67回目 2019/5/21
これまでいろいろと『持論』と称して創作についての姿勢や考えを述べてきましたが、書いた後で思うこともあるのです。
――私は何様なのだ? と。
私はここで好き勝手に書いてきたが、完璧主義の性か、次第にただ書くだけでは足りなくなってくる。
というのも、文章には読みやすい工夫として『見せ方の定石』がある。
いわゆる『起承転結』や『序破急』と呼ばれる、物語や話題をどう展開させればわかりやすいか? という『構成・演出』の方法だ。
最初に問題提起を行い、それについての論拠を述べ、反論や全く別角度からの関連性の指摘などで落差の激しい論理展開で読者の興味を引いたまま、結論として話を締める。
論文であれ小説であれ企画書であれ、あらゆる文章において『読みやすい文章』は『読ませる工夫』が上手に効果的に使われているものだ。
物事を順番に説明しているから話の筋が『わかりやすく』、一つの角度だけでなく多面的な見方を示すことで『飽きさせず』、それでいて話の全体が結論へ向かって『収束する』ことがポイントだろう。
どんな論理展開でもそうだが『AだからB、BだからC、よってAだからCといえる』みたいな、話のつながりがなければ言いたいことがわからない。
言い換えれば、AとCがまったく別のことを言っていたとしても、つながりを説明されて理解できれば納得できるのだ。
う○こは臭い、臭いから汚い、汚いから蠅が寄る、蠅が寄るから小さな風が生まれる、小さな風は次第に大きくなる、大きな風は海の向こうにまで届く、それが気流やら気温やらで竜巻となる、だからう○こは台風の原因だ、みたいな感じだろう。
コレが世に言う『蠅効果』である。(完全なデタラメなので、真に受けないように)
しかし、たとえば『AだからB、そういえばDってことからEがいえて、他にもFの場合だとGってことになるんだけど、実はAだったらCともいえるんだ』みたいに説明されたとしたら、どうだろう?
私の書き方にも問題はありそうだが、上記の説明では少なくとも『結論が三つ』ある上に、書き手(あるいは話者)が『どの話題をもっとも重要にしているのか』がわからなくなっている。
話の順番的には『A→B→C』がもっとも言いたいことと予測でそうだが、その説明までに違う二つの話題を挟むことで『整合性が崩れている』。それはたとえ『A→B→C』の内容を補足するものだとしても、『説明の出し方』には工夫が必要だ。
なので、相手に理解させるための話の展開は一つの話題に絞って進めるべきで、なるべく寄り道はしない方がいいといえる。
かといって、ずっと同じ話ばかりをしていては聞いている側は退屈だ。加えて、話の盛り上がりまで一本調子であれば眠気すらともなうことも多い。
校長先生のありがたい言葉などがいい例だろう。あれには眠りの魔法がかかっている。校長先生の挨拶例文集なるものがあるらしいので、それをまるまる使われた結果かもしれないが。
ともかく、話とは基本的に結論を最後に置くものであるが故に、最後まで聞かせる工夫や戦略が必要になる。結論を最初に置く場合であっても、解説を読んでもらえなければ大勢からの納得は得られない。
そのために、文章を読みとる側、話を聞く側にとって適度に『意識を集める仕掛け』を施す必要がある。『たとえ話』や『具体例』とか『失敗談』など、何でもいいが退屈させないサービス精神を盛り込むのが重要だ。
それでいて、話の全体が『まとまっている』ことが求められる。言いたいことはわかった、話も面白かった、でもなんだか聞いていて疲れた……と言われれば『まとめる力』が不足しているのかもしれない。
自分の論理を誰かに広める本質は『利益の発信』であり、いわば『宣伝力』が求められる。安いよ安いよ、お買い得だよ寄っといで、みたいな客へのアピールに近い。
そこから話を長く聞いてもらうには、『この人の話は聞くだけの価値がある』と思わせる『話術』がなければならない。おっ、聞いてくれるのかいべっぴんさん、さすが心も美人さんだね、みたいに客を楽しい気分にさせるのが一般的か。
その上で、相手の体力をなるべく『消耗させない』ように気を使う、いわば『要約力』が好まれる。このトマト、真っ赤でぷりっと肉付き抜群、みずみずしくて酸味控えめ、甘さはほっぺが落ちるほど――さぁ、一箱十二個六百円だ! みたいな伝えたいことをすっきりまとめると聞きやすいし読みやすい。
こうして、長い話を聞かせるには『聞く価値がある』こと、『聞くのが楽しい』こと、『聞いても疲れない』ことが大事なのだ。
ちなみに、この話では主張したかったことを『別の言い方』で『複数』行うことで『強い印象づけ』をねらっている……と言えば聞こえはいいが『要約力』が足りない文章構成ともいえる。
なろうでは最大の武器といえる『宣伝力』と『話術(面白いストーリー展開)』だけでなく、『要約力(多くを納得できる終わらせ方)』も意識し鍛えたいところだ。
いくらそれらしいことを述べたとしても、しょせん私は『アマチュア作家』の一人です。
なろう内でもそれなりの発言力(もしくは発言権)を得るには、最低でも『書籍化』という権威付けが必要でしょう。
『プロ』にもなれていない『エンジョイ勢』が何を声高に叫んだところで、虚しい小鳥のさえずりでしかない――それが、持たざる者の現実なのですよ。
読者が欲しけりゃ腕磨け! 共感欲しけりゃ金を積め! 認められたきゃ名前売れぇっ!!(あ、同情は求めてないので金はくれなくていいです)




