慈善活動開始
「ところで昨夜はどちらに?」
わたしの質問に、陛下はスープの川魚をつつきながら答えた。
「貴様も存じている通り、聖堂に籠っていた」
これは暗に聖堂を見張りに行ったことを指摘されている。バレてるならしょうがないと開き直り、疑問を本人にぶつけてみることにした。
「陛下は何で聖堂に籠ってるんです? 前、別に神など信じないと仰っていたでしょ?」
「わたしは戦争をするつもりであるが、徒に周辺諸国を刺激したいわけではない。二国以上を相手にするのは骨が折れるからな。食料は輸入せねばなるまいし。我々は敬虔な信徒。少なくともそう言うポーズを取らねばならない。だからわたしは昨日聖堂にいたことになっておる」
なっているってことは、やっぱり居なかったってこと? でもこういう言い方をするってことは、わたしが追及しても話す気はなさそうだ。
「それに、わたしが仕事をしないことで、周囲も休むことができよう。折角の安息日だからな」
休みを取りたくてもトップが働いてたら取りづらい。だから王が率先して休んでみせるのだと言う。実際だらだら長く仕事をするより、時間を区切った方がメリハリができて集中でき、能率も上がるらしい。
女たちを束ねる王妃として見習わねば。
「わかったわ! わたしも率先して休めばいいのね!」
「うむ。下手な考え休むに似たりだ。余計なことはしない方が良い」
満面の笑みで頷く陛下に引っかかるところはあるが、侍女たちの休息に気を使ってやるのもわたしの仕事の内だろうと納得しかけたが。
「待って。実はわたし、陛下に視察のお伺いを立てるつもりだったの」
昨日、聖堂を見ていて思ったのだ。教会で行うことと言えば、ミサ、寄付、慈善活動。意外に信仰熱心なこの国で、神の教えに適うことをすれば、国民の尊敬が集められるのではないか、と。
「街中にシスターが運営する孤児院があると伺ったわ」
慈善事業と言えば救貧院や病院もあるが、孤児院で育ったわたしなら他の事業よりも馴染みがある。手始めにぴったりだ。
「アモー女子修道院の孤児院のことか?」
「ええ、たぶん。わたしはまだオノグルのために何もできておりませんわ。民衆への顔見せも婚姻の時、馬車の中からだけでした。そこで少しでもこの国に貢献し、オノグルの民から愛される王妃に……」
「なるほど、つまりは民衆の人気取りか」
ずばりと核心をついた陛下は顔をしかめる。
「ただ、そこは」
何かを言いかけ、結局首を振った。
「いや、何でもない。好きにするが良い」
孤児院は元は商人の豪邸を利用したものらしい。大通りからやや外れた場所ではあるが、二階建ての大きな建築物だ。ただ近くで見ると漆喰が剥がれ、所々煉瓦がむき出しになっていた。
玄関を通されると、告解室のような狭い部屋に通された。
「この度は我が孤児院にお越しくださり、大変光栄で御座います」
質素な机を挟んで向かい合う老いたシスターは全く嬉しくなさそうな無表情だ。
「お妃さまのお気持ちはわたくしが子どもたちにお伝えしましょう」
話はこれで済んだと言わんばかりにさっさと追い払おうとする。
「せっかく来たのだから子どもたちの顔を見ていきたいわ」
シスターの白交じりの眉が動いた。
「ここにいる子どもたちは身なりも卑しく、ろくに礼儀も弁えておりません。大国の姫であったお妃さまがお会いになられてもご不快になるだけかと存じます」
「そんなの承知の上よ」
「失礼ながらお妃様、ここで暮らすのがどういった子たちかご存じですか?」
わたしは戸惑った。余程もの知らずと思われているのだろうか? 何でこんなこと聞くのかわからない。
「親が育てられることが出来ない子や親が亡くなった子たちよね」
「そうです。親が亡くなっているのです」
シスターの言に何か含みがあることはわかるのだが、検討がつかない。
「どうしてもご覧になりたいと言うなら、何があっても我々を罰しないと約束していただけませんか?」
「何故そんなことを聞くの? 罰せられるような覚えがあるの?」
血の気が引く思いだった。子どもは親に守られる。でも孤児は誰も守ってくれないから、ろくに食事を与えなかったり鞭で家畜のように打ったりする孤児院も多い。まさかここでも子どもたちを虐待しているとか?
「さっきからあなた変だわ。わたしに子供たちを見られたくないみたい。子どもたちに酷い扱いをしているのではなくって?」
だとしたら、元孤児院出身者として見逃せない。
「とんでも御座いません、誤解でございます。そんなことは神に誓って決して」
「じゃあわたしが子どもと面会しても問題はないはずよね」
シスターは諦めたように一つため息をついた。
「わかりました。ご案内致します」