2人パーティー
ちゃんとしたパーティーになりますよ。
朝から漁港で仕事をして来たカルラ、どんな仕事をしてるのか聞いたら、朝早くに冒険者や漁師が持ち帰った魚貝類を保存する為の大型倉庫に付与されている各種魔法の出力の点検と整備と言われた。
「サウスポートに2人しかいない付与術師だからね、朝は凄く忙しいんだ」
もう1人の付与術師は、他の町に特産品が輸送される時に使う馬車や荷駄なんかに時間遅延や低温維持なんかを付与して回ってるらしい。
カルラが帰省するまで、2千人近く居る漁港関係の仕事を回してた付与術師さんは「やっと後継者が出来た」と、喜んでカルラに指導してくれてるとさ。
触媒さえあればサウスポートで扱う付与術は何の問題もなく付与して回れるって、凄い事だと思う。
「ライル、革の手入れはもう少し丁寧にやりなよ」
森に入る為の装具を点検しつつ着けてた俺の足元を見てカルラに言われてしまった。
「修理して貰ってから大事に履いてるんだけどな、どうしても素人じゃ……」
元々カビの痕が付いた革を使ったってのもあって、つま先や脛の部分は色褪せてたりする。
「そうじゃなくて、貸して」
カルラの腰に付いてる魔法鞄、そこから小さい缶を数個と黒ずんだ布を取り出した。確かあの魔法鞄は学生時代の実習で作った鞄で、時間停止、容量は2㎥、重量軽減95%なんて、とんでもない性能を付与してあったはず。
「ちゃんと靴墨で綺麗にしたら、革は見た目も性能も良くなるんだから、ここをケチっちゃダメだよ」
慣れた手つきで俺の靴を手入れしてくれる。
見てる間に綺麗になってく俺の靴。
「凄いな、さすがドワーフ」
「種族は関係無いよ。小さな頃から宿に泊まるお客さんの靴を磨いてたからさ。宿のお手伝いでね」
俺とカルラの会話は、周りから見れば俺が独り言を言ってるようにしか見えないだろう。
それがわかってるから、数少ない友人と呼べる奴が、これから生きるのに必要であろう物を手に入れる為に、本気で頑張ろうって思えた。
「おお、昨日の兄弟。今から仕事かい? ってぇ……ひよこの嬢ちゃんも一緒にか?」
冒険者ギルドでパーティー登録をしとこうってなって、ついでだからと常設依頼を見に来たら、昨日夕方頃から宴会に参加してた陸組の冒険者に声を掛けられた。
「ええ、今日は軽く北の山や森を見て回って、植物の分布がどうなってるか調べて来るつもりです」
カルラはひよこの嬢ちゃんって呼ばれてんだな。
言われてみれば似合ってる気がする。
「北の森はウッドスネークが木に擬態してるから気を付けな、それ以外だと……」
よく見られる魔物の話をメモにとって、ふとカルラを見たら、何故か俯きながら唇を噛み締めてた。
「王都じゃ考えられないよな。周りに自分の知識を隠さず伝えてくれるってのは」
冒険者の知識は財産。誰かに伝えて飯が食えなくなったら、伝えた奴が馬鹿にされる王都。
「王都と比べたら小さな町だからね、一人一人が協力しないと、王国中に出回る海の幸を供給出来なくなっちゃうよ」
サウスポートの凄い所、王都圏だけじゃない、王国には海に面した町はサウスポートだけで、この町で加工された海産物は王国中に輸送される。
「俺は、王都よりこっちの考え方の方が好きだな」
さっきギルドで悔しそうな顔をしてたカルラ、だけど今はニコッと笑顔。
「そう言って貰えると、サウスポートで生まれ育った身としては嬉しいよ」
はにかむカルラを見たら、本当に嬉しそうな顔をしてた。
さあ、城門を潜ったら久しぶりの誰かと一緒の仕事だ、1日怪我が無く、ちゃんと売り上げになるように頑張ろう。
北門を潜ったら、山の麓までずっとゆるい上り坂で、途中まで王都と繋がる街道を北に、とりあえず今日は街道から左側を15分程奥まで行って全体的に調べようと思う。
「水の音がするから小川があると思う。今日はそこまで行って、小川に沿って北上してみよう」
川の周りに生えてる植物を見れば、どんな野草が生えてるかがある程度分かるし、生えてる植物を見れば野草を食べる草食の獣や魔物の種類も限定されてくるし、どんな獣が居るかが分かれば、それを食べる魔物がどんな感じなのかも分かる。
「あまり木に手を付かないようにしろよ、ウッドスネークが擬態してたら一瞬で巻き付かれるからな」
熊系の魔物の目撃情報はギルドの掲示板に貼ってあった地図に大きく丸がしてあった、街道近くでもそこそこ出るようだったけど、俺たち2人くらいなら、いくらでも逃げる時間は稼げるから大丈夫。
「どれだけ耳をすましても水の音なんか聞こえないよ?」
「そりゃそうだろ。人間と変わらないドワーフの耳で聞こえたら、俺が驚くよ」
耳の良い獣人かエルフくらいじゃないと分からんだろうよ。
「やっぱりライル。森の中では普段と違ってイキイキしてるんだね」
そりゃな。ゴミゴミした城壁に囲まれた町の中より、ずっと森の中の方が楽しいもん。
「そこはスライム溜りだから触るなよ」
木のウロにスライムが溜まってる場所を指摘。
「おお、これがスライムの巣か。ちょっと採取しても良いかな?」
そんな事を言いながら、既に腰の魔法鞄から試験管を取り出して、採取する気満々じゃん。
「与術や錬金術に使う材料にでもなるのか?」
「うん。水を腐らないようにする付与術の触媒の材料」
ほえー……スライムのゼリー部分は、そんな事に使えるのか。
「王都に生きたまま運ぶ魚が入ってる水槽があるでしょ? あれに付与する魔法の触媒だよ」
なるほど……サウスポートまで来る時に何台か水槽を積んだ馬車とすれ違ったな。
「風魔法を付与して水に空気を混ぜてあげないといけないし、火魔法の中でもちょっと特殊な熱系の魔法を付与して水の温度を一定に保たないと生きたまま王都に運べないんだ」
「そこまでやってるから王都の貴族は新鮮な海の魚を食えてるのか。凄いな付与術」
ぼちぼち薮をかき分けながら、獣道を探して歩く。もちろん植生なんかを観察しつつ、手に持った筆記用具で地図を書きつつ。
「ボクから見たら、森の中をすいすい歩きながら地図とか書けるライルの方が凄いけどな」
「こんなの慣れだよ慣れ。村のちびっ子達でも出来るぞ」
とは言っても、ちびっ子って少なかったからな。
3年前に帰った時に10歳以下の子供は10人もいなかったし。
色々とこれからの話や、懐かしい話をしながら、野草や薬草、魔草や付与術・錬金術の触媒なんかを採取しながら、3時くらいまで近場の調査。
「案外人が入った形跡って少ないのな」
「西の森と東の森は皆が良く行くけど、この付近は他の森より長い草が多いから」
確かに少し歩きにくい程には下草が伸びてる。
「魔物が少ないのも、冒険者が来ない理由かもな」
今日調査した場所じゃ殆ど魔物の形跡が見つからなかった、どっちかと言うと肉食獣の形跡が多いくらい。
「だって街道付近だから子爵様の私兵とか警護の冒険者達が魔物は駆除して回ってるから」
なるほどな、それなら俺にはもってこいか。
「たぶんだけど、野草や薬草採取だけでも余裕で食ってけるぞ。これだけ手付かずで森が残ってるのは珍しいし」
王都近辺だと魔物の領域くらいじゃないかな、人の手が入ってないのは。俺の地元だと1日で村に帰れる範囲には人の手が入ってない場所なんて皆無だし。
「だからって取り過ぎじゃ無い? 鞄に入らないからって着るとか変だよ」
手を開けたかったから、蔦で縛って温風魔法で虫を落としてから、筵のようにして着てるんだ。
「これでも少な目に取った方なんだぞ、査定して貰うのに時間がかかりそうだからさ」
野草、薬草、稀少なキノコや苔、魔法触媒になる木の実なんかをわんさか。
「ねえライル。目がお金になってる」
「それはスマン。でももうすぐ雨季だろ、腐敗防止のお香になる野草とか、時期の物が多くてさ」
ちょっと呆れた目で見られて、やり過ぎたかなと少し反省した。
ギルドの査定カウンターで採取して来た物を、相談窓口で今回書いた地図を、それぞれに出して報酬を受け取るまでの間、カルラはたくさんの酔っ払った冒険者達から、ひよこの嬢ちゃんって呼ばれて、皆に可愛がられてんだなって思った。
でもカルラは下を向いて唇を噛み締めてる。
「査定も終わったし帰ろうか」
そんなカルラに声を掛けたら、俺にもギリギリでしか聞こえないくらいの大きさの声で……
「ボクだっていつまでもひよこじゃないから……」
なんて呟いてた。
ギルドから宿に帰って、カルラも一緒に宿屋の扉から入ったら、親父さんもお袋さんも驚いた顔してた。
そういや朝は会わなかったもんな。
「おかえりカルラ」
少し涙目でカルラにおかえりって言った親父さんの笑顔。
「お腹減ったでしょ。すぐ夕飯の準備するから食堂で待ってて」
カルラが笑った時とそっくりな笑顔で御機嫌なお袋さん。いい家族だなって思えた。
「ただいま。今日は色々採取出来たから明日からが楽しみ」
カルラ……たぶん2人には聞こえてないぞ。今までどうやってコミニュケーションを取ってたのか気になるだろ。
「そうかそうか。そりゃよかった」
「明日も採取に行くなら、お弁当くらい用意してあげないとね。兄さんの分も用意するから持っててくんさいや」
聞こえてたのか……さすが親子。
夕飯を食べて、カルラが風呂に行くって言って公衆浴場に行く準備をしに部屋に戻った時に、カルラの両親から、どうやって外に連れ出したのか聞かれた。
「それが普通に出掛けてたみたいですよ。毎朝仕事に行ってたみたいですし。理由は……」
どうして窓から出入りしてたのかって理由を両親に伝えたら。
「どこのクソがァワシの娘に暴言なんか吐きよんならァ。ぶち喰らわしちゃるぞ」
恐いから。包丁を持ったまま凄んだら恐いから。
「ほんにカルラに文句なんて言うたクソわァ、シバキ倒したらなァならんのゥ」
お袋さん。目付きがヤバいです……他は髭で隠れてて見えませんが。
結局、夕飯のおかずが1品増えただけじゃなくて、昼の弁当まで貰える事になった俺は、かなり得した気分だったけど、何かしでかしそうなカルラの両親が少し心配だった。
読んで貰えて感謝です。
サウスポートの方言は広島弁風なので、正確な広島弁ではありません。