エビ食い
冒険者ギルドでの一幕
受付カウンターに一番近い空いてる席に向かう俺、酒場で飲んでるのは屈強そうな日焼けした冒険者達。
殆ど全員体格が良くて、酒の匂いに混じって潮の香りがする。
「ここ空いてますか?」
受付カウンターから1番近い6人座れるテーブル席で、4つは空いてたから聞いてみた。
「おう、空いてるっちゃ空いてるがよ、お兄さん魚を食うなら何が好きだ?」
『必ず聞かれるから考えておけ』なんて昔【南風】の2人に言われたな……
「魚と言うかエビが好きです、この世で1番の大好物を上げろと言われたら海で獲れた大きなエビと自信を持って言えます」
クルトさん一家を抜けば24人。カユカユは即発動出来るし、俺から扇状に広げて120度くらいに全員を目視で捉えてる。だから大丈夫さ。
「だとよ、エビ獲り。ワレが相手しろやァ」
俺が空いてるか聞いた冒険者は短髪で四角い顔、左耳から頬に掛けて大きな傷のある冒険者だったんだけど、エビ獲りと呼ばれた冒険者は……クルトさん一家の近くに座ってる大柄な冒険者で。
「なまっ白い兄ちゃん。ワシとエビを賭けてひと勝負じゃァ」
来た! これが噂に聞いてたサウスポート冒険者ギルドの歓迎会。
「細腕ですがよろしくお願いします」
あっという間に俺とエビ獲りと呼ばれた冒険者が、他の冒険者達に囲まれる。
何をするかと言うと……
「アタイは若いのが30秒耐えるに賭けるよ」
「俺も同じく。エビ獲り、本気で頼むぞ」
クルトさんやビスマ姉さんは俺が30秒で負けるに賭けた。
「ワシは5秒に賭けちゃるわい、兄ちゃん一瞬でええけぇ、見せ場くらい作ってくんさいやァ」
その他にも続々と俺の負けに賭けて行く冒険者達。
目の前に立つエビ獲りと呼ばれた冒険者の腕は、俺の太ももくらいありそうで、30秒も耐えられるか心配だったけど、ビスマ姉さんが30秒と言うなら30秒耐えられるんだろう。
受付カウンターの中から出てきたオバチャンが、賭けた冒険者達の書いた紙を集めて、配当を決めてる。
頼むから受付の仕事をしてくれと思いつつ、それでも儀式のような、この洗礼を受けないと受け入れて貰えないと言われてるから、気合いを入れて頑張ろう。
「どんな小細工してもええ。魔法は無しじゃ。純粋に力だけで闘うことを誓いんさい」
エビ獲りも俺も1回首を縦に振る。
テーブルの両サイドに立って右肘を付いたら……
「どっちがエビの名に相応しいか、2人とも準備はええかのう?」
間近で見ると、俺の太ももより太そうな右腕。
俺の手が枯れ木に見える程に違いはあるけど、俺の筋肉は太くならない、でも十分力持ちだと思う。
「3・2・1・フィッシュ!」
まず最初は脱力。一気に持って行かれない程度に力を抜いて、半分傾いた瞬間に自分の方に手首を巻き込むようにしながら腕を起こす。
「5秒」受付のオバチャンが数えてくれてる。5秒に賭けた冒険者達は肩を落としてため息をついてる。
目の前で俺と腕相撲をしてるエビ獲りと呼ばれた冒険者は、かなり驚いたようだが、半分倒れかけた腕にじわじわと力を込めて開始位置まで返された。
「10秒」ここで殆どの冒険者達が負け。俺の勝ちに賭けた冒険者は誰も居ない。つまりそういう事、どうやっても俺が負けるはず。
手首を返されないように力を込めても、徐々に甲側に傾いて行く俺の腕。
「15秒」残ったのはビスマ姉さんとクルトさん以外にあと2人。
「エビ獲り! ワリャ気合いを入れんさいやァ! そがな細腕に苦戦してどうするっちゅうんじゃ」
それを言われたらクルトさんも変わらないと思う。
「20秒…………25秒」【南風】の2人以外は皆負け。
残ってるのはあと6cmくらい……耐えられるか……
周りを気にしてる余裕なんて全くない。えげつないな海の冒険者の腕力は……返せる気が全くしない。
「30秒…………」くはっ……体ごと持ってかれた。
「おっしゃあぁぁぁ!」
負けて前を見れば顔を真っ赤にしたエビ獲りさん。
右手の全部がジンジン痺れてる俺。
「兄ちゃん、ワリャぁ小エビと名乗りんさい。ワシが認めちゃるけんのォ」
「大きなエビが好きなので小エビは嫌です」
ここで決まった二つ名がサウスポートの町で生きる間に呼ばれる名前になるらしい。小エビなんて呼ばれるのは嫌だ。
「そら困ったのゥ。誰か小エビじゃないエビを考えてくれんか?」
賭けの配当を受け取ったビスマ姉さんが酒場のカウンターで酒を買ってる。
クルトさんがセラちゃんを抱いたまま大きな声で……
「細腕のクセにライルは強いだろ? そいつは本当に美味そうにエビを食う。だからエビ食いで良くねえか?」
そんな事を言ってくれた。
「なんじゃクルトんとこの関係者かい。そりゃ強いのもガテンがいくわいやァ」
「クルトの次に強いエビ獲りに30秒も粘ったんじゃけぇ。相当に力持ちっちゅう事じゃのゥ」
そこからはなし崩し的に宴会が始まった。
情けなく一瞬で負けても良い、みっともなくもがいても構わない。だけどズルはするな、そうすりゃお前も受け入れて貰える。昔教えて貰った事は本当で……
「小手先の技術も凄いもんじゃのぅ。ワシは毎日海老網を引いとるけぇ腕力に自身はあるんじゃが、エビ食いの手首の力はたいしたもんじゃ」
エストックを操る為に右手の手首は本当に鍛えてるから。手首から先だけでゴブリン程度なら頭を叩き潰せる程に。
面白いのは、賭けに勝った人が、その場に居る全員に酒を奢る所。ビスマ姉さんが頼んだのは、にごり酒の大樽。
クルトさんは酒場の店員にツマミを屋台で買ってくるように頼んでた。
宴会も夕方に近くなり、海関係の仕事を専門にしてる冒険者とは別の、陸で仕事してる冒険者達がギルドに続々と帰って来る時間帯。
昼間と比べたら3倍くらいに増えた冒険者ギルド内部の酒場で、陸で仕事してる冒険者達も交えて大腕相撲大会が始まった。
「兄ちゃん、あんたも強いがァ、ビスマの姐御にゃァ勝てんさ。そう肩を落とさんで飲めやァ」
トーナメント方式で、俺は3回戦でビスマ姉さんに当たって敗北。
エビ獲りさんもビスマ姉さんに準決勝で負けて、決勝はクルトさんとビスマ姉さん。
「さあ今日はアタイらの弟子が家族になった日だ、酒はじゃんじゃん頼むけ、飲んで騒いでくんさいや」
最後まで他を寄せ付けず、圧勝したビスマ姉さん。
サウスポートのギルドに在籍してる冒険者で姉さんに勝てるのは1人しか居ないらしい。
「タコ食いの姐御に勝てるんは、鯖のオヤジしかおらんけぇのォ」
今日は参加してないみたいだ。ビスマ姉さんに勝てる人間がいるんだと純粋に凄いと思った……
「熊の獣人に勝てる人がいるんですね」
どうやら鯖のオヤジと言う人は、仕事でしばらくサウスポートを留守にしてるらしい。
どんな人か会ってみたいって思った。
「オヤジは滅多に帰ってこんけえ、鉢合わせたら紹介しちゃるわ」
昼間っから飲んでた海の冒険者達は、深夜から朝方に掛けてが仕事らしい。
陸で仕事してる冒険者達は、朝から夕方、夜専門と幅広く、初めて会った時にエビ食いって名乗って在籍した事を伝えたら大丈夫らしい。
「これ以上飲むと二日酔いになると思うので、この辺りで」
「そうかぃエビ食い、ちゃんと自分の適量がわかっとるんは良い事じゃけな。おおぃ皆の衆、エビ食いが帰るらしいけぇ、いっちょやろか」
俺とさし向で飲んでたエビ獲りジョンさんが大声で言ったら……
酒場だけじゃない、冒険者ギルドの中居る人全員が俺に向かって。
「「おいでませサウスポートへ」」
なんて言ってくれた。
「ライル、泊まるトコが決まったら教えるんだよ」
「はい。海馬亭って所で長期滞在するつもりです」
場所は受付のオバチャン、海鮮焼きって二つ名の冒険者のオバチャンに教えて貰った。王都に向かう街道付近の地図を買うついでに。
クルトさんも一緒に出るみたいで、寝ちゃったセラちゃんを抱き上げて一緒に冒険者ギルドを出た。
「何食っても安いし美味いのがサウスポートの特権だな、これからよろしく」
海馬亭と言う宿は冒険者ギルドから3分くらい海に向かって歩いた場所で、入口前でクルトさんに言われた。
「こちらこそ、南部流は何もわかってませんが。色々と御指導、ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
「馬鹿だなあライルは、もう家族なんだから遠慮せずなんでも聞いてくれ」なんて言って去って行ったのがカッコよく見えた。
俺がこの宿を選んだ理由は、紹介状を持ってるからって理由。
『サウスポートで宿を探さないとって時が来たら実家を使って』
3回生、4回生の時に座学で同じクラスだったコールマンって奴の。
アイツは王都の一等街区の錬金術工房に就職が決まってた、魔法化学科の錬金術コースの卒業生。
俺やハンセンが魔法鞄作成実習の時にめちゃくちゃお世話になった奴。
錬金術師の中でも珍しい付与術師ってのを目指してるって言ってた。
卒業してから1度も会ってないし、ちょっとした噂話さえ聞かなかったけど、住む世界が違えばそんなもんかって感じだった。
「ごめんください。長期滞在したいのですが部屋は空いてますか?」
ドアを開けたらムワッと広がる魚を煮てる匂い。
さっき満腹になるまで色々な魚貝類を食べまくったのに口の中にヨダレが……
「あいよ、ちょっと手が離せないから待っててくんさい。おーい、かぁちゃん、新規の客じゃあ、受付してくれやァ」
大きな声で宿の店主だと思われる同級生の親が叫んだと思ったら、2階から降りて来た恰幅の良い女の人……
「おいでませサウスポートへ。お兄さんかい新規の客ってのは」
同級生に貰った紹介状を、多分母親だと思われる女性に渡してみたら……
「なんだいこりゃ? う〜ん……そうけェ。カルラの友達なんけぇ……」
凄く微妙な顔をされてしまった。
「去年も1人、カルラの紹介状を持って訪ねて来てくれた同級生がいたんじゃが、兄さんカルラとは仲が良かったんかいな?」
悪くは無かったと思う、学園ダンジョン攻略も、魔法鞄作成の素材集めも手伝ったし、座学ではたまにテスト勉強とかも一緒にしてたから……
「紹介状を書いて貰えるほどには仲が良かったと思いますが、コールマンに何かあったんですか?」
それがのゥと言いながら、心配そうに2階に上がる階段を見つめる恰幅の良い女の人と、俺とのやり取りを真剣な目で見てくる、料理をしてる親父さんの目が印象的だった。
読んで貰えて感謝です。




