617回目 2020/11/21
なかなか抜け出せない、やべー奴がメインを張るプロットのループ。
一回目のお題は『簡単な冒険』。一見すると『子供の探検』に近いニュアンスを感じ、短編向けのお題っぽくはあったのだろうが、実施はそう『簡単』にはいかなかった。
なにせ、必須要素(無茶ぶり)が『社会に対する不満』という、バリバリ大人が抱きそうな感情だったからだ。
この無茶ぶりにより、私の中で『小学生の夏休み』みたいなさわやかさや純真さはプロットから消えた。むしろどろどろとした暗い情動がわき上がってしまう。
これのせいでここ最近続く『犯罪者』シリーズが継続されてしまい、『ニートから課税する法律が成立したことでキレたニートが、ネット民に集合をかけて国会議事堂前でのデモを主催したが、当日に日和ってボイコットする』という、なんか救いようがないプロットができあがった。
なんか私の中にあるニートのイメージが、かなり古くて暴力的なものだと再確認しながら、『852文字』を書いたところで時間切れとなった。
キャラクターとしては、個人的にあまり合わない人間を書いたからか、どうも作り物感が否めないものに。嫌いなものから目を背ける癖があるので、観察と描写が弱くなるのかもしれない。
ストーリーに関しては、正直に言うと面白いのかどうかわからない。最後までオチを書けなかったのも判断に迷う要因だが、それを含めてもおもしろさがわからなくなっている。
悲しいかな、自分の好きなものと言い切れないプロットを書いたので、自分が書いたものを面白いと思えないところが増えてきた。何で書いたんだ、これ?
思いついたプロット、思いつくプロットや自分の好みから乖離しだしている可能性を考えると、自分のおもしろさが迷子になっているのでは? と疑問を覚えずにはいられない。
もっと突っ込んで考えると、好きなもの、面白いもの、楽しいもの……そうした私のパーソナルな部分が曖昧になっているような気がして、ちょっとぞっとする。
もしくは、私の中にあるポジティブな感覚が引き出しにくくなっているのでは? どちらにせよ、なんかいろんなものにふたをしているのかなぁ……と遠い目になりそうになった。
ついに自分のことを疑いだしたところで、二回目の『即興小説』に目を向けてみよう。
お題は『明るい兄弟』と、『ラ○ト』とか『マ○オ』みたいなものが頭をよぎったが、なんか違うと早々にネタから追い出したので別のものを考える。
その途中で見た必須要素(無茶ぶり)では『抜け毛』とあったので、『明るいハゲ兄弟』を主人公にすることがすぐに決まった。
ただ、『ハゲ』でどう話を作っていけばいいのか? で悩み出す。まず前提に『明るい』があるので、普段私がやるような暗めの話は書けない。
どうしようか……と考えた結果、『二十代から抜け毛がすさまじい仲良し兄弟が、自分の抜け毛で桂を作ってシェアする』という、狂気のエピソードが誕生した。
無駄に明るく、無駄におおざっぱな『兄弟』を書いていき、『944文字』で時間切れとなった。なお、短編上でカツラが完成する前に終わってしまう。
コメディとして見たら、キャラクターのテンションでごり押ししつつ地の文で冷や水をぶっかける構成になっているので、笑えるっちゃ笑えるんじゃないかなぁ? と思わなくもない。
一回目の反省で自分の好みがわからなくなっているのもあり、自分の感覚が信じられなくなっているのは事実だ。
こう……前ほど『楽しい!』と心から思える場面は減っているし、記憶の中から思い出しにくくもなっている。
基本的な性格としても、私は『ポジティブな記憶』よりも『ネガティブな記憶』の方しか覚えられないタイプの人間なので、『ネガティブな記憶』しか残っていかない仕様なのがきつい。
『楽しい』や『面白い』コンテンツは、私にとって日常の消耗品にしかならないのかもしれない。これは……年齢が後になるほど不利になるのでは?
書いた短編の内容うんぬんよりも、今後における私の創作活動に一抹の不安が残った反省となった気がする。え、怖いんだけど……。
毎日お題か必須要素のどちらかが、犯罪を臭わすワードなのが悪いんです。私はきっと、悪くない。




