靴職人の元へ
「責任者はいらっしゃるかしら?」
後日、わたしは四頭立ての馬車でファーベル工房へ訪れた。今度は王妃として着飾り、護衛も何人かつけている。
玄関口で見習いの少年に声をかけると、彼は脱兎のごとく店の中へ消えていった。暫くすると、奥から店を震わすような怒鳴り声が聞こえてきた。
「俺はいないと、言えぇぇええ!」
なんて堂々とした居留守だ。程なくして、先ほどの少年が出てくる。
「いないそうです」
「あらそう。じゃ、中で待たせてもらおうかしら」
お待ちくださいと言う静止を振り切り、ずんずん中に入っていく。
店は大きく二つのスペースに分かれていて、入り口付近は同じような靴が並べられている。恐らく販売するための空間だろう。そこを抜けるとたくさんの人間たちがいた。大きな革を拡げている者。刃物を研いでいる者。靴を縫っている者。完成した靴を磨く者。男だけでなく女や幼い子供も働いている。
明かりとりの窓のおかげで思ったより明るいが、なんだか油臭い。
ドレス姿のわたしが通り過ぎると彼らはぎょっとしたように手を止めるが、険しい顔をした中年の男だけは頑なに顔を上げようとはせず、靴底に釘を打ち続けている。
「あら、いらっしゃるじゃありませんか。この工房の親方ですわね。エースターから来ましたユーディアですわ」
「お前を招いた覚えはないぞ、このくそアマ」
隣国の王女にも自国の王妃にも相応しくない言葉だ。
「商談があって来ました。この工房の靴を輸出する気はないかしら?」
「エースターの人間に売る気は無い」
「あらあらまあまあ」
これは拗らせている。わたしはにっこり笑ってやった。
「二人の息子さんは戦場で勇敢に戦ったと聞いたけど、父親の方は臆病者なのね」
手が止まった。
「なんだと」
「だってそうでしょ? 商人の勝負は商品を売ることよ。あなたは戦わずして逃げ出すのね」
「そりゃ商人の理屈だろうが。俺は職人だ。気にいらねぇ奴のためには幾ら金を積まれても作る気にはならねぇな」
「あら、あなた陛下のこと嫌いなの?」
「馬鹿言ってんじゃねぇよ。なんでそうなんだ」
「陛下は戦争の中心となっていた張本人だものね。恨みに思う気持ちもわかるわ」
「ふざけんな!」
視界が暗くなり、強烈な油の匂いがした。汚れた雑巾を顔にぶつけられたらしい。
「二度と来んじゃねぇ」
発破をかけるつもりだったが、親方を怒らせてしまったらしい。頑固そうな親方だったし、一度決めたことはそう簡単に変えないだろう。折角、輸出できそうな品が見つかったと言うのに。息子さんのことで親方がエースターに悪感情を持っていることは覚悟していたが、あれ程とは。
それに一市民を怒らせてしまった。また陛下に小言を言われてしまう。憂鬱な思いで晩餐の席に着く。珍しく陛下が先に来ていた。
「お待たせしました」
「わたしも今来たところだよ、我が妃よ」
思いがけない言葉にびくっと顔を上げる。陛下はついぞ見たことのない笑顔だ。
「酔ってるの?」
「いつでも君の美貌に酔っているさ」
どうしよう、間違いなくお酒が入っている。
「でも君に憂い顔は似合わないね。どうしたの?」
「えっと、その、ちょっと失敗しちゃって」
こんな甘い台詞を吐く男ではなかったはずだ。
「そう。聞いてほしくないなら無理には聞かないけど。食事にしようか」
わたしは陛下の豹変ぶりに付いていけないが、いつもの侍従は平気な顔で給仕している。
「お、川魚のスープか。珍しい」
オノグルは海に面していないが、国土を横断するように大河が流れている。城がある王都もそのほとりにあり、シェフに頼んで大河で取れた鯉をぶつ切りにして煮込んでもらった。
「味付けは魚の出汁に炒めた玉ねぎ、塩、香辛料ってところか」
「そう、そうなの!」
今までこんな詳しい感想をもらったことは無かった。今日の陛下は一味違う。
「でも残念だな」
「え?」
「例えばこれはえぐみがあるね。赤い奴は熟していて辛みが強い。逆にこっちは肉厚で食感も良いから生で食べたほうが良さそうだ」
陛下(?)は一つ一つを取り出して並べた。言われてみれば色や味、厚みはそれぞれ違う。
「アストラムが品種改良をしているおかげで香辛料の種類は増えている。料理によって使い分けてはどうだろう」
「なるほど」
「少なくとも、この料理は乾燥させたものを使った方が深みが出ると思うよ」




