蛮族と言う人種
「じゃお妃様、お部屋にご案内するっす」
さっきまで殺し合いをしていたとは思えないほどの平常さで侍従は先導を始めた。わたしは慌てて後を追いかける。
「ありがとうございました」
「え?」
背を向けたまま言うので聞き間違いかと思った。
「蛮族だって同じ人間だって言ってくれて。
嬉しかったんだと思いますよ、陛下も。だから俺にお妃さまを頼んだんでしょう。どうでも良いと思ったら捨て置きます。一コローナの得にならないことはしない人ですから」
「そんなの自明のことだわ。あの毒殺犯がおかしいのよ」
「そうっすか? エースターの大半はそう思ってるんじゃないっすか? 馬に乗るしか能が無い、血を啜る野蛮な奴らだって」
そうやってエースターの幼い子供を脅すのを聞いたことがある。
隣国だと言うのに、オノグルは御伽噺に出てくるような悪者の扱いだ。わたしだってこの国に来る前は漠然と恐れを抱いていた。そんな過去を振り払うように大きく頭を振った。
「そんなことない。教皇様だってちゃんとオノグルを認めているわ」
「教会の連中は帝国の脅威があるから味方面してるだけっすよ。俺たちを矢面に立たせるために。利用価値が無くなったら次の敵に仕立て上げるだけです」
「なんで」
腸が煮えくり返るようだった。
「なんでそんな風に言うの。まるで全て諦めてるみたいに」
侍従は足を止め、静かに振り返った。
「あなたたちは人間だわ。人間扱いを求めて何がいけないの? 胸を張って、周辺諸国と肩を並べられるような対等な関係を築いていけるはずだわ。今は無理でも話し合いや交渉で……」
「そりゃ陛下に美食を食わせるようなもんっすよ。つまり、全くの無駄ってことっす」
下手な冗談でも言ったように無理やり唇を曲げる。
「本当はみんなわかってるっす。幾ら友好的な態度をとっても、時には武力を示してみても永久に受け入れられることはないんだって。俺たちは数百年前に毛皮を纏って現れた異邦人のまま」
彼は慣れていた。馬鹿にされるのに慣れている。恐れられるのに慣れている。人に人と見做されないのに慣れている。そんな不当な扱いをずっとずっとオノグル人はされてきたのだ。
「なんでそんなのを受け入れてるのよ。悔しくは無いの」
吐き出しても吐き出しても体の芯は滾るように熱く、口惜しさが湧いてくる。
愚痴も言わず一人で職務をこなしていた侍女の真摯さを思った。親を殺した敵国を許してくれた孤児の気高さを思った。弱い立場の国民を気に掛ける王の慈悲深さ思った。
誰も彼も蛮族だと一括りにされて、貶められて良い人たちじゃない。
「お妃様、エースターの人間にしてはちょっと変わってますね」
侍従は淡く微笑んだ。
「そんな風に怒ってくれただけで、そんなエースター人が一人でもいるってわかれただけで十分ですよ」
目の奥から熱く溢れてきて、拳を握る。
違うんだ。それじゃダメなんだ。この国はこんなにも素晴らしい。
この国の良いところを、目の前に突き付けたい。大声で触れ回りたい。でも折角わたしに口があると言うのに、エースター人の耳には届かないのだ。




