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王妃代行、猫曜日  作者: アストロ
王妃代行、猫曜日
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蛮族に盛る毒

「ところでテス、次の行動だが」


 陛下とその部下は廊下を歩き出す。こっち側に来る。

 わたしは慌てて近くの部屋に身体を滑らせる。カーテンを閉め切られた部屋は薄暗く、家具が埃を被らないように布がかけてある。どうやら空き室らしい。扉に背を預けほっと息をつく。その瞬間、奥の方で薄ぼんやりした人影が動いた。


「わ!」


 部屋には先客がいた。どこか見覚えがある若い男だ。


「びっくりした! どうしてこんなところに」

「何で死んでないんですか?」


 呼吸が止まる。そう言えばこの男、料理人の一人で……。


「確かに毒を盛ったはずなのに」

「陛下の食事に毒を盛ったのはあなたなの?」

「そう、俺が盛る羽目になりました。ただの間諜だった俺が。あなたが自国で死んでくれていれば良かったのに」


――違うの、これは……


 自国を発つ前、いつもの持病とは違う様子だった姫様。まさか。


「まさか姫さ……わたしに毒を盛ったの?」


 自分の声だというのに冷静だった。怒りで逆に肝が冷えているようだ。


「あなた、エースターの人間よね?」


 男が話しているのは訛りが無く滑らかなエースター語だ。恐らく上流階級かそれに連なる身分だろうと検討をつける。


「この結婚は両国の合意に寄るものだわ。これはエースターの決定なの?」

「弱腰の王宮は合意しませんでしたが、蛮族に高貴なる王族の血を混ぜるわけにはいけません」


 この婚姻を保守系の貴族たちが反対していることは、エースターの侍女仲間の間でも噂になっていた。だからってこんな。


「馬鹿言わないで。わかってるの? この婚姻が破談になれば戦争になるのよ?」


 わたしの死はもう一人だけのものではない。多くの人が死ぬことになる。


「蛮族に頭を垂れるくらいなら死んだ方が良い」

「ざけんじゃないわよ。あんたの誇りだか何だかのために何人が死ぬと思ってんの、何人が犠牲になると思ってるの」


 誇り高く死にたきゃ勝手に死ね。生きたいと願っている人を、選択権の無い立場の弱い人を巻き込まないで欲しい。少なくともオノグルの王ならそんな道を選ばないと真っ先に思った。自分の民のためなら幾らでも頭を下げるし、プライドも売り払うだろう。


「高貴なるお方のもの言いとは思えない。姫君は蛮族に毒されたようだ」


 どちらが上として正しいのかなんて議論はこの際置いておく。ただ、自分の王を選べるならオノグルの方を選ぶ。彼をえこひいきするくらいに、わたしはこの国に長く居すぎた。


「あんたは毒されなかったと言うの? あんただってこの国に居て、仕事して、この国の人と言葉を交わしたのでしょう? 何も思わなかったの?」


 男は一瞬言葉に詰まったようだった。


「蛮族の何が悪いって言うのよ。わたしたちと何が違うって言うのよ。彼らだって血は流すし悲しければ泣く。同じ人間じゃない」

「うるさい、黙れ!」


 ズボンのスリットの中に隠し持っていたのか、手の先が鈍く光る。身の危険を感じたその時、凄い音がして扉が開いた。


「おっ、犯人発見!」


 元気良く入室してきた侍従は、扉の前に立っていたためしたたかに腰を打ち付け蹲るわたしに目を落とした。


「お妃さまと密会っすか? それにしちゃ様子がおかしいっすけど」

「違うわよ。問い詰めたら殺されかかってんの」


 腰を摩りながらも弁解する。負傷した上に犯人の一味にされてはたまらない。


「何だ。せっかく戦争の火種になるとわくわくしていたと言うのに。わたしの期待を返せ」


 犯人に躍りかかる侍従の背後から陛下が顔を出す。おいそこ、蹲っているうら若い乙女に他にかける言葉は無いのか。


「殺すなよ」

「うっす」


 金属がぶつかり激しい火花が散る。料理人もどきの方が腕も太く、剣も大きく長く見える。一方の侍従は少年らしい細い腕で重い剣撃を受けきれないはずなのに、僅かな重心の移動で刃を受け流している。加えて刃をまるで指の延長のように扱う、と思ったら投げた。型に嵌らないから予測できない奇抜さがある。飛び道具にもなる刃に、力の差があるはずの毒殺犯は防戦一方だ。


 命のやり取りに目を奪われていたら手を引かれた。陛下が起こしてくれたようだ。


「……どうも」


 反射的にお礼を言って微妙な気持ちになった。そもそも陛下たちが急に入ってきたのが原因では?


「陛下さーせん!」


 謝罪の声に視線を向ければ、男が一瞬の隙をついて侍従を突破し、剣先をこちらに向かって突撃して来るところだった。突然のことにわたしは動けず、しかし陛下はその手元を蹴り上げたかと思うとたちまち賊の懐に入り、鳩尾に肘鉄を食らわせた。一瞬ののち、その体は床へ崩れ落ちる。


「戦地を離れて時が経つとは言え、気を抜き過ぎだ」

「反省しまっす」


 侍従は軽く頭を下げた後、きびきびと賊を縄で拘束しはじめた。妙に手馴れている。


「おいそこの衛兵、そっちを持て」


 陛下は呼びつけた衛兵とそれぞれ足と肩を抱え、廊下の方に運び出す。


「あ、俺代わりに運びますよ」

「キサマの方が力が無いではないか。代わりにそこの女を部屋に送り届けろ。また余計なことに首を突っ込まれては叶わん」

「うっす。で、その男はどうするつもりっすか?」

「エースターの大使館に突き出して大使を責め立てて頭を下げさせて金をせびる」

「よっ、さすが陛下! 守銭奴! 金の亡者!」

「褒めるな」


 何故か誇らしげな陛下は廊下の向こうへ消えた。


毒ってのは食事に盛るだけではありません。毒舌など言葉にも毒がつきます。

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