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新技術2

良いサブタイトルが思いつかなかったです。


 それはまだ大杭が鮫に突き刺さる直前、鮫に向かって最初に海に飛び込んだ片足の男を追い掛けるように、潜り取りを生業とする漁師達が海に飛び込む時間まで戻る。


 彼らは皆、真っ黒の全身タイツを着込み、同色の靴を履き、口に魔道具を咥え、手に特殊な形状の銛を持つ。


 10年ほど前から変わっていないのは手に持つ銛のみである。

 この10年、海の魔物との戦いで命を落とす者はごくわずか。直近の1年に至っては1人の死者も出ていない。


 海を爆進する者の中に10年前にタイツを初めて着た漁師が居る。少女に渡された黒いタイツを着ることに最初は半信半疑だった。


「こがな物で泳ぐのが楽になるのけ?」


 製作者の少女に試して欲しいと言われ、しぶしぶ着込んだ全身タイツ、その時の物と比べれば今の物は比べ物にならない程に性能が上がってはいるが、当時の物でも海パン1枚で泳ぐよりずっと自由に水の中を動けた。


 初期の物は水の抵抗を減らすだけのタイツだった物が、いつの間にか水圧を軽減する効果も加わり、近年の物に至っては陸地で動くのと変わらない程に水の抵抗を減らしてくれている。



 履く靴もまた特殊。


 初期の頃は北の伯爵領でも使用される、靴に付いた泥を吹き飛ばす程度の風を吹き出す物だったが、年を重ねる毎に出力は強くなり、今では海中から海面を目掛け泳ぎつつ最大出力で風を噴出すれば、海面を飛び出し上空20m程も飛び上がる程である。



 極めつけは口に咥えた魔道具。


 最初期の物は1分ともたなかったが、それでも息継ぎの回数が減り、少しだけ安全を確保出来るようになった。

 そして、3ヶ月毎に出る新作は毎回のように持続時間を伸ばし、小型化していき、今販売されている物は、元が潜り取りで鍛えた肺活量を誇る漁師達が使えば30分は息継ぎ無しで潜っていられる高性能な物へと進化していった。


 そして、漁の最中で最も隙の出来る息継ぎの時間が減った事で、湾内は彼らの狩場となった。


 彼ら皆が自信があった、己の代になれば必ず父の仇を取れる自信が。

 毎年の様に性能が上がっていく魔道具と、伝統的な枝を模した銛、日々酒の席で過去を語り、何をすれば鮫に効果的か、どうすれば鮫を殺せるか、そうやって彼らは日々磨いてきた、海の怪物と戦う為に。



 1人、また1人と海に飛び込む過去に決死隊の一員だった者達も変わらない。

彼らが身に付けているのは、中古で安く売られている旧型の魔道具だが、彼らが現役の時代には魔道具など1つも無かった。


 泳ぐ速さも、息の長さも、全て己の実力次第。

そんな時代を生きた者達が、旧式と言えど魔道具を手に入れたのである。


 例え五体に不備があろうとも、侮れるものでは無い。



 そして巨大な鮫に向かって真っ先に海に飛び込んだ片足の男。

魔道具の新作が出る度に己の体のサイズに合わせて誰よりも早く買い集めていた。


 家族と離れ、12歳と言う若さで育った町を出て1人王都で暮らす娘が、毎月のようにサウスポートの魔道具屋へ送ってくる沢山の新作の魔道具、その丁寧な仕事を見れば娘が元気にしているのだと知る事が出来たから。


 良心的な値段の宿屋を営む男としては、送られてくる魔道具が比較的安価な部類だとしても、簡単に買える物では無い。


 それなのに、何故最新の魔道具を集める事が出来たのか?

 答えは、集めた魔道具を使い、妻に内緒で1人海に出て魔魚を狩っていたからである。


 そして、妻にバレていないと思っているが、男の妻は知っている。

 黒の全身タイツを着込めば、空いている顔だけが日焼けする。旦那も漁師達と同じく顔だけが日焼けしていれば分からない訳がない。


 宿の地下、食料庫の隅に置かれている木箱の中に娘の作った魔道具達が、これでもかと詰め込まれている事もお見通しだったりする。


「鮫殺しのおっちゃん、ワシらが鮫の気を引くけぇ取り戻しんさい」


 湾内に現れた巨大な鮫の1頭、過去に現れた大牙鮫の左目には、今でも短剣が突き刺さったままである。


「下手こいたら嫁にケツ蹴り上げられるどォ、気合い入れて行きんさい!」


 次から次へと潜り取りの漁師達が鮫に銛を投げ付け、1匹の鮫の注意を引き付ければ、水柱を上げつつ泳いでいた【鮫殺し】は、魔物で溢れ返る海中へと一気に潜った。


「ワシの嫁はドワーフじゃけェ、蹴り上げられたらケツが砕けるわ」


 と、軽口を叩いてから。







 大牙鮫……って考えながら全速力で走るクルトさんとビスマ姉さんと共に町に向かって走り出した。


 俺が腰に付けてる短剣、確かそいつの牙から作られた物だったよな……


「ライル、お前なら地竜の数倍デカい相手と海で戦うならどうする?」

 

 普段だったらビスマ姉さんに何をするか聞かれるんだけど、何故かクルトさんに聞かれた。


「俺なら……少し考えさせて下さい」


 まだ城門まで3kmくらいある、焦る2人の顔を見てたら早く答えないとと思う反面、役に立たない無駄な事を言っても仕方ないとも思える。


「城門まで5分で着く、それまでに教えてくれ」


 俺が全速力で走ってやっとの事で着いていける2人。

夏に南から吹きつける暑く激しい嵐を意味する【南風】と言うパーティー名に相応しい走りだと思う。


「いいかいライル、港に着いたら無駄口は無しだ。相談しながら泳いでたら、先に行ってる奴らがあの世に行っちまうからね」


 目的地は港で海に入るんだな。


 海で地竜の数倍デカい生き物と戦うなら……


 なんだったかな……


 ああ……小さい頃に母さんが話してくれたな……


 確かシロナガスクジラだったっけ……


「勇者と同じやり方で戦います」


 たぶんこの2人なら大丈夫。


「アタイ達は勇者の戦い方なんて知らないよ」


「戦いの部分だけ記録に残ってなくてな。前後を知る事が出来ても肝心な部分は知らないんだ」


 懐かしいな。ションじいちゃんにやり方を教えて貰ったっけ……


「海の上を走るんです、最初に踏み出した足が沈む前に後ろ足を前に出して、それを交互に繰り返せば海面を走れるらしいです」


 何回村の近くの川で溺れそうになったか……


「そんな事が出来るのかい?」


 普通にやってたら出来ないさ。


 俺が必死に練習してたら、川岸で見てたションじいちゃんに「本気で信じる奴が居た!マジ草」なんて言われながら大爆笑されて……


「水上歩行の魔法を使うんだよ」なんて教えて貰った。

 

「最初に俺が行きます。お二人なら大丈夫、俺の動きを見て覚えて下さい」


 この2人に少しでも何かを返せたらと常々思ってたんだ。俺があの靴を手に入れてから密かにずっと練習してたやつ、2人に教えて貰った色々な技術を、2人の知らない技術で2人に返せるなら嬉しい限りだ。


「銅級でも出来る事なら一瞬で覚えてやるさ」


 そう言って貰えたら本望だ。




 誰も居ない城門を走り抜けて港に着いてみれば、衛兵隊と魔物が戦っていて、全身血まみれで魔物の攻撃を喰らいつつ、エビ獲りジョンさんが凄い速さで太いロープを引っ張ってるところだった。


「ジョン、無茶をするな」


 引っ張ってるロープの先を見れば何人か黒い服を来た人達がロープに捕まってて……


「ワシがひと引きすりゃ誰かが魔物に食われんで済むんじゃ、邪魔ぁすんなクルトォ」


 その人達が凄い勢いで港に近付いて来るんだ。


「怪我人の助は任せえ、こがなかすり傷でドワーフがくたばる訳がなかろゥ」


 覚悟を決めた漢の顔をしてるエビ獲りジョンさん、そんな物を見せられたら……


「お任せします。クルトさん、ビスマ姉さん、行きましょう」


 任せるしか無いだろ。


 遠巻きに見える大きな何かと黒い粒、風に乗って聞こえて来るのは叫び声。それを聞きながら足元だけ履き替える。


「ライル、頑張って!」


 後ろから聞こえる友人の応援してくれる声と……


 小さい頃に必死に覚えようとした走り方を、履き替えた黒い靴のおかげでモノに出来た走り方。


「大牙鮫って言っても魚だろ? エラに空気をぶち込んでやれば簡単。手も足も付いてないんだから体に取り付かれたら何も出来ないさ」


 ここ3ヶ月、海で学んだ戦い方。

 

「先に行きます、前傾姿勢を心掛けて」


 小さい頃の俺、出来るようになったぞ。


 そんな事を考えながら、右足を1歩海に出す。


 それと同時に靴に付いた風魔法を発動。


 普通の魔道具は、微妙に魔力を通さないと発動しなくて、カルラが俺の為に作ってくれた魔道具は魔法の使えない祓魔師専用。


 指先に力を込めるだけで付与してある風魔法が発動する特別製。


 出来るだけ斜め後ろに噴出するように調整しつつ、左足を1歩前に。


 右左右左右左右左右左…………


「見てみなよクルト、海の上を走れてるよ」


「ハハハッ、走る事なら誰にも負けないと思っていたが、まさかライルにびっくりさせられるとは……」


「なんじゃあそりゃぁ! 走っちょるぞォ海の上を走っウギャー!!」


 後ろから聞こえるたくさんの声、衛兵さん、こっち見てたら危ないぞ。


「あんなの子供騙しだ。アタイに出来ない訳が無い」


「そうだなビスマ。行こうか」


 凄いな金級冒険者。後ろから聞こえる水を叩く音、最初の数歩はリズムがバラバラだったけど……


「ライル、こりゃ良いね!」「俺達の名に相応しいな」


 笑顔で俺に伝えながらクルトさんとビスマ姉さんに追い越されて。


「本気で行きますよ」


 そう答えて2人を追い掛けた。


「ロープで繋がれている鮫から行きましょう」


 泳いでる訳じゃ無いから2人に献策してみた。


「それで良いけど、近付いたらどうするんだい?」


 やる事は簡単。


「鮫の横に回ってエラに靴を突っ込んで空気を送り込んで下さい」


 炎華を使ってて覚えたんだ。エラに空気をぶち込まれた魚は動かなくなるって。


「窒息させるんだな。分かった繋がれていない鮫は俺に任せろ」


 凄いな、金級冒険者。何をするか伝えただけで、どうなるか理解してくれるなんて。


「チマチマ殺るのは苦手だよ。エラに空気送るのは2人に任せて、アタイは牙玉を撃てないように口を塞いでやろうかね」


 牙玉ってなんだったかな……確か母さんの話してくれた勇者の話の中で聞いた事がある気がする。


 3人が別の方向に走る。俺はロープが繋がってる鮫の方に。


 クルトさんは、その奥で身動ぎ1つしない鮫の方へ。


 ビスマ姉さんはロープで繋がれてる鮫の真正面に……


「牙玉が来るよ! 海から出てきな!」


 熊の獣人の姉さんが、声量を増幅する魔道具より、それと同じくらい大きなカニンガムさんの叫び声より大きな声で下に向かって叫んだら……


 次から次に水柱が立って、沢山の黒いタイツを来た人達が空中でもがいてる……

 

 何が起きたんだろう。


読んで貰えて感謝です。

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