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王妃代行、猫曜日  作者: アストロ
王妃代行、猫曜日
16/29

男を掴むには胃袋から

「じゃ、頼んだわよ」


 キッチンの奥にいるシェフに呼びかける。後にしたドアからはこんがり焼けた肉や香ばしいパンの匂いが追いかけて来る。

 男を掴むには胃袋を掴めと古今東西言われている。わたしと食べる料理が好きになればわたしのことも好きになる、はずだ。そこで無理を言ってエースター王宮の秘伝のレシピを取り寄せ、料理長に相談して来たところだ。料理長は始終胡散臭げだったが最終的に腕によりをかけて最高のものを作ると約束してくれた。妙にやる気だったのが気になるが良しとしよう。

 晩餐まではまだ時間あるし匂いのついてしまった服を着替えよう、とわたしは足を自室に向けた。


「お妃様、お耳にいれておきたいことが」


 廊下を歩いているとドミナが話しかけてきた。いつも出しゃばったとこがないのに珍しい。


「陛下と一緒にお食事をしておられますよね」

「ええ」

「そのお食事に色々指示をされていますよね」

「ええ」

「あの、大変申し上げにくいのですが」


 ドミナはおずおずと話しかける。


「実は噂がありまして」


 その話を聞き、わたしの頭は真っ白になった。






「陛下、わたしがあなたの食事に毒を盛っていると言う噂があるようなのです」


 晩餐の席で思い切って明かすと、陛下は知っていると頷いた。


「キサマがわたしに毒さえ盛ってくれれば、戦争をする口実ができて大変有り難い。折角食卓を共に囲んでいるのだ。是非盛れ」

「わたしは和平のために来たのよ! 毒なんか盛るわけないでしょうがっ!」


 思わず怒鳴ると、陛下は琥珀色の目を丸くした。


「馬鹿な。では何故キサマはわたしとの食事を望んだのだ」

「あなたと関係を築くためって言ってるじゃないっ!」

「そんなくだらない理由が本心だと言うのか」

「それじゃいけないって言うの? ただの家族との食事が殺伐とした殺し合いになるあなたの発想の方が貧困だわ」


 前菜の彩も美しいリーフサラダを眺めていたらなんだか泣きたくなった。


「一国の王女ともあろう者が頻繁に調理室に出入りして、料理長に指示まで飛ばしておるそうではないか。他国の人間どころか、国内の貴族の出入りも遠慮してもらっておるが、折角黙認しておったのに」

「それはあなたに、少しでも美味しい晩餐を食べて欲しかったから!」


 血が上った頭を掻きむしる。折角のセットが崩れてしまった。

 しかし冷静になって考えれば、一国の王が口にする料理に注意を払うのは正しいし、わたしの行動は怪しまれても仕方ない。


「俄かには信じがたいな。遅効性の毒か、肥えさせて剣を持てぬようにする作戦かと思った」

「毒は盛ってません!」

「毒を盛らぬなら食い続ける意味も無いな」

「え?」

「あ~、わたしは王であるから、自分の言は容易く覆さぬ」


 いきなり何を言い出すのやらと思いながら続く言葉を待つ。


「キサマとの賭けの代償は共に食事をとると言うことだったな?」

「ええ」

「それは同じ時間を共有すれば良いのであって、必ずしも同じものを食べなければいけないと言うことではないと言うことだな?」

「ええ……え?」


 わたしから言質をとった王は、すぐさま侍従に顔を向けた。


「わたしには明日から別のものを用意するよう、料理長に伝えよ」


 顔から血の気が引いた。

 皿に目を落とす。主菜は子牛のローストビーフにイモを練ってケーキのような食感にした自信作。料理長とも相談して、エースターの王宮料理を再現させたつもりだ。


「……お口に合いませんでしたか?」


 だが、エースター生まれのわたしの口にはあってもオノグル王の口には合わないかもしれない。誰もがそうであるように、幼い頃から親しんだ故郷の味の方が良いのだろう。


「食えんことはない」


 それはまずいと同じ意味だと思う。

 何てことだ。わたしが勝負なんかふっかけたから、王は我慢して食べたくもない料理を食べ続けていたのだ。料理の輪郭が滲む。わたしは深く頭を下げた。


「配慮が足らず、申し訳ありませんでした。次は最高級の食材を揃え、必ずや陛下の舌にかなう……」

「あ~、そういうのは良いのだ。別に食えんとは言っておらぬ」


 ローストビーフをナイフで細かく切りながら慰めにもならないことを言う。


「このところ、量も脂身も多く胃にもたれてな。体にも余計な肉がついてしまった。それに、民が明日食うものにも困っていると言うのに、わたしは美食と言うのはどうも気が咎める」


 そうだ。誰より民のことを思う王のこと。自分だけのうのうと食を楽しむなんてできるわけ無いではないか。


「それに、アストラムからも新しい作物の試食をして欲しいと言われておる」


 この国の土壌で育つ作物。それがこの国の民に広まり、その腹を満たすことになれば……。


「では、わたしにも同じものをいただけますか?」

「良い、気にするな。わたしの我が儘である。キサマは今までと同じものを食せ」

「いえ、わたしもあなたの妻として協力させてください」


 わたしは拳を握る。二人で高級なディナーを楽しむより、試行錯誤しながら新たなレシピを作る、その方が夫婦っぽくないか?

 よし! 気持ちを切り替えて、陛下と初めての共同作業だ。




 次の日、わたしは声の限り叫んだ。


「まっず!」


 何だ、この苦みと辛みが一緒くたになった味は。しかもそれを誤魔化そうとしてビネガーや香辛料がぶっこんであり、これ以上ないほどの不協和音を奏でている。とても食えたものではない。口元をナプキンで押えている前で、陛下は黙々と口に運んでいた。


「よく食べられるわね」

「食えんことはない」


 この物体が隣国エースターの宮廷料理と同じ感想。


「陛下には嫌いなものがないのね」

「嫌いなものはあるぞ? 雪山を登った時、食うものが無くて乗ってきた馬を食ったことがあってな。味はともかく、感情的に嫌だった。もう二度と食いたくない」


 何で一国の王が雪山に登ってるんだろう。


「陛下、相変わらず舌馬鹿っすね」


 ひょいと水の入ったガラスのコップを差し出しながら侍従が言う。仮にも王に向かって馬鹿は無かろう。


「軍にいた時もくっそまずい飯、みんなに交じって平気で食ってましたもんね」


 陛下は戦時中、一兵卒と同じものを食べていたらしい。美談として語られるが、単に味がわからなかっただけでは?


「陛下には嫌いなものがないのね」


「ワインは口に含んだだけで産地を当てられるのに、何ででしょうね」


 それはすごい。落差もすごい。


「覚えてますか? 料理当番が失敗して、フルクトス様が泥食ったほうがマシとまで評したあの煮込み料理。みんながゲーゲー吐いている中で、一人平然と食ってましたね」

「フルクトス様って?」

「陛下の……」

「テス」

「うほん。何の関係もないただの部下です。伯爵家の四男坊で兵士になったんですが、これが大変な美食家で。お貴族様ってのは大概あんなもんなんでしょうが。

一度飯が不味くて食いたくないって言いだして。当時、直属の上司であった陛下自ら兎を狩ってきてくださったんですが、調理の段階になって塩加減がどうとかハーブをどうしろとか油の温度がどうだとか、傍から口を出しまくってそのくせ自分じゃ手を出さない」

「言われた通りに作ったのに、『まあまあだ』と抜かしやがった。あ奴には本当に参った。何様のつもりだ」


 でも作ってあげたんだ。


「陛下、あの人から図々しさと味覚を分けてもらうべきっすよ。でも、ま、あの方のおかげで軍の食事がだいぶマシになりましたね」

「そうだったか?」

「もう陛下。あの方ほどとは言いませんが少しは食に興味を持ってくださらないと」

「そうですよ。陛下がそんなんなら料理人も張り合いがありません。他国の賓客に気の抜けた料理を出して侮られるのはこの国ですわ」


 他国からの賓客をもてなし、友好関係を築くのも王、そして后の重要な役割でもある。


「テス、貴様はどちらの味方だ。余程給金を減らされたいらしいな」

「すいませーん。黙りまーす」


 侍従はぺろりと舌を出した。

誤字報告感謝です。

エースターの表記がなんか違うみたいだけど何でだろう? PC画面で確認した時は問題無かったのですが。

申し訳ありませんが、イライラせず気を長くしてお付き合いください。

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