控えめとは?
特産品を陛下に教えてもらったが、抜かりない彼が知っているということは、商品開発が既に済んでいるか、できなかったということだ。
その後もスリズィエに特産品を紹介してもらいつつ、わたしもオノグル語を解読しながら本を調べはしたが、進展が無い。
一方、陛下との関係は進展した。
何しろ完全接触無しから、毎日でなくとも時々、夕食で顔を合わせる仲になったのだ。この調子なら、朝食を一緒に食べるのも時間の問題だ。姫様もきっと喜んでくださるに違いない……と満足気に頷き、果たしてそうか? と首を傾げる。
「大量に仕入れたから今日の晩御飯は、まかないも七面鳥を使うそうよ」
「煮込み料理? それとも丸焼きかしら? 楽しみね」
先日、そんな侍女たちの内緒話が耳に入ってきた。つまり、だ。単なる同僚だって夕食を一緒にとることがあるのだ。陛下とは同僚ではない。夫婦だ。
こんな状態では姫様に怒られる。いや、姫様はお怒りになることは滅多になく、「そう。残念ね」と言って俯くだけだ。姫様のしょんぼり顔が浮かび、戦慄が走る。このままではいけない。
「折角夫婦となったのですもの。もっと陛下と一緒にいたいわ。公務をご一緒できないかしら」
夕食の時間に切り出してみたが、陛下は七面鳥のステーキにフォークをぶっ刺した。
「褒美をやるとの己の言に従い、夕食は嫌々付き合っているだけだ。これ以上譲歩するつもりはない。と言うか邪魔だ。仕事場に来るな」
「まっ、つれないお言葉。公務に参加することで、この国のことをより知ることになりません?」
「行きたければ勝手に行け、と言いたいが、公務としては控えろ。キサマがエースターと友好的な関係を築くメリットを明示できない以上、目立った動きをしてもらっては困る」
確かにわたしはまだ何もなしてない。あくまで保留期間、と言うわけだ。
「他国では公務は夫婦一緒が基本ですわ。社交は女の方が必要な場合もございます」
「キサマとは慣れ合うつもりはないと言ったはずだが? 仲が良いと言う噂が流れ、戦争の士気に影響が出たらどうしてくれる」
「願ったり叶ったりですわ」
「わたしにとってはそうではない」
可愛い妻のおねだりを一蹴するなんて、何てやつ。
とは言え、本当に親交を深めたくないならわたしの言葉を無視すれば良いのに、話しかければちゃんと答えてくれる。夕食の時間だけは会話をすることで、夕食を一緒にとるという約束を律儀に守っているだけかもしれないが。これを取っ掛かりに違うアプローチをしてみよう。まずは情報収集だ。
「では、陛下の好みの女性はどんなタイプですか?」
「本当に会話が飛躍したな。淑やかで大人しく、控えめな女よな」
「まあ、それじゃユーディ……わたしと同じタイプね!」
がちゃん、と音がした。陛下は食べかけの肉ごとフォークを取り落としている。その傍らで侍従が俯いて肩を震わせている。給仕を手伝っていた完璧な侍女、ドミナですら唇の端をひくつかせていた。
どうしたと言うのだろう?
「嫌味でキサマと正反対のタイプを言ったのだが、そうか……我が妻はオノグル語が不自由とみえる」
「おかしいですわね。日常会話に支障はないと母国の教師にお墨付きをいただいていますけど」
「確かにおかしいな。貴国では、夫に啖呵を切ったり、王に剣で勝負を挑む女をお淑やかとか控えめと評するのか?」
そこでようやく何を言いたいかわかった。ユーディット様は間違いなくお淑やかだが、この国でわたしがみせた行動はそうとは言い難い。
「まあ、少し品位の無い真似をちょっとは致しましたけど」
「少し、ちょっと」
王は呆然と言葉を繰り返す。
「ここまで自覚が無いのは最早脅威よな」
「ですがわたしは元来、控えめな性質なのです」
「本物の控えめは自分で控えめと言わぬと思うが気のせいか?」
「わたしの噂をご存知でしょう? 病弱で内気で儚げだと」
「うむ。噂は当てにならぬと言うが、わたしは今噂のあまりの役立たずっぷりに割と戦慄を抱いておる」
「ご安心ください。すぐに陛下の好みの女性になってみせますわ」
「すぐってどれくらいで変化するのだ」
「半年くらい?」
「何故疑問形だ。それとキサマは短期間で人格がころころ入れ替わるのか。そんな精神不安なら、役者もさぞ羨むであろう」
そんなこと言われたって、あれから母国からの連絡はない。入れ替わりの指示や期間について、こっちが知りたいくらいだ。
「もう、さっきから馬鹿にして。今に見てなさい。陛下を誘惑してメロンメロンのドロンドロンのギタンギタンにしてやりますわ」
「誘惑には物騒な擬態語が入っておるが? ……おいテス、笑い過ぎだ」
テスと呼ばれた侍従はテーブルに突っ伏し、拳でドンドン叩いている。ドミナですら、笑ってしまう口元を指で押えていた。
「いや~、お妃さまって愉快な人っすね。気に入ったっす!」
ロサと言い、この侍従と言い、ついでにアストラム様と言い、王族に対して気安過ぎだと思う。この国の辞書には敬意とか無いんだろうか。
「別にあなたに気に入られても嬉しく無いんだけど」
「陛下、愛されてますね。羨マシイナー」
「凄まじく棒読み。良ければリボンで拘束してキサマに押し付けるが?」
「遠慮しておきまっす! だってお妃さま、この前、アストラム様に稽古つけてもらおうとしてましたよ。俺の手には負えません」
侍従はとても良い笑顔だった。
それにしても、あの時近くにいたのか。全然気づかなかった。
「無知と蛮勇は紙一重よな。あのアストラムと剣を交えようとするとは恐ろしい女だ」
陛下は零れ落ちそうなほど目を見開き、身震いした。
「わたしも人前でアストラムの相手をするのは遠慮願うぞ」
「彼は強いの?」
「少なくともわたしは、一度も勝てたことが無い」
「嘘でしょ」
相対したからわかるが、陛下だって鬼神のような強さだった。戦場を生き抜いてきたから当たり前だけど、それより強いってどう言うことだ。
「でもあの方、稽古に付き合って欲しいと言ったら、苦手だって」
「加減が苦手なのだ。あ奴が剣を振ると相手は無傷では済まん。
幼いころ、木剣で打ち合ったことがある。王子であったわたし相手だぞ、だいたい花を持たせるものであろう? それをこてんぱんに叩きのめし、文句を言ったわたしに、何と言ったと思う?」
陛下はポテトをフォークでぶすりと刺す。
「あの馬鹿め。『悪いが加減ができない。もっと鍛錬をする』と至極真面目な顔で抜かした。
こっちから願い下げだ。
以来、事あるごとに勝負を挑んだが、全戦全敗だ」
「まあ、ふふっ」
今より幼い陛下、負けず嫌いの少年が剣を片手につっかかり、面倒見の良いアストラム様が仕方なく相手をしている様が目に浮かぶようだ。
「そんなに凄い方なら、戦場でもご活躍だったの?」
「 “千人斬りの流星 ”聞いたことは無いか?」
敵国の、女のわたしでも知っている。その名の通り一人で千人は斬ったと言われている凄まじい騎士だ。そのイメージと宮廷で畑を耕している彼が全く結びつかない。
「信じられないわ。あんなに優しそうな人なのに」
「誰より優しいあ奴に人殺しの才を与えるとは、天は皮肉なことをするものよな」
彼の瞳は食卓の皿を眺めているが、視線は何かを思い出すように遠くを見つめている。
「いや、罪深きは奴を戦地に向かわせたわたしか」
折角の晩餐が湿っぽくなってしまった。
「アストラム様はまだ結婚されてないの?」
「うむ。女に奥手でな」
「国の英雄で性格も良いのに勿体ないわね」
「よくわかっているではないか。アストラムは良い男であろう?」
陛下の顔がぱっと輝いた。自分のことを褒められてもそんな顔をしないのに、酷く嬉しそうだ。
「わたしは天ではなく、自分の力で全て手に入れた。正当な息子を差し置いて私生児が王位を継承するなど、他国ではあり得ぬ。持ち札は決して良いとは言えなかったが、いつだって自分の才覚で勝負してきた」
神をも恐れぬ不敵な発言だ。けれど合理主義な彼ならば、例え窮地でも神と言う曖昧なものに縋ったりはしないだろう。
「だが、アストラムがわたしの乳母兄弟であったことは……それだけは唯一、天とやらに感謝して良い」
侍従たちが皿を片付けはじめた。食事も終わりだ。最後に陛下は言った。
「そう言うわけで、浮気をするならアストラムがお勧めだ」