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王妃代行、猫曜日  作者: アストロ
王妃代行、猫曜日
12/29

王との対峙

 王は、訓練場にいた。


「こちらで……」


 案内してくれたアストラム様が示した扉から人が飛んできた。文字通りぶっ飛んできた。背中から飛んできて、そのまま向かいの壁に衝突した。

 彼の介抱を侍女たちに任せ、恐る恐る開きっぱなしの扉へ足を踏み入れる。その先は四方を回廊に囲まれた中庭。しかし庭と言うには余りに殺風景で、緑が無く地面が剥き出しだ。

 そこには刃を潰された剣を握った男たちが点在しており、突然の訪問者に彼らの視線が剣のように突き刺さる。


「次ィ!」


 男たちの中、簡素な服だが素人目でも立ち姿が違う背は、場違いなわたしを一瞥しただけで、すぐに新兵に向き直る。

 三人の兵がいっぺんに切りかかってきたが、その剣は一つも王の身に触れることなく、地に落ちた。彼らは瞬きの間に這いつくばってえずいている。

 実力差があり過ぎる。これでは、新兵を扱くと言う名のいじめではないか。


「酷い……」

「そうですね。最近運動不足でストレス溜まってましたからね。ちょっとはしゃぎすぎですね」


 この惨状をアストラム様は呑気に語る。


「彼らは徴収された兵ですが、故郷の農村に戻れば立派な戦力となります。帝国がちょっかいをかけているようですし、故郷が必ずしも安全とは限りません。銃が開発されましたが、戦場では未だ剣が主流。ことに彼らには銃など高価で手が届きません。シレークスとしても彼らに自分の身を自分で守ってほしい、短い徴兵期間でそのための力をつけてもらいたいのです。半端な鍛錬では心が痛むのでしょう」


 この訓練にそんな高尚な理由が……いや、やっぱり弱者を甚振ってるだけにしか見えない。


「どうした、オノグルの男は腰抜け揃いか?!」


 王はわたしたちを徹底的に無視し、兵たちに呼びかける。


「先ほど言った通り、わたしに一太刀でも浴びせれば褒美をやる」


 通常なら飛びつく王からの褒美。しかし、鬼神の如き剣を恐れてか、男たちの足は竦んでいる。逆にわたしは、足を曲げ伸ばし準備体操を始めた。


「え? ユーディット様?」

「……おい、一応尋ねるが、何のつもりだ?」


 壁にかかっていた中から軽めの剣を選んでいるわたしを、いよいよ無視できなくなったらしい。王は仕方なさそうに声をかけて来た。


「ご褒美をくださるのでしょう?」


 お姫様スマイルで優雅にほほ笑む。


「あら? オノグルの王は女子を相手にできない腰抜けですの?」

「エースターの女は、男を束にしたより余程勇敢らしい。或いは無謀と言うべきか」


 王は剣を構え直す。


「良かろう、その蛮勇に免じて相手になろう。かかってこい」


 わたしは無謀ではない。勝負をふっかけるのは勝算があるからだ。姫様の護衛のため、影武者としての自衛のため、多少剣は扱える。講師にも女にしておくのは惜しいと称賛された。とは言いつつ、軍神と呼ばれ、本物の戦場を生き残ったこの男にまともにやりあって勝てるはずがない。だが、女の身だ、無邪気さを装えば多少油断するはず。


「では、お言葉に甘え、てえィッ!」


 斬りかかって来たわたしに、王はただ単純に最初の構えのままぶつかった。体重を乗せた一撃。それだけでわたしの構えは儚く崩れた。無防備になった腹に膝が食い込む。


「かはっ」


 身体は宙に浮き、次の瞬間地面に転がっていた。女を蹴るのに、一切の躊躇も無かった。なんて男。


「おいこらシレークス……陛下」


 アストラム様は人前であることを思い出したのか、抗議中に無理やり敬称をくっつける。


「婦女子に加減無しとはどういうご了見ですか」

「加減ならしておる。意識を保っているのがその証拠だ」


 これで加減? ふざけてる。

 違う、ふざけているのはわたし。わたしが甘すぎた。こいつにとって、わたしは妻でも女でも無く、ただの敵だ。その認識が欠けていた。


「次の相手は誰だ?」

「ま、」


 土に爪を立てる。


「まだまだッ!」


 口を拭い、ふらつく足、意地だけで立ち上がった。腹がずくずく痛む。でも、動けない程じゃない。

 深呼吸をして、講師の言葉を思い出す。

 まずは重心をできるだけ落とし、ぶっとばされないように体勢を安定させる。構えは鋤を振るうのに似ている。その姿勢のまま間合いを詰め、下段から切り上げる。しかし、切っ先にもう王はいない。滑るように横移動し、剣を振りかぶっている。


 わたしは剣の軌道を変え、上から振って来た刃を受け止める。受け止めたはずが、その力に手が痺れた。なのに王の剣はそれで止まらず、火花を散らして刀身を滑り、剣先を抜け、剣を握る腕を、その先にある顔を狙う。剣先を避けるため、辛うじてしゃがみこんだ。王はさらに、膝を曲げ身動きの取れないわたしに容赦なく爪先を突き出す。

 王族のくせに足癖が悪い。わたしの反応がもう少し遅ければ、確実に顎を穿っただろう。女の顔を狙うなんて許せない。わたしの唯一の取柄、商売道具でもある姫様そっくりのお顔が、傷ついたらどうしてくれる。


 胸は怒りで焼けこげそうだが、次の攻撃を避けるため、無様に地を転がるしかなかった。這う這うの体で間合いを離脱し、剣を握る手で体を起こし、追撃をかけてきた王の目を狙い、開いた方の手で砂を飛ばす。


「くっ」


 王は片手で目を覆ったが、まるでわたしの剣筋が見えているかのように、片手で軽々受け止め、さらに足払いをかけた。勝機に目がくらみ、わたしは見事に足を掬われた。反射的に受け身をとったが再度間合いを離脱するしかなかった。


「目つぶしを使ってくるとは、高貴な姫君はやることが違うな」

「女の身ですもの。多少のハンディは、大目に見てくださらない?」


 軽口を叩くも、額から汗が流れる。王はしきりに瞬きをしているが、既に視界は回復している。先ほどは唯一の好機。あそこで仕留められなかったわたしに勝利は無い。

 いや、待て。わたしは勝利する必要は無い。一太刀でも浴びせでばよいのだ。ならばまだ、手はある。

 手に砂を掴み、再度王に突撃をかける。


「二度も同じ手……を?」


 目つぶしを警戒し、自らの手で視界を遮った瞬間、持っていた剣をぶん投げる。その捨て身の一撃も、危うげなくふっとばされ、放物線を描いて離れた地面に突き刺さった。戦闘終了。わたしは完全に得物を失ったわけだ、が。


「何だ、これは」


 王の腹にはうっすら赤い染みができている。


「アストラム様の育てている野菜ですわ」


 そう、剣を投げた後、空いた腹部めがけて、先ほどアストラム様にいただいた真っ赤な果実をなげたのだ。後から食べようとポケットに忍ばせていたのだが、今回の戦闘で奇跡的に潰れなかったのを利用させてもらった。

 常ならばどちらも対処されていただろうが、一度目つぶしを成功させたことで、王の意識がそちらにいき、さらに自ら視界を限定した。


「随分と可愛らしい太刀よな」


 本物の短刀ならば、彼の腹を刺していただろう。だからこれも、一太刀とカウントされるはず。


「まあ、妻たるわたしが陛下の御身を傷つけられるわけないではありませんか」


 嘘だけど。隙あらば日ごろの恨みも込めて殴ってやるつもりだったけど。


「さあ、愛しの旦那様。わたし、一太刀いれましたわ。ご褒美をくださるのでしょう?」

「王の言は重い。好きに言うがよい。その身を飾るドレスか、宝石か、はたまた、貴国に有利な条件か。叶えられる範囲で……」

「夕食を一緒に食べましょう」

「……は?」


 王の虚を突かれた顔は、覚えている限り二度目だ。


「折角夫婦となったのに、全く顔を合わせてくださらないんですもの。わたし、寂しいわ」


 何を企んでいる? 訝し気な瞳が問う。


「夫婦が食卓を囲むのに理由が必要かしら? 勿論、お忙しい日は無理にとは言いませんわ。でもそれ以外の日なら問題ありませんわよね。わたし、お待ちしておりますわ」


 さあ、オノグル国王殿。この衆人監視の中で、新妻の可愛らしいおねだりを拒絶できるものならしてみせろ。王は何かを言いかけ、結局頷いた。


「良かろう」

「感謝いたします」


 膝を曲げて会釈をしようとしたところで、足がよろめいた。


「医務室に行きましょう。ご案内します」


 いつの間にか傍にアストラム様がいた。支えてくださるつもりだったのか、背の近くの空間に手がある。触れることは無かったが。

 用は済んだので、アストラム様について歩く。あのくそ王、痣が残ったら祟ってやる。


「はらはらしました」


 先を行く彼の肩は力んでいる。


「本当ならあなたが剣を握る必要などないのに。大国の姫君らしく、皆から守られ、傅かれ、大切にされるべきだ。シレークスは何を考えているのだろう」

「敵国から嫁いできた女の扱いなんて、こんなものですわ」


 誰も守ってはくれない。誰も助けてはくれない。だから今日は少しだけ胸を張ろう。わたしは今、自分の手で道を拓いたのだから。


「ですが、まだまだ鍛錬が必要ね。結局、姑息な手を使わなければ一太刀すらいれられなかった。剣にはそこそこ自信があっただけに悔しいわ」

「お見事でしたよ。あのシレークス相手に女の身であそこまで剣が使えれば充分です」

「いいえ、次は参ったと言わせて見せますわ」


 こちらを顧みる瞳は眩しいものを見るように細まった。


「これは勇ましい」

「アストラム様もお時間がある時にお相手してくださらない?」


 調子に乗ってそう言うと、アストラム様は困ったように笑った。


「勘弁してください。俺、苦手なので」


トマトの汁は洗濯してもなかなか落ちぬ。

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