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王妃代行、猫曜日  作者: アストロ
王妃代行、猫曜日
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誰もが靴を履く国

 わたしはその事実に気づいた後、通行人たちに声をかけ靴を見せてもらった。よく観察すると、デザインはシンプルながら似通っている。恐らく同じ工房で作っているものだろう。

 鳴り響いていた蹄の音が止む。大きな影が差して、下を向いていたわたしの前で馬が止まった。


「まさかキサマ、我が妻か?」


 馬に乗っていたのはなんと陛下だった。


「こんなところで何を」


 それはこっちの台詞である。


「市場調査ですわ。陛下は?」

「しっ、大きい声で階級を言うな。襲われたらどうしてくれる」

「あ、すいません。敵も多いですよね」


 失言だった。こんなところに警護をしてない国家元首がいるなんてわかったら、暗殺者が大挙をなして襲い掛かってくるだろう。


「そうではない。中年の女たちに見つかると握手やハグを求められて揉みくちゃにされるのでな」

「何でおばさん……」

「奴らの図々しさとしつこさとは随一だ。自国民に武器を振るうわけにもいかん。敵軍と相対した方がまだマシだ」


 陛下はぶるりと身震いする。昔は聖職者や権力者の手が触れると病気が治るとか眉唾なことを言われていたが、陛下は戦上手で立場の弱い者に優しく、おまけに美形。下手な役者より人気者で、街で正体がバレるとおばさんたちに取り囲まれ、散々な目に遭うらしい。


「そんな危険を犯して、こんな街中で何をしていたの?」

「漁業組合と警備の打合せをした帰りだ」

「ぎょぎょうくみあいとけいび」


 聞いたこと無い取り合わせだ。


「漁業組合って海も無いのに?」

「海は無いが大きな川がある。川魚も採れる。漁師として生計を立てている者も多い」

「ふーん、漁業組合が成り立つのはわかったけど、警備ってどこを?」

「最近は川に賊が出るらしい。海賊ならぬ川賊と言うべきか」

「かわぞく」


 聞いたことのない響きだ。


「お前こそ目付役のロサはどうした」

「そこの店で男と逢引してるわ」

「あ奴は、全く」


 彼女の奔放さに苦労しているらしい陛下は、テラス席にいる男女を睨みつける。距離はあったが視線に気づいたらしいロサはばつが悪そうにメニュー表で顔を隠した。 


「あ、その靴!」

「む?」


 今日の出来事もあり目線が下にいっていたわたしはすぐにそれに気づいた。


「街で見かけた靴と同じデザインだわ」


 陛下のは軍靴だが皆が履いているのと同じ飾りっ気のない足の甲を覆う形。王が履くような儀礼的なものでなく、乗馬靴に近い実用的なものだ。


「ああ、ファーベル工房で作ったものだ。わたしのは鉄板が仕込んである特注だが」


 靴に何のために鉄板が仕込んであるのか。ま、今はそれより。


「ファーベル工房って?」

「この国で一番の靴を作る工房だな。元は軍靴の生産をしていた。親方は外国で修業し、腕の良い職人が揃っていて、何より安い」

「靴なんて高価なもんでしょ? 何で安くできるの?」

「何故高いのだ?」

「え? だって靴って革をなめしたり、靴底をくっつけたり、たくさんの工程があるわ。それぞれ門外不出の技術だし、職人が一人前になるには何年もかかるのでしょう? おまけに一人一人に合わせて作らなきゃいけないし。どうしたって高くなるわ」

「我々は家畜の国ぞ。革のなめし方なぞ、そこら辺の家でも知っておる」


 そうか、原価である皮は掃いて捨てるほどある。周辺のどこの国よりも安いんだ。

 だが、同様に原価が安い毛織物はそう言うわけにはいかなかった。


「それでも靴を作るのには手間がかかる。

まず一つ、オーダーメイドだからだ。計測する専門の人間を雇わねばならないし、時間もかかる。一つ一つ形が違うので生地のロスもあるだろう。しかし、平均的な足の形、或いは足の大きさで作ったらどうだ? 全部同じ形ならば余分な人間も材料も要らない。紐で調整するタイプにすることで、多少は調整できる」

「なるほど……いえ、待って。同じものを大量生産するって言っても靴を作る工程は同じはずでしょ」

「そこで親方は靴を作る工程を徹底的に分業化した。生地を型通りに切るくらいくらいなら練習すれば誰でもできる。難しい工程のみ職人がやれば良い。また靴一足作れるようになるのに十年かかると言われているが、一つの行程のみならもっと短い時間で取得できよう」


 靴をはじめ、職人が作るものは大部分が人件費だ。あまり給与を安くしては腕の良い職人に逃げられてしまう。だから未熟な者を使って人件費を抑えるのが理に適ってるのはわかるが。


「なんでそこまでして」

「ファーベル工房は大量に靴を作る必要があったのだ」


 当時、我々オノグルは貴国エースターと戦争をしていた。親方の二人の息子も兵にとられた。


「剣もろくに握れん、弓も射れん人間など歩兵として人の壁にするのがせいぜいだ。彼らは自分の足で行軍する。命令通り動き、いざとなればいち早く逃げる必要があろう。裸足なら草で足裏を切り、枝を踏み抜き、破傷風にかかる者もいる。丈夫な靴があれば少しでも生き残る可能性が高まるだろう。しかし、二人の息子にだけ良い靴を送ればどうなる。上司や同僚に奪われて終わりだ。息子たちに確実に靴を届けるには、所属する隊の全員に靴を送る必要があった」


 たくさんの人間が関わり工房は軍靴を作り続けた。その靴はオノグル軍のほぼ全員に行き渡った。


「素敵な話ね」

「ああ。しかし」


 王の表情が翳る。


「そうまでして守りたかった二人の息子は、どちらも靴が要らぬ身体になってしまった。儘ならぬものよな」

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