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王妃代行、猫曜日  作者: アストロ
王妃代行、猫曜日
13/29

二人の晩餐

 窓からは夕日がこぼれている。椅子は大食堂と違い、二つだけ。楕円形のテーブルは顔が映るくらいに入念に、銀食器も輝くばかりに磨き上げられ、もちろん、床にも埃一つ落ちていない。花瓶には見栄えは良いが、香りは食事の邪魔にならないくらい控えめな、季節の花が活けられている。料理は好みがわからなかったので、主菜は殿方が大好きな肉、エースターで流行りの子牛のカツレツ。味見は前日に済ませてある。薄く切った肉を、これでもかと叩いて薄くし、小麦粉と貴重な溶き卵をたっぷりつけ、挽き立ての香辛料を混ぜたパン粉をまぶした一品だ。


 だと言うのに、冷めてしまった。わたしは待ち構えていた。ご馳走を前に唾を飲みながらひたすら待ち構えていた。ようやく待ち望んでいた正面の扉が開いた。


「先に食べているかと思ったが?」


 ずっと待っていた妻に他に言い方は無いのか。いや、これは記念すべき一回目の晩餐。気を取り直そう。


「陛下と一緒に食べたかったんですもの」


 上品な味付けのスープが運ばれてきたが、王の顔は訝しさを隠そうともしていない。


「わたしは面倒が嫌いなので単刀直入に問う。何が狙いだ?」

「勿論、陛下との親交を深めるのが目的ですわ。一日に一度も夫と顔を合わせない夫婦なんて寂しいでしょう?」

「なるほど、わたしと友好的であることは和平のアピールになる。だが、それだけではあるまい」

「なんだか尋問みたいだわ。夫婦なんだから会話をしましょう」

「会話か。では、何の話をする?」

「えっと」


 丸投げか。こういうのって男がリードするもんじゃないだろうか。

 場を和ませる冗談とか、気楽な失敗談とかあると良いんだけど、相手との距離感が掴めてない段階では危険か。相手が応えやすくて、尚且つ会話が続いて……まずは真面目な話題を振ってみるか。


「新しい穀物を栽培していらっしゃるんですよね。食糧事情は解決する目途がついたのではありませんか?」


 アストラム様の温室を見た時から疑問に思っていた。自国の食料を自国で生産し、飢える人の腹を満たす。その仕組みは既にできている。戦争する理由など無いではないか。


「まだ試作段階、普及させるには時間と金がいる。農業に従事する者の育成、作物にあった土地の改良、農業用水の確保、食糧を運搬するための運河の建設を含めた治水工事……順調に行程が進んだとしてもざっと国庫の十二年分、莫大なコストだ。その間にも彼らを食わせねばならない。当然技術的な問題もあり、外国より専門家や技術者を招くとなると、外貨も必要になる。キサマの持参金如きでは足りぬ。戦争をして富を略奪しつつ、賠償金を得るのが一番手っ取り早い」


 食糧の輸入に加えて治水工事で金が必要、金を得るには戦争が必要、と。いつも通り、冷徹な理論だ。しかし、祖国のため思い留まってもらわないと困る。


「戦争だってお金がかかるじゃない。それに、必ず勝てるわけじゃないわ。陛下がどれだけ自信があっても、万が一ってこともあるし。他人の物を奪うんじゃなくて、自力で得ることはできないの?」

「戦争には勝てても、我が国の経済はキサマの母国に甚だ劣っておる」

「でも売るものが全く無ければとっくに破綻しているはずですわ? 何かあるんじゃありません?」

「輸出の大半は家畜。牝牛に羊、後は馬よな。目に見える額は大きいが、生きたまま出荷するので、その分輸送にコストがかかる」

解体(ばら)して売れば良いじゃない」


 王は「おなごがそのような口を利くな」と眉を顰める。


「内陸のこの地は運送に時間がかかる。肉はその間に腐る」

「毛皮とかは?」

「悪くはない。ただ、この国は技術が無くてな。毛皮や羊毛を輸出して毛織物を輸入しておる」

「それ、意味ないやつじゃない?」


 原材料を売って加工品を輸入したのでは、結果的に高くつく。


「この国で毛織物を作れば良いのよ」

「簡単に言ってくれる。技術はそれだけで金になる。どの国も流出には敏感だ」


 そう言えば、スリズィエもそんなことを言っていた。


「いずれにせよ、毛織物では西の島国、ササナが高名だ。自国で生産、加工する仕組みができておる。おまけに船で大量に、どこへでも輸送できる。この分野に我が国が後から進出したところで、太刀打ちできんだろう」


 ドミナの言ではないが、他の国が得意なら避けた方が賢明、と言うことか。


「じゃ、新たな産業を作れば良いのよ」

「そなたは単純明快よな。童子のように、知らぬ故の万能感か。世もそのように単純ならば良いがな」


 あきれ顔の王の仰る通り、理屈だけでお金が儲かるなら、みんなお金持ちになっているだろう。


「そう言えば、今年は葡萄酒が良い金になった」


 火山でできた土は穀物が育たないかわりに、果実には良いらしい。ワインなら樽につめれば保存も効き、長旅にも耐えられる。


「他は、鉱物。特に銅よな」

「銅? 地味ね。金や銀は採れないの?」

「採れぬ。金はオノグルどころか、この大陸では採れぬぞ。とうに採り尽してしておるらしい。僅かに鉄や鉛は採れるが、輸出には制限をかけておる」

「なんで?」

「銃の原料になるからだ。自国の武器で自国が攻撃されるのは面白くないのでな」

「じゃ、銅をバンバン掘ってバンバン売れば良いのね」

「愚か者。希少だからそこそこの価格で売れるのだ。大量に市場に出回ってみろ、苦労して掘り出したのに価値が下がる。地下に眠る鉱物も、いずれ尽きるものだ。長く高く売れた方が良い。それに、掘り過ぎれば地盤も不安定になり、災害を誘発する。実際に北部では土砂崩れが起こり、広い範囲で市街地の家屋が倒壊した」


 話を聞いている内にデザートの焼き菓子を食べ終えてしまった。王は食器を下げさせ、侍従に白紙の地図を持ってこさせた。

「この辺は川魚がとれる」

「この山林は蜂蜜、蜜蝋がとれる」

 とか言いながら、次々に書き込んでいく。川の位置まで正確に書かれていた。この国のことは全部頭に入っているのだろう。


「こんなものか」


 王はペンを置く。彼とこんなに長い時間話したのははじめてかもしれない。


「陛下って高飛車な言い方のくせに教えるのが上手いのね」

「一言余計な女だ。キサマに口は災いの元と言う言葉を身をもって教えてやろうか?」

「でも、意外ですわ。こんなに親身に教えていただけるなんて」


 今までの態度から、終始会話を拒否する可能性もあり得た。和やかとは言い難いが、晩餐は無事終わった。


「わたしも我が国の民を徒に死なせたいわけではない。別の方法があるならそれに縋る」


 それは彼の心から出た言葉だったのかもしれない。


「戦うにはまず、己を知らねばならぬ。キサマはオノグルを知らぬので不利だろう。フェアでは無いから教えてやったまで。尤もキサマの働きは、あまり期待してないがな」

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