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王妃代行、猫曜日  作者: アストロ
王妃代行、猫曜日
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戦いの方法

「おきさきさまー、元気無い?」


 少女が顔を覗き込む。ぼんやりしていたわたしを心配してくれたらしい。


「そんなことないわ」


 今日は再びアモー修道院に来ている。ドミナたちが気晴らしにと送り出してくれた。わたしに許された数少ない慈善事業だ。


「じゃあ、一緒に鬼ごっこできる?」

「あら誘ってくれるの?」

「うん。でも最初はおきさきさまが鬼だよ」

「なんだと~、まぁ~てぇ~」


 わざと脅かすと子どもたちはきゃっきゃ言いながら蜘蛛の子を散らすように逃げていく。

 久々に走ったがドレスや靴が全力で走るには不向き。おまけに子どもたちには地の利があり、花壇や庭木といった障害物を巧みに使うので全然追いつけない。

 ひとまず、靴と靴下を脱いで裸足になる。そんなわたしに近づく者がいた。あのイグニスとか言う少年だ。歩みよったわりに彼はなかなか視線を合わせようとせず、しばらく黙っていた。


「その悪かったよ。傷つけて」


 ぶっきらぼうにぼそぼそと彼は謝罪する。


「あの後、シスターに怒られたよ。平和のためにあんた敵国にたった一人でやって来たんだって。そんなこと全然知らなかったから。

俺、エースターの人が今でも嫌いだし、両親を殺した連中は死ねば良いと思ってる。でもあんたみたいに許したい。その努力はしたいと思う」


 感情は簡単に切り替えできない。でも彼が親の仇を許そうとしてくれたことが素直に嬉しいと思う。時間はかかるけどいつか彼らが大人になった時に、お互いがお互いを尊重できる関係になると良いな。そのためならわたしは何度だって石をぶつけられるつもりだ。

 わたしは笑顔で彼に手を差し伸べた。


「はいタッチ」

「へ?」


 ぽかんとしている少年を尻目に駆けだす。裸足だと足の裏に砂の感触が直に伝わってきて開放的な気分だ。自然に笑い声を上げていた。


「だってわたし、今鬼だもの」

「うわ汚ねぇ!」


 湿っぽいのは性に合わない。運動不足の身に久々の鬼ごっこは堪えたけど、心は今日の空のように晴れやかだった。


「皆さん、遊びはそこまで。玄関の方へ集合よ」


 息が切れ、子どもたちも遊び疲れたころ、シスターが大声で呼びかけた。


「ファーベルさんが来てくれましたよ」


 靴職人の若い弟子たちが抱えた木箱に子どもたちが殺到する。その背後で、目が合った王妃と親方は互いに固まった。


「何しに来たこの売妊」

「ちょっと、子どもの前よ。汚い言葉遣いはやめてちょうだい」

 

 わたしは親方を引っ張って庭の隅に移動した。


「わたしはこの修道院を支援するついでに様子を見ているの。慈善活動は高貴な者の務めだもの」

「慈善活動? はっ。綺麗な言葉で誤魔化すな。オノグルのガキを手懐けるつもりだろう」


 まあ、概ね間違っちゃいないけど。


「見知らぬ国に一人で来てとーっても心細いの。オノグルの人たちは雑巾や石をぶつけてくるし。だから一日も早くこの国の人たちに受け入れてもらおうとできることからコツコツ頑張っているの」


 しおらしく努力をアピールすると親方はバツが悪そうに下を向いた。


「お前、靴はどうした」

「ああ、鬼ごっこしてたからその辺に……」


 孤児院についてきてくれた護衛が靴を持ってきてくれた。貴婦人が踝以上を晒すのははしたない行為なので、礼儀正しく視線を背けている。彼には悪いことをした。


「そんな靴で走ろうとすんじゃねぇよ。あ~あ、泥だらけじゃねぇか」


 エースターは憎くとも靴は憎くないのか、親方は靴を磨きはじめた。


「そう言えばあなたここで何をしているの?」


 シスターが好意で蒸れたタオルで拭ってくれたので、手持ち無沙汰に話しかけた。返事をしてくれた親方も意外だったがその内容はもっと意外だった。


「孤児たちに靴をやってるんだ。ガキの足はすぐに大きくなるからな」

「孤児たちに靴を?」


 この国のおかげで価値観がおかしくなりそうだが、靴は高価なもの。気軽に、しかも無償で送れるものではない。


「何、お布施変わりさ。元は弟子たちが余り物の革で練習用に作った靴だ。売り物にならんからな」


 だとしても家族や身内に宣伝にもならない孤児たちに配るだろうか。

 待てよ。靴は元来一生モノ。まして紳士靴なら何足も必要ない。オノグル中に靴は行き渡っている。戦時中ならいざ知らず、大量生産体制のまま過剰供給をしているのかもしれない。


「あり余ってるんならエースターに売る気無い?」

「またその話か」


 うんざりだと言うように、親方は磨き終えた靴を放り出し背を向けようとする。


「待ちなさい。これは陛下のためでもある。陛下は外貨を欲している。国民の靴をエースターへ輸出すれば外貨を得られる」


 親方は戦争の原因にもなった陛下を敬愛しているらしい。その名を出せば案の定、躊躇いを見せる。


「エースター人のために靴を作りたくない」

「違うわよ。オノグルのために靴を作るの。

エースターの連中の多くは今もオノグルを乱暴者の住む未開な地だと思っている。歳月を経ても戦争に勝っても、その印象は変わらない。あなたそのままで良いの? 馬鹿にされたままで」


 わたしは戦争を止めるためにこの地に来た。エースターがオノグルを野蛮人の集まりだと、交渉に足る相手ではないと思っているなら、オノグルも力づくで要求を受けさせるしかない。相手が相手を尊重するのは、平和への第一歩なのだ。


「連中を見返してやるのよ。エースター中をオノグルの靴で溢れさせるの」


 憧れの人の真似をするのに、その人のファッションを真似る人たちがいる。ファッションというのは嫌でも目に付く。そして容姿と違って変えるのが容易だ。エースターの人たちが馬鹿にしていたオノグルの靴を身に着けることになったら、彼らの認識も少しは変わるかもしれない。


「息子さんを奪ったエースターを恨んでるのでしょ? だったら戦いなさい。こんなところで管巻いてないで。あんたの武器をとりなさい。あんたの戦いをしないさい。

安い輸入ものの靴が市場に出回れば、本国のぬるま湯で商売をしていた多くの靴職人は首を括るでしょう。人を殺すのは何も武器だけじゃないのよ。

エースターから外貨を巻き上げ、オノグルを交渉に足る相手に格上げさせるのよ」

「おいおい、エースターの人間が随分オノグルの肩を持つな」


 訝し気な親方に笑いかける。


「そうよ。だってわたしは今、オノグルの王妃だもの」


 思えば遠くに来た。一侍女だったわたしには、この国と縁が無かっただろう。それがこの地を踏み、ここに住む人たちと言葉を交わし、いつの間にかこの国がすっかり大事になっている。


「それともあなたには、エースターの靴を上回る自信が無いのかしら? だとしたらとんだ期待外れだわ。邪魔したわね」

「嬢ちゃん。随分舐めた口利いてくれるじゃねぇか」


 わたしがわざと席を立ってみせると、親方は挑発にのってくれたようだった。


「いいだろう。エースター人の靴を作ってやるよ」

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