家族の食卓
いつもの晩餐がこんなことになるなんて。
慌ただしく食事の場から追い払われたわたしは半ば呆然としていた。案内されるがまま歩いていると次第に不安が募ってくる。
アストラム様の作物を活かした折角の晩餐だった。でも料理長にとっては使ったことの無い食材だ。不味くなってしまったのはわたしが余計なことを言ったからじゃないだろうか。
もしかして、料理長は不興を買ったんじゃないだろうか。スープに全力を注ぎ過ぎたせいでメイン料理が疎かになったとか。そう考えるといてもたっても居られなくなった。料理長は厨房であれこれ指図をするわたしを胡乱気に見張りながらも、結局は好きにさせてくれた。ウィンドボナの王宮料理の再現や新たな香辛料を使った料理の創作に腕を奮ってくれた。多少の情はある。
「あれ? もうお戻りですか?」
いつもより早い時間で部屋に戻ってきたわたしを侍女たちが訝し気に見やる。
「ごめん、やっぱ戻る」
「お妃様?!」
わたしは踵を返した。料理長が罰っせられたらあれこれ口を出したわたしの責任だ。せめて罰を受けないように口添えをしなければ。
元来た道を猛然と戻り、角を曲がった先で、陛下とあの侍従が話しているのを見た。
「陛下のお食事ですが、やはり毒が入っていたようです」
とんでもないキーワードが聞こえてきて、わたしは壁に張りついて息を殺す。
「食材を運んで来た業者、料理人、配膳した侍従等、その他料理に触れた恐れのある人物の確認が終わりました。案の定、先月雇ったばかりの料理人の一人の姿が見えなくなっているそうっす。至急城門を封鎖させ、人相書きを配りました」
「ご苦労」
「毒はソースに混入していました。成分の分析はまだですが恐らくトリカブト。エースターで使われることが多い毒です」
「で、あるのな」
「つーか陛下、トリカブト食って良く生きてますね」
「色々あって平気になった。良い子は真似するなよ」
「しないっす」
しばし言葉が途切れた。侍従は陛下に問う。
「お妃さまを疑わないんすか?」
「あ奴はわたしが不味いと言ったら興味本位で食べようとした。毒を入れたならそんな危険な真似はせぬ」
「でも陛下ならお妃さまが毒を入れたっていちゃもんつけて、賠償金の値段くらい吊り上げると思ったなー」
それはわたしも思った。拝金主義者の陛下ならそうすることも不思議ではない。
「あ奴はわたしが毒を入れたと言うと烈火のごとく怒った。食卓は家族で囲むもの、友好を深めるもの。そんな優しい幻想の中に生きてきた人間なのだろう。或いはそれがまともな感性なのやもしれぬな」
陛下の声は穏やかで、どこか遠くに聞こえた。
「少なくともわたしの家族の食卓はそんなものではなかった。わたしの義母は事あるごとにわたしの生まれの賤しさを嘲った。わたしの兄は目障りなわたしの食事に毒を盛った。わたしが気に入らぬなら剣でかかってこれば良かったのだ。存分に叩きのめしてやったものを。力がいらぬ故、毒殺するのは女が多いらしいな。あ奴は正面切ってわたしを殺す自信がなかったのだろう。そう考えれば女々しい奴だ」
兄殺しのシレークスと呼ばれる陛下だが、そもそも仲が良かったなら兄弟で殺し合いなんてしないだろう。隣国のことなので詳しくは知らないが、本妻の兄の元に現れた出来の良い愛人の弟。どう考えても争いの種にしかならない。兄弟の派閥争いは国を二分し、父である王の亡き後、革命まがいの方法で兄を討ち王位を奪い取った。
「毒味は信頼のおける者でなければならない。買収される恐れがあるからな。ゼノにアリ、キト……皆、死んでいった。大事な部下を失うのは我が身が斬られるより辛い」
わたしは口を掌で覆う。
この人に食べてほしいと思った。愛想も良く、味のわかる人じゃなくて。無愛想で、食べられればそれで良いと思ってる味音痴な人に、家族で食卓を囲む温かさを知らないこの人に食べさせてあげたいと思った。
きっと彼はそれを望まない。でもわたしは彼と家族になりたいのだ。彼を幸せにしたいのだ。以前は交渉のために王にそう告げた。でも今は心からそう思った。




