92回目 2019/6/15
本編にとっては欄外にあたるこの場でも、少し気づいたことを書いてみます。
今回は読者目線でランキングを眺めていた時、ふと気づきがあったのでその話をしてみる。
創作系エッセイでも度々話題にあがる『作品タイトル』について。
よく言われるのは『なろう』は素人投稿サイトであり、内容の質を磨く前に『目立つ』ことが大事だ、という傾向がある。
特にランキングや検索などにおいて、最初に目に付きやすいのは『タイトル』や『あらすじ』や『タグ』であり、看板や店構えといった例を用いて説明されることが多い。
いわく、『ターゲットに刺さるような要素を入れる』とか、『読者が求める内容をきちんと説明しておく』とか、『入りたいと思わせるように文章作法を整える』とかがそうだ。
要するに『読まれたいなら読みやすくなる努力をしろ』という意見にまとめられる。想定読者を絞って、彼らに『だけ』興味を引く表現や書き方を意識した客引きが大事なのだ、と。
そうして『なろう』における多数派の人々が持つ感性を意識した結果、もはや大喜利にも見えるほどの長文タイトルが主流になっている。
読者が作品タイトルを覚えられない、といったデメリットも存在するが、『素人作品はまず読まれない』というハードルをクリアするための戦略として、『これこれこういう物語ですよ!』と説明するのは間違っていない。
本屋の本棚に並ぶ実用書や親書などに『なろう』の状況を置き換えれば、長い説明的な題名はむしろ必要な宣伝戦略であるとまでいえるだろう。
なぜなら、短いタイトルで売れる作品のほとんどが『レーベル』や『作者』への『信用』によって成り立っているからだ。
面白い作品を作る『作者』だから、面白い作品を多く出している『レーベル』だから、多少タイトルがパッとしなかったくらいで問題になどならない。
つまり、素人とプロの間には作品の質を比較する以前に、読者からの『知名度』と『信用度』に隔絶した差が存在しており……それがそのまま、宣伝戦略に必要な熱量の差につながっている。
さながら、『大型量販店の広告チラシ』と『商店街の店舗口上』くらいの差があるはずだ。もちろん、前者がプロで後者が素人である。
そして、大型量販店並の箱を持ちながら、中身は個人経営の店ばかりである『なろう』において、自分の作品を売るためにはとにかく『目立って気を引く』ことからしなければ始まらない、というわけだ。
ここまでが書き手に求められる『なろう』の現状だが、読み手としては『見飽きた状況』であることも現実としてそこにある。
ランキングを見ればわかるかもしれない。
たとえるなら三軒が隣り合う電気屋の店先において、同じ機種のパソコンで『今だけ15%OFF!』、『USBケーブル(1m)付きで14%OFF!』、『500円以上の商品とセットで16%OFF!』と売り文句が並ぶようなものだ。
見てもらったらわかるように(わかりにくかったなら申し訳ないが)、店ごとに売りしている部分の違いがほとんどなく、あっても微妙な差異でしかないのだ。
客からしたら『いや、どこが違うんだよ?』という状態かもしれない。
一方、指摘された店はというと、『これでどうだ!』とばかりに『サービス内容』を変えて『(国内で一番売れている)同じ機種のパソコン』を差し出す。
そして、また客は言うのだ――『違う機種のパソコンはないのか!?』と。
とまあこのように需要側と供給側の意識にズレが生まれだしたため、いろんなところで『なろうテンプレ』が批判されているわけだ。
さて、ここで私が『客』として『なろう』をどう使っていたか、と意識した時に気づいたことがある。
『そういえば、いつの間にか『短いタイトル』か『名前をよく見るタイトル』しか、『あらすじ』を開いていないような気が……』
『短いタイトル』は文字通り、それだけでは作品の内容が想像しづらい作品のことだ。
対して『名前をよく見るタイトル』とは、長いタイトルではあるものの日刊ランキングを見に行ったときに既視感がある作品のことを指す。
また『あらすじ』は、私が少しでも『読みたい』と思えば必ずチェックする場所である。そこで肌に合えば、小説ページへ飛んですぐに読み始めることだろう。
つまり、私の読書基準において『長文タイトル』は、もはや『無意識に除外』している(または『除外する確率が高い』)ようなのだ。
最初は『目立たせ気を引く』ための戦略だったはずなのに、みんなが真似するようになったためか逆に『没個性』となってしまっている、ということだろうか?
あくまで『なろう常連』と言ってもいい私の中だけの変化ではある。
だが実際、少し前からトップページのデザインが変更されたことも相まって、今後の『なろう』宣伝戦略において修正ないし変更は必要になるかもしれない。
私はあまりトップページを利用してはいないが、一定文字数以上になるとタイトル表示が省略されるようになったのは確認できた。(2019/06/14時点)
暗に『タイトル文字数のインフレ制限』を告げられた、と考えてもいいのだろうか? まあ、『本』のタイトルにしては『長くなりすぎている』傾向にあったのは納得だけれど。
というわけで、『タイトルをあらすじにするな! ダラダラ書かず、キャッチコピーのように要点を絞って簡潔に書け!』と運営様から横顔をぶん殴られた形になった私たちは、また新しい環境に適応する努力が必要になった。
何事もやりすぎはよくない、という教訓になるのだろうか? ……なればいいが。
自分の主張を出すにあたり、私はよけいな話をしすぎでしょうか?
何だろう……土台部分というか前提条件というか、とにかく『背景説明』を無意識に入れようとする癖があるらしいと、書いている途中で気づきました。
そうか、これが若さか……。(悟ったような目)




