メロンメロン大作戦
「何なのかしら、わたしに間男あてがって」
可愛い妻を他の男に譲渡しようだなんて、なんて男だ。乙女の心を踏みにじり過ぎだ。ぷりぷりしながら自室に戻ると。
「ちょっとロサ、今日という今日は許さないわよっ!」
「ええぇ? ロサはぁ、なぁんにも悪いことなんかしてないですぅ」
扉を開けると隅の方に一人の侍女が泣いていて、他の侍女たちが慰め、その横で勇ましい侍女、確か、パーシアナがロサを睨みつけていた。わかりやすく修羅場である。
「廊下まで聞こえていたわよ」
「お妃様!」
彼女たちの教育の意味でも、ここはびしっと叱らねば。
「わたしの侍女ならもっと品位を持って行動して頂戴」
「申し訳ありません……」
よし、(約一名を除いて)反省してくれたようだ。
「ところで、どうしたの? 大方察しはつくけど」
放置しておくと後々問題になるし、と言い訳しつつ、野次馬根性で首を突っ込んでしまった。
「聞いてください、お妃様!」
水を向けると、パーシアナは堰を切ったようにしゃべり出す。彼女の話を要約すると、つまりこうだ。
そこで泣いているウィオラは好意を抱いている男性がいた。慎み深い彼女は異性に話しかけることもできず、ただただ見つめるだけで終わっていた。ところがロサときたら、そんなことは我関せずで親し気にその男性と話すので、ひそかに心を痛めていた。そして今日、その男性が贈り物をしているのを目撃してしまったらしい。
「くれるって言うから受け取っただけで、あんなつまらない男、ロサが相手にするわけないじゃないですかぁ」
「ちょっと今の言葉取り消しなさい! その人にも失礼だし、ウィオラも貶める言葉だわ。そもそも不誠実よ!」
「付き合ったって言っても怒るくせにぃ。だいたいウィオラは彼と婚約でもしてたんですかぁ?」
「違うけど」
「はァ? それで文句言われるとか意味わかんなぁーい」
「ウィオラの恋を応援しようって前に話したでしょう?」
「ロサ、興味ないことは覚えてないしぃ」
「あんたねぇ!」
しかし言い方はアレだが、ロサの言い分も一理ある。彼女からしてみれば、フリーの男性から贈り物を受け取ったに過ぎないのだ。問題は普段から不特定多数に、例え婚約者がいたとしてもお構いなしに、色目を使ってるだけで。
「僻むのもいい加減にしてくださーい。パンを咥えながら曲がり角で異性にぶつかれば自動的に恋に落ちるとでも思ってるんですかぁ? 恋愛小説の読みすぎ。何も行動しないで好意を持ってもらおうだなんて、つくづくおめでたいですぅ」
度重なる叱責に、遂にロサは開き直った。
「そんなこと言ってんじゃないわよ。あなたのふしだらな不純交際を咎めてるんじゃない。結婚する気が無いくせに殿方にベタベタ触りすぎよ」
「意識してもらうにはそれくらいしないと。ボディタッチって簡単に言っても結構、難しいんですよ? あんまり不自然に触っても警戒されるだけだし」
「それがダメだって言ってんでしょ。馬鹿みたいにお世辞言って」
「今時、馬鹿じゃぶりっ子できないんですぅ。男の人って見栄っ張りだから上手く持ち上げてあげないと。タイミングやオーバーリアクションだってちゃんと計算してるんですぅ」
「そうやって媚びを売るのがっ!」
「媚び売れば、相手が自分を特別扱いしてるってわかるじゃないですか。悪い気はしません。好意を持っているってこと、まずは気づいてもらわないと」
なるほど、こうして男を落とすのか、とついつい聞き入ってしまった。
「ロサだって頑張ってるですぅ。身だしなみには気をつかってるし、一生懸命可愛く見えるように、お化粧や角度とか研究したり、時にはいじらしさや気弱さを演出したり、つまらなくても不機嫌でも、男の人の前では愛想良くほほ笑むようにしたり。
なのになんで、何もせず泣いてるだけの悲劇のヒロイン気取りの肩を持つんですかぁ?」
「ちょっとロサ、いくらなんでも言い過ぎよ」
見兼ねて口を挟む。涙を止めて呆然としているウィオラ。彼女は簡単に言うが、できる人とできない人がいる。例えロサの言う通りウィオラの努力不足だとしても、これ以上の追撃は可哀そうだ。
「他人をそこまで恋しく思えるウィオラは素敵ね。他人のために怒れるパーシアナも、友達思いで尊敬するわ。そんな二人に、少し年上のわたしから話したいことがあるのだけど、聞いてくれるかしら?」
黙っていたドミナが、責められるロサの前に割って入ってきた。
「わたしには幼い頃から決められた婚約者がいたわ。仲もわりとよかったの。恋人ではなかったけど、家族に近い感情を抱いていた。いずれ結婚して、平凡でも幸せな家庭を築けると信じていた」
ドミナが自分の、過去の話をするなんて珍しい。
「けれど、父が死んだわ。葬儀に借金の清算、慣れない家のことでごたごたして会いに行く時間がとれなかった。家も領地も売却して、ようやくゆとりができて会いに行ったの。
彼は別の女に心を奪われていたわ。初めて好きな人ができたって、婚約を解消してその人と結婚してしまった……」
このできた侍女を振るなんて、見る目の無い男だ。
「ロサの言うことも尤もだわ。待ってるだけじゃダメ。好きになってもらうには、大変でも相応の努力をしないと。愛情深いあなたたちなら、きっと幸せを掴める」
そう言って微笑み、ロサに向き直る。
「ロサは露悪的だけど根は良い子だもの。酷いことを言ったけど、色々お話したのはウィオラのためにアドバイスしたのよね?」
ロサ性善説にはだいぶ無理があると思うけど。
「別にそんなつもりは……」
「アドバイスよね?」
「……はい」
ドミナつえぇー。
「ロサがいくらウィオラのために厳しい言い方をしたとしても、誤解を招く過ぎた言い方だったわ。ウィオラもパーシアナも、それから他のみんなも、気分を害してしまったわね。ロサにはよく言っておくから、わたしに免じて許してくれないかしら?」
ドミナさんがそう言うなら、と彼女たちは矛を収めた。敗北感に打ちひしがれる。わたしよりよっぽどドミナの方が女主人っぽい。
しかし今回のことは大変参考になった。これを糧とし、次の一歩を踏み出そう。
数日後、侍女たちの忠言に従って、何気なく陛下にボディタッチを試みたわたしは命の危機に陥った。
「テス、待て」
目だけ後ろを振り返ると、侍従はナイフを投擲する姿勢のまま固まっている。切っ先は首を狙っている。因みに腹には、陛下が抜いた冷たい刃の感触がある。
「びっくりして心臓が止まりそうになったではないか」
びっくりついでに比喩でなく心臓を止められそうになったのは、わたしの方である。
「今後、不用意に近づくな」
陛下は剣を納めた。侍従もナイフを袖口に仕舞い、恭しく一礼する。わたしは未だ恐怖で身動きできない。
「わたしは武人、テスは護衛を兼ねている。間合いに入って来るなら命の保障はせぬ」
なんと、スキンシップは命がけらしい。
夫婦となる日は、いと遠きかな。