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王妃代行、猫曜日  作者: アストロ
王妃代行、猫曜日
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戦いの嚆矢

「随分派手にやってくれたようだな」


 この国の幾人かの夫人と親交を結ぶことができた。有力者であるスリズィエの協力をとりつけられたのは大きい。

 今日の成果に満足し、招待客たちを見送っていたわたしの背に、冷たい男の声がぶつかった。


「まあ。わたし自身にはなかなか会ってくださらないのに、わたしの行いはすぐ届くのね」


 振り返れば思った通り、王が立っていた。わたしのやることを見届けに、いや、監視に来たのか。


「ご託は良い。わたしの意思は既に伝えた通りだ。キサマが何をしようと変えるつもりはない」

「陛下、あなたは戦争を望んでいない」


 そう断じて、野生動物のように砥がれた瞳を睨む。


「本当に望んでいるなら敵国のわたしに内情を伝えたりしない。秘密裏に戦いの準備をして、油断している相手を不意討ちした方がずっと犠牲も少ないもの」


 天才軍師と言われた王が、それを知らぬはずがない。ならば。


「あなたは、十年前の戦果でエースターを脅かし、有利な条件を引き出そうとしている」


 王都が包囲された敗北は記憶に新しい。オノグルの王の機嫌を損ねないために病弱の王女の身代りを寄越すような連中だ。戦争回避のために右往左往する姿が目に浮かぶ。


「上手くいけば一兵卒も失わずに、再び富を得ることができるでしょう」


 だから王は、自らの非で持参金の返還を要求されない程度に嫁を無視し、戦争の可能性を示唆した。


「でも、いつまでそんなことが続けられると思ってるの?」


 戦争では、銃と言う武器が主流になりつつあり、それまでと形が変わりつつあると言う。

 エースターはいつまでも弱いままではないし、オノグルはいつまでも強いままではない。それに痛ましい記憶も、やがて風化していく。


「脅しを受けるかは、エースター(他者)の気まぐれよ。あなたの策では、この国が抱える課題を何も解決できず、目を逸らしているだけ。この国が自らの足で立つことにはならない」


 富を奪うということは、他者が存在しなければ不可能だ。それは他者に依存しているのと同じ。その在り方は、近隣の村に富を略奪に行った祖先の遊牧民のまま時を止めている。この国は自分で富を生み出す方法を見出さなければならない。


「わたしはこの国の新しいあり方を作る。そして、この国を戦争以外の方法で飢餓から救ってみせる」

「夢物語だ」


 虚勢も含んだ精一杯の宣言を、王は軽く断じた。夢見る余裕のないほどの実感を、彼は持っている。でもここで、折れるわけにはいかない。


「ええ、けれどわたしはその夢物語に命をかけ、この国に来ました」


 この地を踏んだ時から覚悟はしている。女の戯言と笑えばいい。わたしはその戯言を、真実にしてやる。


「陛下、時間をください。必ず方法を見つけてみせます。実現しなければ、この身を好きにしてくださっても構いません。磔にして国境に飾り、戦争の嚆矢になされば良いわ」


 これこそ相手の気まぐれに頼るやり方。今からだって彼は、戦争という手段(その方法)を取れる。

 黙っている王の表情は読めない。わたしの申し出を吟味してるようにも、今すぐわたしを斬りかかるようにも見える。所詮わたしは庶民。返答を待つ間、王が放つ緊張と威圧感に吐きそうになる。それでも笑みを保つ。


「一億コローナ」

「え?」

「目標額だ。幸い、キサマの持参金のおかげで、暫くは民を飢えさせぬ蓄えはある」


 毛皮のマントを翻し、王は踵を返す。


「一年、猶予をやろう。キサマの言う夢物語を、実現してみせろ」

「感謝致します」


 夕日の庭を、夫婦は互いに背を向け去っていく。


 多くの恋物語は、愛し合う二人が結婚するところで幕を閉じる。しかしわたしの戦いはここからはじまるのだ。

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