔になったビスマさん、クルトさんの方は呆れてる感じかな。
「それよりライルだったかな。色々心配だろうが、とりあえずは黙って聞いててくれ」
クルトさんに言われて、2人が話す事をとりあえず聞いてみようと思った。
2人に教えて貰った事。王都ではエルフとわかるような行動はするなって、それがまず最初だった。
「今日酒場に居た連中で気付く奴はいなかったけど、分かる奴には簡単にバレちまうからね」
やっぱりエルフは嫌われてるんだろうか?
「アタイらがあんたを助けたのは、アタイらの師匠から頼まれてるからねぇ」
2人の師匠はエルフらしい。
「お上りさんの何もわかってなさそうなエルフを見つけたら助けてやってくれってな」
そのエルフは命の恩人で、2人に戦い方を教えてくれたんだって。
「昼間はだいたいギルドの酒場で飲んでるから、冒険者となにかあった時には訪ねて来な、全部アタイらで解決してやるからね」
「俺達の事を探す時は【南風】の2人と、ギルドで聞いてくれ」
2人に先導されて学園の正門まで辿り着いた……
そう言えば、気になった事を聞いてみよう。
「お尻を狙われるってどう言う意味ですか?」
クルトさんもビスマ姉さんも呆れてる。
「アイツらは少年のケツを掘るのが大好きな連中なんだよ。そのうち意味が分かるだろうし、この言葉だけ覚えときな」
ビスマ姉さんが言ったこと、後になって意味を分かって、助けて貰えて良かったって心から思った。
「全く、師匠の息子って言うからどんな野生児が来るのかと心配してたら、まさかあんなイケメンだとはね」
身長2mにも届きそうな高い背丈の2人組。
「どう見ても女の子だったろ? なんで男だとわかったんだ?」
軽鎧に身を包む2人だが、片や鎧が弾け飛びそうなほどに筋肉が発達している女。
「女子の制服は腰の所がキュッと絞ってあるし、下はスカートやけぇ」
「ああ、なるほど。言われてみればそうだな」
もう片方は眼光が鋭く、綺麗に整えられた髭の男。こちらはやや細身だが、歩く姿に隙は無く、常に警戒態勢をとっている。
「王都でやる事はこれで最後だな」
「昼は酒場で飲んでられるんだから楽な仕事だよぅ」
現役最高峰の金級冒険者2人。
南風と言うパーティー名だが、王都の冒険者達には違う呼び名で呼ばれる。
2人の通った跡に破壊と虐殺の風が吹き荒れる様から【暴風】と。
読んで貰えて感謝です。




