濡れくすみ
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
む、つぶらやよ。そのコートの端、どうかしたのか?
ほれほれ、その裾の先っちょのところだよ。色がそこだけめちゃんこ濃くなっているだろ? 今まで気がつかんかったんか?
――ふむ、特に甘ったるい臭いがついているわけじゃない、と?
座ってつくような位置じゃねえし、どっか濡れた壁とかこすったのかねえ。大ごとにならなきゃいいけどな?
何を言っているのかって? ほれ、マーキングとかの類だよ。しょんべんだったり、エキスだったりと、違いはあるが、標的に対する目印つけのことだ。
もしいま気がつかず、家まで帰っていたらその場所まで教えちまう。危ない、危ない……。
濡れることって、気がつくときは気がつくが、気がつかないときは気がつかない。そいつがもたらした不思議なことは、古来たくさんあったって話だ。
そのうちのひとつ、耳に入れてみないか?
むかし、とはいっても数十年前。俺がまだがきんちょだった頃の話だな。
外遊びをよくしていた俺だが、腰を下ろす場所に関してはとても気にしていた。以前、ペンキ塗りたてに気づかずに座って大惨事……なんていう、マンガでやるようなこと、リアルにやっちまったからな。
どこもかしこも、葉っぱのついた木の枝とかで軽く払って、様子を見てからだ。遠足なんかでもシートを敷かない限りは、地べたに座り込むような真似は避け続ける。草の汁なんかは染め物に使われるくらい、落ちねえものだしな。
そうして汚れを気にする俺が、ある日の学校帰りに体験したことになる。
その日の帰りは、太陽がくすんで見えた。昼休みまではまぶしくも、はっきりした光を放っていたのに、いまは波打つ水面越しに見ているかのごとく、全体が揺らめいている。
「妙な天気だな」と思いつつ先を急いでいると、不意に寒気を感じて震えちまう。
空気が冷たいんじゃなく、いきなり背中へ氷を当てられたかのような冷たさだった。そっと手を伸ばしてみると、シャツがじっとりと濡れている。
俺だけじゃなかった。周りにいる通行人も、服のそこかしこに手をやって、異状を確かめていたよ。折り畳み傘をさし始める人もいたが、この水分は上からばかりじゃなく、横にも漂っている。雨というより、霧の中を進んでいるかのようだった。
走って家に帰ったが、その時にはもうシャツもズボンも、ぐしょぬれになっている。すぐにシャワーを浴びて着がえたんだが、真っ先に濡れ始めただろううなじのかゆみが取れない。
鏡があっても、自分の首のうしろじゃ確認は難しかった。こすりにこすりを重ねれば、勝手におさまるんじゃないかって、虫刺されを相手にした時のように、自分に言い聞かせていたっけなあ。
結局、ひと晩が経っても、俺のうなじの違和感はおさまらなかった。
厳密にいうと、かゆみは弱まったが、その代わりに肌触りが硬くなった感じだ。虫刺されをかきつぶしたときにできる、あの感触にそっくりだったんだ。
指で触れるどころか、服の襟とこすれただけでも、うっとおしい痛みが走る。かいているときは気持ちよくなれるけど、あとでこの手の不快を感じると、かかなきゃあ良かったと後悔するもんだ。俺は全然、学べていなかった。
そして、学校の帰り際に出くわすあの奇妙な霧雨はその日も、その次の日も続く。
変わらず家へと急ぐ俺だったけど、やがて妙なことに気がついたよ。初日には、あんなにみんな気にしていたのに、いまはさほど反応を示さず平然としていたんだ。
慣れたのかもしれない。だが、俺は相変わらず雑巾のような濡れ具合だ。とてもおとなしくなんぞしていられない。
連日、晴れているのにぐしょぬれになって帰ってくる俺の様子に、母親が理由を尋ねてくる。俺がこれこれこういうことだと話したら、ちょっと首を傾げてさ。試しに、一緒にそこら辺を散歩してみないかって、提案されたんだ。
俺の疑惑はすぐ確信へ変わる。
着替えたばかりの俺の身体が、数分でぐしょぐしょに濡れていくのに対し、すぐ隣で歩いている母親の服はなんともない。
それを確かめた母親はすかさず俺に、体のどこかで固くなっている部分はないか尋ねてくる。俺がうなじの後ろを指さすと、そっと服の襟をつまみ、俺の首から引きはがしながらのぞき込む。
「ははあ……」と得心がいった声。続いて空を見上げて、「あんた、あの太陽がくすんで見えるんじゃない?」と突っ込んでくる。
素直にそうだと答えると、だいたい事態が飲み込めたようで、母親は帰宅を促してきたんだ。
母親自身、小さい頃に俺と同じような目に遭ったらしい。
やはり太陽がくすんで見え、外を歩くうちに全身がびしょ濡れになり、体のどこかに猛烈なかゆみを覚える。時間が経つとかゆみがおさまり、その部分が硬くなっていくのだと。
「あんたねえ、あの太陽の主の『お薬』役になっているんだよ」
現在、空に浮かんでいる太陽は、太陽によく似た別のものだと母親が語ってくれた。
いわば、その何者かの瞳が浮かんでいて、濡れるのはそいつが流す霧のような涙のせい。
この涙に格別な反応を示すものを見つけると、そいつはターゲットをしぼる。他の人が濡れなくなるのはそのため。そうして涙を浴び続けたものは、薬を生み出すための素体となるのだとか。
そんなモルモットみたいな立場、まっぴらごめんだといったけど、母親はじきに止むから心配しなくていいと答える。
実際、俺のうなじはもう、痛みも感じない。1メートル先の岩を押しているかのように、刺激を与えても、それが自分の体の一部じゃないようだった。
「まあ、あとひと晩くらいじゃないかな」とのんきに構える母親。病院などの心配もしておらず俺は納得がいかない。せめてどうなっているか、カメラで撮ってほしいと頼んださ。
撮りきりのカメラで撮ってもらい、すぐさま現像に出してもらう。受け取りは数日後になるとのことだった。
翌日。起きてみると俺のうなじは、元通りの柔らかさを取り戻していた。
外を出歩いても、もう身体が濡れることはない。帰り際の太陽もくすんではおらず、直視することが厳しいまばゆさを放っている。
母親曰く、俺の作った薬が届いたのだろうって、話になっていた。
それで現像された写真を見せてもらったところ、俺のうなじにはひしがたの白い石らしきものが埋まっていた。
肌の上から張り付けたかのように見える不格好。だがその表面のくすみは、どこかあのときに見た太陽と同じ色合いをしていたんだ。




